005 ジユウ

「ふぅ…」

廃品を規定の置場に納め、一息吐く。

机や釜、実験器具や金属塊、雑誌や古布。色々な物が堆く盛られている。放っておけば隔月で業者が回収してくれるが、ここに置いてあるものは誰でも持って行って良い事になっている。リサイクルは魔術の基本だ。

一通り眺めて見るが、めぼしいものは特になさそうだ。

「──なぁん」

「お」

廃品置き場の一角に、ネコたちが陣取っている。一際大きなトラネコがそこから抜け出し、足にすり寄ってきた。

「おぉ…よしよし。でっかいなぁおまえ」

少し撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らして膝に頭突きを繰り出してくる。デカイ体でそれをやられるとそれなりのダメージが入る。仕方ないので倒されないようにしゃがみこんで相手をする。

とぼけた顔の無邪気なトラネコは、どうにも見たことある顔に見えた。

「そっくりだなぁおまえ」

「うなぅん?」

暫く撫で転がしてから立ち上がる。

「そろそろ戻んないと。じゃあなジユーキャット」



「今日もネコいるかな」

別にネコに会いに行くわけではなく、今回も物資の運搬だ。

「お、いた。おまえたちいつもここに居るのか? 確かに日当たりいいしな」

自棄にでっかいネコが今日も擦り寄ってきた。やっぱり見た事ある顔をしている。

「うなぁあぁ♪」

「おう、ジユー。ん、そう言えばおまえはいつもは居ないな」

「うなん?」

「…月一くらいか? 前も月初だったような…。うん、掃除の日だったもんな」

毎月第一日曜オクは廃棄の日だ。

「うん」

「ん、返事したコイツ。うり、よしよし」

「ぅるるるるる♪」

ネコを撫で転がしていると、同じく廃品を運んできた様子の先輩に声を掛けられた。

「あれぇフィアちゃん。こんな所でしゃがみこんでどうかした?」

「ありゃ先輩。いや、ネコと遊んでます」

先輩はネコを視認するなり、

「ジユウじゃん。あそっか、今日第一オクか」

「やっぱジユーですかコイツ」

「見たまんまでしょ」

先輩から見ても似てるらしく、ジユウと呼んでいるようだ。納得しかない。

「しっかしいいなぁ、こんな手でフィアちゃんに構って貰えて」

「るるるる♪」

呆れた顔でネコに手を伸ばす。

ジユーもご機嫌に撫でられていた。



「今日もネコいるかな」

今日はニボシが手に入ったのでネコにあげに行くことにした。

「お、いた」

第一オクを狙った甲斐あって、今日もジユーは其処に居た。

「うるぁう♪」

私が来るのが解っていたように寄ってくる。

「よう、ジユー。ニボシ食べる? ニボシ」

「うぅん」

心なしか首を振るような仕草で、差し出した煮干しを嗅ぎもしない。

「え、食べない?」

「ぅん」

「あ…」

他のネコたちがニボシに集り、あっという間に食べられてしまった。

「ジユー…おまえグルメなのか…」

「ぅ~ん…」

「次はお目に適うモノを持参します…」



「今日はチーズだ!」

今日は前回のリベンジに良いチーズを手に入れてきた。

しかし不安もある。

今日は第一月曜フルなのだ。ヤツは居るだろうか。

「どうかな…? あ、いた!!」

「おう」

私を見つけて寄ってきてくれる。

「ジユー、チーズは食べるか?」

早速しゃがみこみ、チーズを乗せた手を差し出──

「食べるよ」

「 !!!?」

「食べるよ」

「    」

驚きで真っ白になり、差し出しかけていた手も開かない。

「え、くれるんじゃないの」

「…え、ジユー?」

周りを見回すが誰も居ない。誰かの腹話術…という事もなさそうだ。

ていうかジユーから聞こえてくるし。

てゆーか、でも、…知った口調だし。

「なによ。チーズは? チーズ、ちーず」

「………はい」

漸く開けた手の上でチーズを食べ始めるジユー。

食べ終わって、指まで舐めて、美味しい口をしながら見上げてくる。

「うま!」

「…それは良かった」

ジユーは鼻をクンクンさせながら私の手の中を除き込む。

「もうないの?」

「ないよ。…それより、話せるなら訊いてもいいかな」

「なに」

「…なんで喋れるの」

どう訊いたものかと思案したが、取り敢えずそこから攻めることにした。

「喋れるっていうか、戻れないんだよ」

「うん?」

戻れない、ということは。

「静天は終わったのに何でか戻れないんだ。いや~、言葉だけは使えるようになって良かったけどね~」

あーもーこの喋り方、知ってる。

「おまえ、マジでジユウ? え、ニアミなの?」

「? そだよ? ずっと名前よんでくれてたじゃん」

「あーうん、そーなんだけどな…。そうではなかったというか」

ニアミ。獣血ユーエン種の中でも比較的数の多い、ネコの種族。

とは言えその生態の多くは知られていない。

優れた身体能力と高い玄力を持つと聞く。

そうか。ニアミは晴天の日はネコになるのか。

「…戻らないって、授業はどうした?」

「えー? 出てないよ?」

悪びれもせず当然のように言う。

「いやそりゃそうだよな。…静天以外も人型取れないって、よくある事なのか?」

「滅多に無いねぇ。ていうか初めてかなぁ」

「大丈夫なの? それ…」

此方が心配になるくらい、本人はケロッとしている。

「んー? そうねぇ。だって初めての事だし、よく解んないや。体の変化って、起こそうと思って起こしてるわけじゃないし、どうしようもないんじゃないかなぁ」

まあ、種族特有の状態は他種には解らない。本人が心配していないのならいいのかも知れない。

「んな!!」

「どうした?」

突然ビビビと毛を逆立ててジユウが鳴いた。

「あ、戻れそう、今戻りそう」

「突然!? いや、良かったじゃん」

「うぉっ!?」

唐突にジユウは見事なハイジャンプで窓を突き破って塔内へ入っていった。

「すっげ…」

結構な高さがあるがひとっ跳びだ。

「いってぇ!あ、ガラス刺さった、痛い痛い!」

多分あの辺は廊下だろう。ジユウの騒がしい声と転がり回る音が聞こえてくる。

「…ジユウ君、戻れたのか。良かったな。取り敢えず僕のコートを貸すから。下だけでも隠して行きなさい」

「あっチビ先生。超サンキュー!危うくフィアに色々見られるとこだった」

「君にも恥じらいが有ったと知って安心した。いいから早く行きなさい。人が来るよ」

「ん? 別にいいよ? チビ先生にも見られたじゃん」

「君が良くても他人は見たくないものだ。いいから早く!」

「………」

居合わせてしまったルエイエ先生に同情しつつ、私はそっとその場を後にした。



また第一オクがやって来た。

「ヤツは今日もネコなんだよな…?」

ちょっと様子を見に行ってみよう。きっと資材置場に居るんだろう。

「やっほーフィアー。いらっしゃーい」

「あれ? ジユウどうしたの」

そこにいたのはいつものジユウだ。ネコじゃない。ただし、

「見てよ何でか部分変化」

耳が尖っているし、長い尻尾が揺れている。

「前回に続いて不調だねぇ。なんでかなぁ?」

不思議そうに自分の尾を見つめている。

「ニアミについては何も言えないけど…診てもらった方がいいんじゃないの?」

「そうだねぇ。まあ、いざとなったらオカンのとこ行く」

「あそっか、家族に聞いた方がいいかもね」

流石に立て続けの不調で前回よりも多少は不安を感じているらしい。

仕切り直すようにジユウは地面にちょんと座って、自分の前を数度ペチペチと叩いてみせた。

「ねぇねぇほら膝枕」

「なんでだ」

どうやらここに座れというアピールだったらしい。意味が解らない。

「? 毎回してくれてたじゃん。撫でて撫でて」

「あれは…、ほら、な?」

「なんでー? あれ好きだった」

擦り寄ってくるジユウをいなして間合いをとる。

「だめ。あれはネコ限定。ていうかもうだめ。封印」

う…尻尾が垂れて力なく揺れている。

「撫でるだけ、撫でるだけな。ほれ、よしよし」

「~~~♪」

あ。

うん。撫で心地は一緒だ。そりゃそう…なのか?

「んにゃ~♪」

「って、ぎゃ!うわばか!倒れ…る!!」

思い切り体重を預けて擦り寄ってきたジユウを支えきれず倒れた。

当たり前だ。こんな重い男唐突に支えきれるか!

「んなぁ?」

「…あら」

「な~ん♪」

押し倒された形になるが、猫になってるならまぁ良かった。

ところでこの散乱した衣服どうするんだろうか…。



次のオクの日。

商店街をひやかしていると、近くから怒声があがった。

「こぉのドロボー!商品に勝手に手ぇ出すんじゃないよッ!!」

驚いてそちらへ目を向けると、髪を逆立てて吃驚している知った顔があった。

「うわッ、え、なんで??」

「なんでってなんだい!当たり前だろう!? 今喰った分さっさと金払いな!」

店主は完全に激昂している。

「えぇぇ。持ってないよ。だっていつもただでくれるじゃん」

「バカお言いでないよ!そんなわけないだろう? 金払うまで逃がさないからね!!」

「困ったなぁ~…。あ、フィア」

げ。

実に嫌なタイミングで見つかった。

「フィア~、助けて~」

「…いや、自業自得じゃないのそれ。なんで助けなきゃ…」

………ぐ。おばちゃんの視線が痛い。

「フィア~」

「………はぁ。お幾らですか…」


「いいですか。人間の形をしている時は、お金を払わなくてはいけません」

「え~~~」

ネコの時に何度か施しを受けていたみたいだが、その調子で商品に手を出したらそれは犯罪だ。今まで誰も教えてくれなかったのだろうか。

「難しい~だってどっちでもおれなのに」

「……そうだね」

その一言は、結構響いた。

気持ちはとてもよく解る。

「けど。おまえの意識が人間ならどっちの時でも対価は払いなさい」

「うぇっ」

もう聞きたくないとばかりに逃げようとするジユウの肩を掴み、みっちりお説教しておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る