004 ラベゼリン

塔の側には神殿がある。

成功の鬼神ラベゼリンを祀る分神殿だ。

側、とは言っても塔から出るだけで結構な遠出なので、行こうと思ったら朝から出掛けないといけない。

というわけで、日曜オクの今日は遠出をしてみることにした。


ゴンドラドラゴンで塔を降り、乗り合い馬車で近くまで。そこから10分くらい歩くと、神殿が見えてきた。

特にイベントのある時期でもないため人も少ない。

ゆっくりと中を巡って最後に拝殿へ入る。

「おやぁ、初顔だ」

「!?」

丁度無人かと思ったが、背後から声を掛けられた。振り返ると、変わった格好をした人が一人。褐色の肌に大きな瞳。薄手のワンピースと色の薄いピンクの髪をひらひらと靡かせている。…風はない。

「参拝か? ようこそオレの神殿へ。…おまえは魔術師かな」

「そ…う、だけど…」

自らの神殿と呼ぶのなら神官長か、そうでなければ――

「オレはラベゼリン。宜しくな、若き魔術師」

鬼神。神様。願うだけで特定の魔術に相当する力を与えてくれる、意思持つエネルギー体。

本物を見るのは初めてだ。

「…おまえ、何か…えらく懐かしい力を持ってるな」

「…懐かしい?」

小首を傾げてこちらを観察するラベゼリン。神に凝視されるなんてこの上なく居心地が悪い。

「……まぁいいが。オレの神殿内ではそれを振り撒かないでくれよ」

「??」

魔力の事だろうか。他に心当たりも無いし、多分そうなんだろう。

振り撒くなと言われても、自分からどう放出されているのかも知らないし自制の仕方は解らない。魔術を使わなければ平気だろうか。

「さぁ参拝者。用件を聞こうか。おまえはどんな『成功』を望む」

「 ぁ、えーと」

困った。特に強い願いを持ってやってきたわけではない。神に直接会えるなんて考えてもいなかったし、ただの縁起担ぎだったのだが。

「まぁ構えるなよ。世間話みたいなもんだ。おまえはどんな『成功』を望む?」

例えば特許が取れるような術式や商品の開発とか。例えば世紀の大発見とか。望む人にとっては成功とはそういうものなのだろう。

要は夢、目標。

現状、私の望む成功とは――

「力の制御が出来て、他人に恐怖を与えずに済むこと――…かなぁ?」

空っぽだ。

授業選択の希望を訊かれた時と同じ。

具体的な展望がない。望みが漠然とし過ぎていて目標も計画も立てられない。形にならない。

「………」

ラベゼリンの沈黙が痛い。

「なるほどね。オレの利益りやくはまだおまえには届かない。『成功』のヴィジョンがもう少しハッキリしたら、また来てみるといい」

「……うん…」

がっくりと項垂れる。

折角遠出をして来たのに、ただただ落ち込んでしまった。

「さて魔術師よ。おまえ住処は塔だろう。そろそろ戻らんと途中で日が暮れる。凍え死んでも助けてやらんぞ」

「あ、うん…お邪魔しました」



「フィア、何かあったか?」

夜、定期報告にルエイエ先生の元を訪れたのだが、一目で落ち込みを見抜かれてしまった。本当に頭が上がらない。

「今日は神殿に行ってきたんですが、少し疲れてしまったようで」

「神殿というと、ラベゼリンの神殿か? この国で厚く信仰されている成功の神だな。何度か会ったが、コクマにはそぐわない南国衣装が目を引く」

ひらひらのワンピースに褐色の肌、大きな花の飾り。確かに見慣れない衣装だった。

「アレは福の神のようなものだから、君も会えるとイイコトがあるかも知れんぞ」

だといいです、と笑顔で返す。

実際は会ったのです。そして落ち込まされたのです。とは流石に言えない。

ルエイエ先生は少しだけ訝し気にしていたが、それ以上の追及はしない事にしたようで話題を変えてくれた。

「基礎試験は合格したようで安心した。次のステップは決まったか?」

「色々考えてはみたんですが――…その、芸術の科目を受けてみようかな、と」

「ふむ。理由を訊いても?」

心臓に、細く冷たいものが走った気がした。

「あ、えっと。攻性術と迷ったんですけど、ちょっと調べてみたら芸術って面白そうなの多いな~って…」

嘘ではない。全然嘘ではないが、本音とも少し違うかも知れない。

先生は無言でひとつ頷くと。

「そうだろう!新しいこと、馴染みのないものに興味を向けられるのは良いことだ。興味を感じたものは片っ端から試せばいい。勉学とはそういうものだ」

輝いた瞳で力強く肯定してくれた。

吃驚して言葉も無い。

「必要だから学ぶ、というのは当然大切だが、必要なくても気になったら学べばいい。知識はあればあるほどいいからね。思わぬところで助けになる。無駄な事などないし、どれだけ寄り道したって良い。いろんなことを知れば、その内君の行きたい先だって見えてくるさ」

息を飲む。

ただ驚きを隠せずにいる私に、先生は「だから」と続けた。

「周りを気にせず、自分のために学びなさい」

「先生…」

「うん?」

「……大好きです…」

「ありがとう」

なんて伝えていいか解らずにずれた台詞を返す私に、屈託の無い笑顔を向けてくれる。

先生には私の悩みなんてお見通しだった。

それは何故だか凄く嬉しくて、うっかりしたら泣きそうだった。

理解して導いてくれる先生が居て。

一緒に考えてくれる友達が居て。

未来は全然見えないけど、現状はとても幸せだと気付いた。

言われた通り、今は闇雲に学んでみよう。

見てろよラベゼリン。

次に会う時は堂々とあの問いに答えてやる。

私の望む『成功』を見つけ出す事が差し当たりの目標になった。

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