003 マキ

試験前。

私たちはマキの部屋にお邪魔していた。

「マキちゃん、そろそろお腹空いてきた」

「おれこないだのアレがいい。煮込んだ肉」

椅子のない机の上には広げられた教科書やノート。その上に突っ伏して餌をねだる雛が二匹。

「おまえらは何しに来てるんだよ」

時刻は夜半過ぎ。

一応試験勉強の為に集まっている。

そもそもマキもジユウも試験直前に勉強をしないといけないような出来ではないので、これは私の為にふたりがかりで教えてくれる会なのだけども。

「おなか空いたら集中できないだろ」

「満たしても集中できないだろ」

そう言いながら目の前にゴンッと器が置かれる。中にはラムネ玉がたくさん詰まっていた。

塔ではラムネ玉やチョコレートといった糖菓子が好まれる。チョコレートは少し高いので、学生たちには特にラムネが人気だ。人気と言うか、必需品に近い。

「ラムネぇぇ…おれ肉がいい」

「なら食堂に行け」

マキは料理が趣味なのか、よく凝ったものを作る。本人は錬金術の練習の延長と言っているが、先日の葡萄酒で長時間煮込んだ肉は確かに美味かった。

ラムネ玉を口に放る。

すっとすぐ溶けて、即座にエネルギーに変わる。

「あれ…まさかこれ」

購買で売られているものと差違を感じて顔を上げる。

案の定マキはしたり顔をしていた。

「マキは何でも作れるな…」

「どうせあんたたちがバカスカ食うでしょ。作った方が安い」

「マキ製?」

すっかりマキブランドのファンと化しているジユウは目を輝かせてラムネ玉を頬張る。

「……ラムネ」

「そりゃそうだろ。ラムネ作ったんだから」

一気にやる気を奪われたらしくジユウは床に丸くなった。

「寝るなら帰って」

「フィアが帰らないならおれも此処で寝る」

「私は此処で寝てったりしないぞ」

糖分補給で回転数を取り戻した頭に術式を叩き込む。なんだってこんなややこしい式を覚えなきゃいけないのか。

「いや寧ろなんで理論も理解せずに魔術が使えるんだあんたは。流石特待生は違う」

文句が口から洩れていたらしい。マキは呆れ顔でそう言いながら、ノートの隅を2度ペンで叩いた。記述にミスがあったらしい。

「ここで使う触媒は鉄」

「触媒とかさ~要る!?」

どうせ精霊頼りなのに、と口を尖らせる。

マキに言っても仕方ないのは解っているが、ムダに覚えることを増やされているように感じてしまう。

「わかる~触媒意味わかんね~」

寝転がったジユウからも同意が上がる。

「特待さんたちは魔力メモリたっぷりで羨ましい。普通は触媒使って効率上げないと反応させきらないの」

「…そうなんだ」

マキが小難しい顔で睨んでいるが目を逸らしてやり過ごす。

無くても大丈夫な人がいるようなものは必須基礎に入れないで欲しいものだ。

「ルエイエ先生に言ってみようかな」

然して本気ではないがそう呟いてみると、マキはまた微妙な表情でこちらを見ていた。

「あんた、ちょいちょい学長の名前出すけど親しいの?」

「あれ言ってなかったっけ。ルエイエ先生は私の後見人です」

「は? ……は?」

二回聞き返された。

目を見開いて顔を突き出すように尋ねてくるその様に若干身を引きながら肯き返す。

「そりゃあ特待も納得だけど……はぁ?」

うう……ノートに落とされたマキの視線が『ならなんでこんなに出来が悪いのか』と雄弁に告げている。

先生の名誉のためにも以後これは口外しないようにしようと心に決めた。



「マキちゃーん!」

「…っ、重い」

食堂で見つけたマキに思いっきり飛び付くと、受け止めてはくれたものの衝撃を殺しきれずふたりしてふらふらとよろめいた。

「試験受かった~ありがとう~!」

「ああそう、良かったな」

そっけない返答のマキを感謝を込めて力一杯抱き締める。苦しいと文句は言うが抵抗する素振りは無かったので満足いくまで絞め続けた。

「試験ってのは自分の習熟度の確認でしかないんだから、無理矢理合格しようとするもんでもないけど」

「基礎試験落ちたら面目ないだろ!」

少し小声にしてそう返す。

「あー、あんたはそうか。大変だね」

「大変なんだよ!だからマキが居てくれて助かってる。ありがとう!」

「……どういたしまして」

キョトンとしたようなムスッとしたような。なんとも微妙な表情を作るものだ。

「ちょっとー公衆の面前、人の集まる食堂で堂々とイチャイチャしないでくれるー?」

「あ、先輩」

声を掛けてきたのはカルタ先輩だ。先輩も偶に勉強を教えてくれる。優しいし解りやすいんだけど、脱線してしまうことも多い。試験前には不向きなので今回は遠慮した。

「いいでしょ」

「うん羨ましい」

取り合った手を見せ付けるようにしてマキが無表情で言うと、先輩もそれに真顔で返した。

そろそろとマキから手を離し、先輩に向かって腕を広げる。

「わーい」

ぎゅうっと数秒のハグの後、わしわしと頭を乱され解放された。先輩は私を犬か何かだと思っている節がある。

「基礎試験合格おめでとう、フィアちゃん。次は何取るの?」

ありがとうございますと返し、続ける返答に困った。

「マキは錬金術進むんだよね? ジユウは専攻決めずに取り敢えず医術取るって言ってたな…。私は──」

正直全然展望がない。

「カルタさんはどう進んだの」

言い淀む私に、マキが助け舟を出してくれた。

「俺は攻性術系で取ってきたから。呪術得意だし」

「ふぅん。フィアは実践系のが得意だろ。攻性術も取ってみたら」

さすがおかあさん頼りになる。

「マキちゃん。好き」

「うん」

「えー…なんだこれ」



「げーじゅつは?」

またまたマキの部屋に集まっている。今回は勉強目的ではなく単に遊びに来ているのだが、私の授業計画の話になりジユウはその提案を持ち出した。

「新設の。攻性術は研究進む気ないなら将来性が希薄だし、その点新規分野の芸術系は夢いっぱいじゃん?」

く…ジユウはこういうところがある。基本アホっぽいクセして色々ちゃんと考えてるし計算も出来る。自由が売りのジユウに真っ当なことを言われると、自分のダメさに落ち込みそうになってしまう。

「それに完全実践系だし。初歩幻術とか一度やってみたら?」

「あー、あったなそういやそんなのも」

マキはなまじ進む道が決まっている分、新設科目に向ける興味が無かったようだ。

「確かに紹介は目を通したんだけど、まあ忘れてた」

ジユウからこんなに建設的なアドバイスが聞けると思ってなかったし、ここにきて増えてしまった選択肢に頭を抱える。

「いいんじゃない、幻術取ってみるのも。俺もあんまり知らない分野だし、教えてよ」

それに、とマキは付け加える。

「芸術は学長が就任した時に運営方針転換の象徴として設立された科だから、あんたが取るの、喜ばれるんじゃないの。わかんないけど」

……決まったわ。

次は芸術科目から選択します。

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