002 フィア
寮に戻り食堂へ向かう。夕飯の時間帯だ。
適当な定食を注文して空いている席を探す。
「あ」
アレは…さっき図書館で会った…
「ん。一緒に食べる?」
目があったマキが正面を勧めてくれた。
お言葉に甘える事にする。
「…それ、全部食べられるのか?」
彼の目の前には炭水化物とタンパク質がパーティーしている。
「? 当たり前だろ。食べきれない程頼んだりしない」
「あ、そう」
まあ食べられるというのならば文句はない。
「マキ、受講科目ってもう決めてる?」
「決めてる」
迷いない即答だ。
「そうなんだ。私はどうしようかなぁ」
一応何個かプランは考えてみたもののまだ悩んでいる。
「あんた特待だろ。特待は個別授業が選べるって聞いたけど」
「選べるっていうか…」
確かにそういう制度で通常2つまで先生を選べるのだが、私の場合は補習的な意味合いの方が強い。
内容も力の制御のための物で、ルエイエ先生によりすでに2科目とも決められている。
「ん、それって特待だからなの?」
後からひょこっと現れたジユウは、私のおかずを攫って隣に座った。
「ジユウ…それは私のメインディッシュです…」
「美味しそうだったんだもん」
既に口の中だ。
「今年の特待はクセの強いのばっかだな」
溜息一つ、マキは自分のおかずをひとつ私の皿へと移した。
「いいの? ありがとう」
「じゃあおれも!」
「おまえにはやらん」
「なんでさ」
激しい攻防戦を見守りつつ、これ以上奪われないようさっさと食事を片付けていく。
「そっか。ジユウも特待なんだな」
「うんそうみたい」
「式典の席次から判るだろ」
そういえば隣だったんだからそうかもしれない。でも知らなかった。
特待生ということはジユウはかなり出来が良いか、私みたいに何処か特別な問題があるということになる。
「なにフィア」
「ううん」
能天気な笑顔からは、とてもどちらにも見えないが。
授業プランは結局魔力制御を第一目標にして組んだ。
基礎は必修でやるから、実践的な内容を重視して組んだのだが。
「あれ。あんたもこの講義とってたんだ」
「あ、うん…実践論理で一番解りやすいって聞いたから」
居合わせたマキはしたり顔で頷いた。
「んー。まあそうだろうな。有名な人だし。ざっくりしてるから。でも基礎が出来てない場合少しキツイんじゃない」
「え。そうなの?」
「まあ、特待さんには余裕だろ」
しまった…かも知れない。
やばい。とにかくやばい。
今まで魔術の勉強をしてきたわけでもないし、ハイレベルな学校でいきなり学び始めるのはそもそも無理のある話だったのだ。
あれから数個の授業を受けてみたが、殆どついていけそうにない。
焦燥が募る中、ルエイエ先生の初回授業の日がやってきた。
「やあフィア。君には僕からも授業を施そう。調子はどうかな?」
「先…生~~~」
顔を合わせるなり泣きついた私に驚いて、慌てて話をきいてくれた。
「あぁそうか…それは…努力して貰うしかないんだが……」
特待の名が周りからの評価も厳しくしている。このままでは大変居心地の悪い学校生活になってしまう。
「う~ん…基礎学科もみてあげたいところではあるんだが、中々なぁ」
しまった。先生を困らせてしまっている。
「あの、易しい参考書とか、基礎の基礎を押さえた書物なんかがあれば…」
「そうだね。某か手配しよう」
「すいません」
「気にしなくていい。教師は生徒のやる気を応援するものだ。君に意欲があるのならレベルに合わせて考えなくてはな」
あ バカな子だと言われている…!
「さて、では本題だ。君に教えるのは魔力の運用技術。まずは簡素なものだがこの杖を渡しておこう」
渡されたのは木製で短めの杖。大きめの宝石を冠しているが、初心者用の既製品だ。
「魔術というものは、依代を介した方が安定して使いやすい。通常は大気中の精霊を石に宿して力を分けて貰うんだが、君の場合は石に自身の魔力を通して精霊を招き使役する…という形になるだろう。他人より強力で多様な魔法が使えるようになる。ただし命令式を与えるのは他人より難しいと思う。必要以上に魔力を取られないようにも注意しなくてはいけない。まぁその辺は追々だな。まずはやってみよう。杖を握って、魔力を通してみてごらん」
杖を握り締め、集中する。すると宝石の周りにいくつかの光が灯った。カラフルな光は石の周りを円を描いて浮遊している。
「これが寄ってきた精霊たちだ。うん、無節操だね。この中から一種類の精霊に対して命令を与える。今は複雑な命令は出来ないだろうから、取り敢えず熱の精を蝋燭の芯に集合させてみよう」
浮遊する光の内、青いものだけを蝋燭へ誘導させるイメージでひたすら念じる。
暫くすると浮遊していた光たちは消え、蝋燭の芯が辛うじて焦げ始める。
「うん、よしよし。焔が灯ったね。こんな具合だ。闇や熱、電、磁の精霊は気まぐれに癒してくれる事もある。覚えておくといい」
ルエイエ先生の授業は、他の座学に比べたらうんと解り易かった。基礎座学を修めないと如何なる実技も難しいと聞いていたが、習った計算式も使わなかったし、言われた通りやればなんとかなった。存在自体の式とか反応を起こすための式とか、全て理解していないと実践出来ない──というのは脅しだったのだろうか。
ともかく。うまくいかない続きだった中漸く初めての成功体験を得られた事は素直に喜ばしい。
感覚を忘れないよう、何度も蝋燭を灯し続けた。
ふたつめの選択個別授業の日が来た。
今日はとても緊張している。
「フィアさん、私の授業は初めてですね。宜しくお願いします」
「ご指導お願いします」
先生の名はケミオ・レルベリィダ。
入学式典で、ジユウと私を摘まみ出したその人だ!
「そんなに畏まらなくても大丈夫。始めましょう」
ぎこちなく頷く私に構わず、レルベリィダ先生は授業を始める。
「魔術の行使には、高い精神力が求められます。その為の精神統一を行いますが…同時に貴方なら魔力も高められるでしょう」
先生は部屋に並んだ水晶球を一つ取り、正面に置く。
「精神統一には水晶球を使いましょう。一つ支給しますので当面はコレを使って下さい」
「あ…ありがとうございます…」
「では始めましょう」
この授業も理論より感覚だったので難なく乗りきれた。初めは緊張感でうまくいかなかったが、繰り返す内に集中出来るようになっていった。
授業のない日も定期的に行うようにと指導を受けて、初回は終了。
気が付けば、入学してひと月が経とうとしていた。
「そろそろ半年程経つが、生活はどうだ?」
ルエイエ先生には月に一度近況を報告することになっている。今回で6回目の報告だ。
先生や友人の助力もあり授業にもなんとかギリギリついていっている。
「ふむ…どうやら魔力の運用技術はいくらか向上しているようだ。暫くは杖に頼る事になるだろうが、これに関しては気長に行こう」
先生は私を観察して、少し安心した様子でそう言った。
「勉強以外に関してはどうだ? なにかあるか?」
「特には…勉強を教えてくれる友人も出来ましたし、先輩も優しいです」
「それは良かった」
マキはかなり知識があって、聞いたことは大概なんでも教えてくれる。少し、いやかなり嫌みな所もあるけれど、慣れてしまえば気にならない。寧ろ世話焼きな内面が見えてきて、お母さんみたいだなと思い始めている。
カルタ先輩はなにかと甘やかしてくれる。ちょっと距離が近いのがいつも気になるけど。
ただ、自由すぎる同期には手を焼いているとも伝える。
「ああ、ジユウ君か。彼には僕達も悩まされている。センス・技術・知識、どれをとっても不足は無いんだが…うむ」
先生は一度言葉を切るが、やがて諦めたように息を吐いた。
「まあ、もう少し協調性が望まれるが、彼には仕方ない処でもある。偶に……が出てしまっているしな」
後半かなり声量を落としていてあまり聞き取れなかった。
「いやなんでもない。広い心で接してやってくれ」
こんなところか、と先生はひとつ頷いた。
「では来月も励んでくれ。何かあったらすぐ報告するように」
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