コクマの塔

炯斗

001 フィア

波の音が聞こえる。

崖に打ち付けられる、荒々しい波の音。

それが、酷く心を落ち着かせてくれる。

荒く、波の砕かれる音。時折強く、風の音。

心地の良い微睡。

ノックの音が響き、それは絶たれた。

「…フィア?」

「…ぁ、はい。どうぞ」

目を擦りながら身を起こす。

そういえば自分を引き取ってくれた後見人が来る手筈になっていたのだ。

「寝ていたのか。出直そうか?」

現れたのは少年のようななりをした後見人。

少し呆れた顔をして寝惚け眼の私を見ていた。

「大丈夫です。お忙しいのにすみません」

「それは構わないが…では入らせて貰うよ」

運び入れたばかりで散らかったままの荷物を適当に寄せて、小テーブルと椅子を使える状態にする。お茶は…用意するのは無理そうだ。

「えぇと、すみません」

「気を遣わなくていい。今は気軽に接してくれ」

着座し、向いあう。

「では改めて。僕は君の後見人になったルエイエだ。この学校の責任者を務めている。宜しく頼む」

「はい。フィアです。宜しくお願いします」

「ああ。フィア、今は状態も落ち着いているように見えるが、最近の具合はどうだい」

「急な暴走はここ暫くありません」

「そうか」

ルエイエ先生は探るように私を見つめている。視線に耐えかねて、少し顔を逸らした。


ここは「コクマの塔」と呼ばれる魔術師の学校だ。

私は生まれつき強い“魔力”を持っているらしい。

でも残念ながら全く制御ができない。

最近は暴走させる事は少なくなったものの、周りからは危険物として扱われている。

育ての親はどうやら高名な魔術師だったらしい。

その父を亡くし、危険物扱いの私は今回この学校の主であるルエイエ先生に引き取られることになった。生徒として通わせて貰える事にもなっている。

“魔力”というのは珍しい力らしく、希少な研究材料…という意味も含まれていて、保護と研究の名の下入学金などもかなり免除して貰っている。

ルエイエ先生は父と交流があったので以前から偶に様子を見て貰っていたし、暴走時処理をしてくれるのはいつも先生だった。

だから入学金などの免除にあたり冗談めかして「研究体としても価値があるから」なんて言われても、そんなに怖くは感じなかった。感謝の気持ちの方が強い。


「ではフィア、入学の書類は出来ているかい?」

「あ、はい。お願いします」

「うん…確かに。明日が新規生の入学式典だから、遅れないよう気を付けてくれ。今日はゆっくり休みなさい」

「ありがとうございます」

「それから―…君の体質の事だが…隠せとは言わないが、あまり公言しない方がいい。色んな輩がいるからな。なにかあったらすぐに僕に言ってくれ」

「…解りました」

隣にいつ爆ぜるか分からない爆弾が座っていることを伝えておかなくてもいいのだろうかと思わないこともないが、心無い対応をされることもそこそこ多かったので従っておくことにする。

「では失礼するよ。明日また式典で」

「はい。ありがとうございます」

見送って、戸を閉める。

明日から新生活。

不安もあるし、楽しみでもある。

一人になった部屋の中。

波の音が聞こえた。



入学式典は厳かに開始された。

ルエイエ先生の挨拶が終わり、粛々と進行していく。

入学生たちは皆真面目な様子で真剣に式に挑んでいる。

当然だろう。私は特例中の特例だが、此処は優秀な生徒の集まる最高級の学舎なのだ。

だと言うのに―

「へーぇ。思った以上に人少ないねぇ」

「!??」

隣に座っていた人が突然話しかけてきた。しかも小声とかではない。

褐色の肌に金の髪。好奇心の強そうな緑の瞳。

他の生徒が紺の制服に身を包む中、真っ赤な上着が悪目立ちしている。

「てか今のこどもなに?」

「…静かにしてくれないか。あれは一番偉い先生。説明聞いてなかったのか」

「えー? なんで小声?」

ダメだコイツ。

関わりたくはないけど、何とか黙らせたい。

早くしないと巻き添えで自分まで怒られる。

「ねぇねぇこれ長くない? 折角オクの日なんだからさー、遊びに行きたいんだよね」

「頼むから本当に静かにしてくれ。式典中くらい黙ってられないのか」

「おれさー金になるって聞いて入ったんだよね、ここ。あんま勉強とか興味ないしさー」

「お金稼ぎに来たんだったら、それこそもっとしっかりしろよ!」

「お二人とも」

先生の一人がにっこりと笑みを浮かべて寄って来る。

「静かに出来ないなら出て行きましょうか」

「ええぇえぇ…!」



「………」

式典会場から摘み出されてしまった。

幸い殆んどの説明は終わっていた…と思う…が。

「早く出れてラッキーだよな!なーんだ、アレ聞いてなくて良かったんじゃん」

「なんで、私まで…」

「あははー。じゃーね…って、あ」

手を振って去りかけた身を翻し、

「肝心な事訊くの忘れた。おれジユウ。あんたは?」

「…フィア」

「おぅ、これから宜しくな!フィア」

満面の笑みでそう言って、今度こそ彼は去っていった。

ジユウって………自由か。



閉式を見計らって校内を見て回ることにした。最初からその予定ではあったんだけど。

色々見て回って、最後に図書館へ向かう。

「これは…凄い」

壮観だ。

今までに見た事の無い規模に圧倒され、キョロキョロしつつ中を歩いていると…

「うわッ」

「痛っ…」

しまった。誰かとぶつかってしまった。

「すいませ…」

「悪かったな。前、見てなかった」

「あ、こっちこそ…」

私を見ると、少し態度が変わる。ぶっきらぼうな愛想の無い顔に、知り合いを見つけたような驚きが混ざる。

当然私に知り合いの先輩などいないのだが――

「あー、あんた先刻の」

「え?」

「いや、式典中に騒いでた奴だろ。目立ってたから」

――げ。

「まあ、絡まれてたって感じだったけど。要領悪そうだな、あんた」

ご理解頂けて何よりだが、なんだかとってもコムカツク。

「ぇっと、私フィアっていいます。先輩…ですか?」

「アンタと同期だけど」

憮然と答える様もとても同い年には見えない。

「ウソだろ!え、でも年上ですよね?」

「アンタいくつ」

「今年16になりました」

「じゃ俺の方が年下だ。まだなってない」

「ない!絶対ない!」

「失礼なやつだな」

驚いた。その落ち着き払った態度、絶対先輩だと思ったのに。

「…まあこれも縁か。よろしくな」

年下なら丁寧語は要るまいと、ラフな口調で握手を求めて手を差し出す。

「…」

彼は暫しその手を見つめてから、軽く握り返した。

「トートマシー・レクス・ベスタ」

「………ゴテイネイニ」

笑顔のまま固まる。コイツ、イヤな奴だ。

塔の住民は皆 名が長い。真名の秘匿の意味合いもあり、略称を用いるのが普通だ。

略称には2段階あり、本名、中略称、略称の順に短くなっていく。

それを、こちらが略称で名乗っているのに、中略称で返してきやがった。

こちらが固まったままでいると、

「マキでいい。じゃあな特待生」

「あ、うん。また」

言い捨てて去っていった。

なんとも、愛想の無いヤツだ。


内部を粗方見回り終えて夕刻が近付いてきた。

塔は全寮制で、遅めだが門限もある。といっても寮は塔内にありあまり外出する者も多くないので実質あってないようなものだ。

それはともかく、部屋に戻る前にどうしても行っておきたい場所があった。


塔の裏手。

激しい荒波が寄せる断崖絶壁。

部屋まで聞こえる波音の発生地だ。

今は夕陽が差して橙に染まっている。

「………」

「キレイだろ?」

「え?」

音を聞きながら呆っと海を眺めていると、背後から声を掛けられ驚いた。

「うん? 見ない顔だな。あ、新入生か」

「は、はい…」

現れたのはとってもキレイな人だった。

ピンクゴールドの珍しい色合いの髪に紫がかった瞳。すらっとしたシルエット。

「じゃあ俺センパイだわ。宜しくなー。俺カルタ。かわいい君は?」

「か、かわいい…ええと…フィアって言います」

「よしフィアちゃんね。…ん、君 魔力あるんだ」

「え…? えぇ、はい」

隠した方が良いと言われていたが、早々にバレてしまった。

恐る恐る様子を伺うと、先輩は気にした風もなく寧ろにっこりと微笑んでいた。

「うん。いいね。君の傍は居心地が良い」

「…はあ?」

「じゃあねフィアちゃん。君となら是非何度でも会いたいね」

…行ってしまった。

センパイとか言ってたけど、変な人だなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る