110.二回分欲張っていいのね

 美しく着飾った淑女のお茶会は、庭に造られたガゼボで始まった。15歳にもなれば、社交界デビューをするのだけれど。今の公国でそういった公式行事はない。個々の貴族家で行われる夜会やお茶会が、デビュタントの一端を担っていた。


 貴族令嬢であっても、無理に参加する義務はない。この通知は意外にも喜ばれた。貴族とは名ばかりで平民と変わらない男爵家や子爵家はもちろん、御令嬢方の支持が大きい。婚約者を探す場として必要な夜会だが、有力な貴族家は幼い頃に婚約した。政略結婚を重視しない貴族家のみが残り、デビュタントで見初めたとしても問題点は多い。


 外見は判断ができても、中身は夜会で見通せない。素行や性格に問題のある令嬢や子息が残っている場合が多く、夜会で婚約者を探すのはジュベール王家時代の悪習と考えられた。実際、前回の私の首切り事件がトラウマとなり、夜会に拒否反応を示す奥方や令嬢も増えている。当の私は気にしていないのだけれど。周囲は勝手に気遣って夜会を控えた。


 仲良くなった令嬢同士が友人の家を周り、そこで友人の兄や弟と婚約するケースが増えている。親しくなってから婚約関係になるため、恋愛結婚が一般的になってきた。よほど高位の貴族でなければ、政略結婚の習慣は残らないだろう。


「令嬢であっても選ぶ権利があるなんて、素敵ですわ」


「あら、クリスは前回も恋愛結婚だったじゃない」


 愛称で呼ぶほど親しくなれた。くすくす笑ってお茶に口をつける。侍女のアリスは斜め後ろに控えるが、友人のように口を挟んだ。


「お嬢様も今回は恋愛結婚が出来そうですね」


「……っ、そ、そうね」


 動揺してしまう。だって二人とも欲しいなんて、欲張りすぎて恥ずかしいわ。バシュレ子爵令嬢のクリステルは、互いの名を愛称で呼び捨てるほど仲がいい。出会った頃は恐縮していたけれど、今は気楽に言葉を交わせる関係だった。柔らかな薄茶の髪と水色の瞳、笑顔が愛らしいクリステル。彼女は前回同様にオードラン辺境伯の嫡男と結婚する。


「素敵な男性を二人も射止めるなんて、愛される令嬢は大変ね。ティナ」


「もう! からかわないで。私だって欲張りだとは思うの。でも……選べないんですもの」


「選ぶ必要なんてないのよ。前回選ぶはずだった人と、今回結ばれる人。ほら、二人必要じゃない。やり直しって、そういうことでしょう?」


 思わぬ発言に、目を見開く。きっとはしたない女と思われるのが普通と思い込んでいた。でも、そうね、前回と今回を合わせて幸せになるなら……欲張ってもいいのかも知れないわ。私が間違ったら正してくれる友人も家族もいる。


「ありがとう、クリス。そう思うことにするわ。私が間違ったら、止めてちょうだいね」


「そんな未来こない方がいいわ。でも、そうね。ティナが間違ったら私が止める。お父様譲りの剣捌きで」


「……まあ! 私の負けが確定じゃない」


 笑いながら茶菓子を摘み、スミレの砂糖漬けの甘さに頬を緩める。素敵ね、本当に幸せだわ。見上げた空は少し雲が多くて、時折り日が陰ったり晴れたりと忙しい。


「お邪魔していいかな?」


「シルお兄様、もちろんよ」


 兄が加わり、お茶会は楽しく終了した。私が焼いた菓子を食べたお兄様が自慢したことで、お父様の分を焼く約束をしたけど。これも幸せね。

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