104.ティナを狙うなら排除する

 ティナが消えた。川岸は危ないと言った後、彼女の牝馬の鳴き声が響く。慌てて駆けつけたが、残されていたのは馬のリディのみ。足を岩に突っ込んで抜けないリディを助ける。だが馬の下にもティナはいなかった。


 付き添いの騎士に指示し、すぐに屋敷へ走らせる。ティナが自分の意思で動いたなら、馬を置いていく理由がない。落馬事故と別の事件が重なったのだろう。あれだけ可愛がった牝馬の窮地を放置する子ではなかった。優しくて心清らかな妹なのだ。今頃心細くて泣いているかもしれない。


 焦る気持ちを落ち着けながら、ティナを連れ去った者の痕跡を探す。その脇で休んでいた栗毛のリディがぶるりと身を震わせた。羽織ったマントの端を噛んで引っ張るリディは、痛む足でどこかへ向かおうとする。


「ティナが、わかるのか?」


 居場所か、または連れ去られた方向か。川下の方へ引っ張られた。手がかりがない以上、これもひとつの指標だ。


「すまないがここに残り、捜索を頼む。俺は先に動く」


「承知しました」


 敬礼して答える騎士にこの場を任せ、己の馬に跨った。ぎこちない足取りながら、しっかりと前を向いて案内するリディについて行く。折れていないが痛むだろう。時折休みながらも、リディは必死に前に進んだ。川の水位が高くなる手前で立ち止まり、その先を示す。猟師小屋なのか、小さな物置のような小屋があった。緊急時の避難用かもしれない。


 傷ついた足で川を渡れないリディが、焦れたように嘶いた。その声に促され、愛馬の手綱を離して降りる。この川は見た目より流れが早い。馬に乗っての渡河は危険だった。


「悪いがリディを守って待っていてくれ」


 芦毛の愛馬の鼻を叩いて話しかけ、川の上に突き出た岩に飛び移りながら渡る。最後の岩だけ滑ったが、無様に尻餅をつくことは避けた。手をついたせいで、左腕が少し痛む。失敗したと顔を顰め、ハンカチを濡らして巻いた。そのまま小屋に向かって進む俺は、妙な気配に気づく。


 小屋を取り囲むように、数人の男が中を窺っている。奇妙な状況だった。もしかして中にティナがいて、見張っているのか!? 


「お前達、ここで何をしている!」


 ここはフォンテーヌ公爵家の領地内だ。跡取りである俺には咎める理由があった。何より、可愛い妹を守る役目は二度と放棄できない。前回守れなかったあの子を、今度こそ命懸けで守らなくては。


「ちっ、やっちまえ!」


「くそ、見つかったか」


 口々に汚い言葉を吐いた男達は、軽やかな音で剣を抜いた。いいだろう、実力行使で来るなら、こちらも相応に叩きのめすのみ。フォンテーヌ公爵家の教育と訓練の厳しさを、お前達にも教えてやろう。ただの貴族子息と思うなよ。

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