85.親という生き物は愚かだ

「前回の決着をつけねばならん」


 クロードの宣言に、集まった者は無言で頷く。宰相アルベール侯爵ジョゼフ、オードラン辺境伯ダヴィド、バシュレ子爵エルネスト、元マルロー男爵家フェルナン。かつての敵や味方が混在する部屋は、密談をするとは思えないほど明るかった。


 差し込む日差しは明るい。空は雲が多く上空の風が強いのか、時折日差しを遮った。


 手入れのされた庭に向けて開く大きなガラス扉の向こう、息子シルヴェストルがコンスタンティナの手を引いて散歩する姿が見える。この場に息子は不要だ。シルヴェストルは新しい国を興す必要がある。このような暗部に関わる話はまだ早い。


 綺麗な手で国を立ち上げ、その後シルヴェストルの手は汚れるだろう。国を治めるとは清濁併せ呑む度量を必要とする。だが、汚れた手を掲げても誰もついてこない。穢れを引き受けるのは年老いた者で十分だった。その意味を理解する者達は、クロードの発言を静かに待つ。


「公国を囮に芽を潰す。ダヴィド、エルネストはともに軍備を整えろ。必要な金があればジョゼフに言え。用意させる。フェルナン、これから忙しくなるぞ」


 文官武官のトップを揃えた会合は、夜闇ではなく昼間の明るい客間で始まり終わった。詳細の打ち合わせを終えた彼らは足早に移動し、残された部屋でクロードは一人息を吐き出す。


 ここから先、もう引き返す道はない。最後に息子がこの首を落としてくれたら終わりだ。窓の外で幸せそうに笑う子ども達、シルヴェストルとコンスタンティナを守ったら、妻ディアナの元へ行こう。出来るなら、愛娘ティナにだけは恨まれたくないが。


「親という生き物は愚かだ」


 愛情を注ぎ育て、慈しむ。その見返りを求めることなく与え続けた。当たり前だ。己自身より大切な存在なのだから。前回はディアナを失った家族全員が動揺していた。それぞれが傷に触れないよう距離をおいて、ぎこちなく接する。


 声を掛ければ上滑りし、遠巻きに見守るだけだった。愚行ばかり繰り返す王家の方に気を取られた隙に、事態は悪化する。愛する娘は、悪意を見抜くには幼過ぎた。まだ親の庇護を受けて笑うだけの子でよかったのに、王太子妃教育の一環として王宮に通う。大半の時間を引き離された。


 その隙間に付け込まれたのだ。あの薄汚い王妃を名乗る女狐によって、ティナは壊された。一度壊れた彼女にどう接したらいいか、困惑しているうちに名誉と命も奪われた。あの屈辱と怒りは今もこの心を焼いている。


 愛している――だから、わしを憎めばよい。ディアナは分かってくれる。愚かな男をそれでも認め、迎えに来てくれるだろう。シルヴェストルも立派に育った。もう親が手を引かずとも歩いて行ける。前回の記憶があるからこそ、そう確信した。


「それでも迷うのは、わしが未熟な証拠よな」


 零れ落ちた本音を拾う者はなく、明るい部屋に不釣り合いな弱々しい声は消える。顔を上げたクロードの目に迷いはもうなかった。近づいた窓の外で、日差しが陰る。空の雲は増え続けており、青空はほとんど見えなくなった。


 雨が降る。地上も天上もさして変わらぬらしい。

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