80.あの日の誓いは間違っていなかった

 辺境伯の肩書きが示す通り、中央の政から外れた場所に追いやられて国境を守る日々。民を守り主君を安心させる。襲い来る敵を退けるたび誇りに思った仕事が、色褪せたのは主君の本性に気づいたからか。ただ安穏と贅沢をして民を虐げ、搾取することを恥じない姿に愕然とした。


 当初は四大公爵家もすべて同じだと思った。辺境伯と同じように、彼らも国境付近を守る領地を治めている。評判を聞くと領地内の経営は安定しており、生活もさほど派手ではなかった。領地の大きさに見合う税収の大半は、民に還元される。


 豊かな農地を広げる開拓、新しい産業を開発する投資、領地内の通行をスムーズにする街道の整備や災害を減らす護岸工事。どれも見事だった。中でも筆頭公爵家と呼ばれるフォンテーヌの領地は、ここ単体で独立できるほどだ。


 他国との繋がりも強く、それゆえに王家はフォンテーヌ公爵令嬢を次期王妃に定めた。もしフォンテーヌ家が反逆したら、王家の横暴さに眉を顰めてきた貴族はこぞって支持するだろう。俺もその一人だ。


 オードラン辺境伯ダヴィドは正義感が強く、民を思うよい領主だった。辺境伯の領地はさほど豊かではない。だが他の領地から収められた税の一部が、軍事資金として回された。節約した軍資金を領地の民に流す。それが王家への裏切り行為だと知りながら、彼は躊躇わなかった。


 一度、その話が漏れて叱責されたことがある。王城に呼びつけられ、他の貴族がいる前で大声で叱責する王太子に、殺意が芽生えた。いっそこの場で首を取り、クーデターを起こそうかと思うほどだ。お前達が無能で、だから民が苦しんでいると言うのに、豪華な衣装を纏い捨てるほどの料理を並べ、何をほざくか。


 口を突きかけた文句は、間に入ったクロードによって矛を収めた。


「王太子殿下、あなた様のなさりようは国を潰しますぞ。オードラン辺境伯の領地は戦う最前線です。軍事資金だけではなく、最前線を守る民にも金を送る。そう言って我らから徴収した税は、どこへ消えたのでしょうな?」


 初耳だった。王太子の視線がさ迷う。彼は関わっているのだ。我らに対して支出された金を、王家は着服したのか?


「お、遅れているだけだ。ちゃんと送る」


「左様でしたか。ならば確実に届くよう、各公爵家から直接送るように手配させましょう。王家の負担も減り、文官の仕事も減る。これならばも起こりづらいですな」


 なんとか反論しようとする王太子をやり込め、クロードはにやりと笑った。その口元を見ながら、この男には敵わないと白旗を上げる。元から気になっていた案件を片付け、この俺にしっかり恩を売った。これこそ君主の器だ。




 前回の記憶に浸る俺に声がかかる。


「ダヴィド、復讐はまだ終わらんぞ。やり直しになったのであれば、大きな成果を上げなくては女神様に顔向けが出来ぬ」


 王家を滅ぼした主君はあの黒い笑みを浮かべた。公国という形で新たな国を興した。その理由も含めて、このお方の素晴らしさに心酔する。今生こそ、最高の主君に仕えることが出来る幸せを噛みしめた。前回のあの直勘は間違っていなかった。


「仰せのままに」


 あなた様に従って戦うなら、それは我が望みだ。夜会で公爵令嬢を貶めたあの事件を二度と起こさないために、この身を粉にして従おう。

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