73.小賢しく立ち回ろうともネズミに過ぎぬ

 襲撃は失敗した。いや、手傷を負わせたなら成功か。王家が滅亡した今、次に殺されるのは前回王家派だった我々だ。その恐怖がじわじわと忍び寄る。


 忠誠を誓う誓約書と助命の嘆願書はすでに送った。だがフォンテーヌ公爵家から返事はない。派閥ごとに返答に差があったことは、貴族の間で周知の事実だった。中立派と公爵派はすでに受け入れられた。宰相派は元宰相ジョゼフがフォンテーヌ公爵家に下ったことで、条件付きながら参加を許される。


 王家派は明暗が分かれた。宰相派のように条件を付けられ、領地を返上して許しを得た者もいる。嘆願を撥ね除けられた家もあった。それ以前に別の恨みで他家に潰された者もある。ぎりぎりのところで生き残った家が集まり、放置された現状を話し合った。


 先行きが暗い貴族家の集まりは、自然と方向が怪しくなっていく。フォンテーヌ家にいかにして取り入るかの話が、いつの間にかフォンテーヌ家への恨みつらみに代わった。今ではどのように貶めるかまで落ちた。ここが潮時か。


 彼らの集まりに参加する頻度を減らし、手元の情報をもってアルベール侯爵にすり寄る。元宰相は上手にフォンテーヌ家に取り入った。口利きを願えば、情報を寄越せと命じられる。準備した情報を渡した直後だった。彼らの留守に襲撃する話を耳にする。


 知らなかったで通すか。注進して許しを願う一助とするか。迷いはわずか一日、されど長い一日だった。送った情報は宰相ジョゼフの留守で届かず、襲撃は為された。王家派にバレた時に言い訳できるよう、回りくどい提供手順を取ったのが災いした。


 すべてが台無しだ。焦る男は逃げ出すが、すぐに捕獲された。




小賢こざかしいネズミはもう不要だ」


 どれほど賢く立ち回ったつもりでも、ネズミは所詮ネズミ。獅子であるフォンテーヌ公爵家に敵うはずがない。一噛みで絶たれる命の危うさを理解せず、鼻先で踊り続けた。捕獲の一報が届いたジョゼフは、その処断を主君に委ねる。


「かしこまりました」


 どのような処刑方法を選ぶか、それは主君が指示する必要はない。些末事の処理は、公国の新宰相となったジョゼフの仕事だ。捕獲の書類に一筆添えて、報告に訪れた騎士に返した。恭しく一礼して退室した彼を見送り、ジョゼフは詫びる。


「手配が間に合わず、申し訳ございません」


「構わん。シルも痛い目を見て賢くなるだろう。世の中は善意で成り立ち、裏で醜い策謀が渦巻く。その仕組みを理解するのは、必要な洗礼だ。わしもそうだった」


 襲撃され、死にかけること数回。それゆえに体を鍛え、騎士団長と並ぶ剣技と強さを手に入れた。部下に守られるだけの主君など、緊急時に役立たないのだ。息子の命に別状がなかったからこその言葉だった。後遺症もなく治ると医師が口にしたとき、心の底から安堵した。


 愛しい妻ディアナの残した忘れ形見、それは娘コンスタンティナだけでなく息子シルヴェストルも同じなのだから。

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