68.ジュベール王国の最期

 隠された王太子を探さなくてはならない。失敗した。白状させればよかったのに、先に殺してしまった。


 どこだ? どこに隠す?


 大切な息子を地下牢に閉じ込める夫婦ではない。もっと選民意識が強く、俺を含めた貴族も見下した……そこで自然と視線が上に向いた。王宮の中央に聳える立派な塔だ。前回、ここでドロテをあの男が抱いた。民を見下ろせる最高の場所だと言って……そうだ。この塔の上に部屋があるじゃないか!


 自分達のすぐ近く、王都を見下ろせる高い場所、王宮内で警備が手厚い。すべての条件が揃う。濡れた短剣の血を服で拭い、ジャックは塔の階段を駆け上った。前回、ドロテは無理矢理ここで犯されたのだ。あれは相思相愛じゃなく、脅されて仕方なく従ったに過ぎない。


 強く思い込む。ドロテが好きなのは自分で、あの王太子ではなかった。だから王太子や国王を罰した俺を、彼女は両手を広げて微笑みながら受け入れるはず。


 最上階まで螺旋階段が続く。塔の内側は歴史書や貴重な本が整然と並び、権威の象徴でもあった。一番上にある部屋は、初代国王が己の妻を閉じ込めたとされる王妃の間だった。豪華な調度品と窓から見下ろす美しい景色、最愛のドロテが汚された部屋だ。ノックもせず、ジャックは乱暴に扉を開く。


 鍵はかかっていなかった。中は薄暗く静かだ。ぐるりと見回した円形の部屋は西側が仕切られ、風呂などの設備があった。そちらへ足を向け、乱暴に境の扉を蹴飛ばす。中を確認するジャックは、背後の気配を見落とした。忍び寄る足音は分厚い絨毯に吸収され、西から入る日差しで影は後ろにかかった。


「死ねっ!!」


 突き立てられた刃の熱さに、振り返り様、相手を突き飛ばした。尻餅をついたのはまだ若い王太子だ。アンドリュー、やはり逃げ込んでいた。ジャックの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。ドロテのために、この男を殺さなくてはならない。生かしておいたら、またドロテを汚すだろう。


 ジャックは肩にナイフを突き立てられた状態で、短剣を左手に構えた。右肩は痺れて使い物にならない。尻餅をついた姿勢で後ずさるアンドリューを追いかけ、短剣を突き刺した。すぐに抜いてまた刺す。飛び散る血を浴びながら、ジャックは笑い出した。


 おかしくて堪らない。この程度の男が国の頂点に立とうというのか! 自信も運も実力もない、ただのガキが!


 短剣で傷つけられた胸で大きく息を吸い込み、王太子アンドリューはジャックを突き飛ばした。転がる男の首を両手で絞め上げる。跨った男が動かなくなるまで、短剣を突き立てられながら絞めた。


 痙攣したジャックの股間が濡れ、唇から泡が溢れ出る。それでも体重を掛けて腕の力を首に掛け続けた。ようやく動かなくなったジャックから立ち上がり、血塗れの首や肩をタオルで押さえる。早く治療しなくては……階下に降りて両親を探し……手順を考えながら、アンドリューは螺旋階段へ進む。数歩で踏み外し、近くの本棚の数冊を道連れに落下した。


 中央の空洞部分を落ちた彼の体は不自然にねじ曲がり、息絶えていた。その顔の脇に落ちたのは、初代国王の手記だ。国を平定した後、妻の浮気を疑い幽閉した狂王の記録を枕に、ジュベール王国最後の直系血族は絶えた。


 数日後、ワトー男爵家は爵位の返上を願い出た。すでに王家が滅びていたため、その爵位返上を聞き届けたのは、フォンテーヌ公爵クロードと元宰相アルベール侯爵ジョゼフの連名だったという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る