63.嫌われるとしても口にする覚悟
緑の蔦に覆われた塔の上階で、窓から外を眺める。飛び降りて逃げることは不可能だった。鉄格子の外は明るい。少し前まで、あの明るい日差しの中にいたのに。
「ドロテ、食事が届いたよ」
父母は娘に優しく声をかけた。こんな状況に陥った原因が、ドロテだと知っても変わらない。その優しさに鼻の奥がツンとした。滲んだ涙を誤魔化すように、ドロテは窓のカーテンを半分引いた。眩しくて目に染みたように装って、両親の元へ向かう。
「美味しそうだな」
「働かないのにこんな贅沢、申し訳ないわ」
机に並んだ食事は特別豪華なものではない。王太子を誑かした前回、王宮で食べたものに比べたら質素なくらい。でも今のドロテにとって、これ以上のご馳走はなかった。両親が一緒にいて、引き離される心配もなく生きている。まだ温かい料理に感謝し、信じていなかった女神に祈りを捧げた。
日々の糧が足りて外敵から守られた状況は、女神を信じるに十分すぎた。人は幽閉されたと表現するかも知れない。しかしドロテは悲観しなかった。この塔にいれば衣食住は保証され、王太子アンドリューや赤毛の騎士ジャックから守られる。
「ねえ、前回の私の罪を聞いてくれる?」
ようやく心の整理がついた。前回の私の行動は、きっと両親を落胆させる。優しく信心深い父母を嘆かせるだろう。それでも隠し通す気はなかった。だって、あんな惨状に直面したというのに、公爵家の人は私に温情を与えた。私が自ら口にするまで、時間を与えてくれたの。
大切な両親に嫌われたら辛い。悲しい、苦しい。想像するのも嫌だった。それでも罪は罪、罰を受けなくてはならない。神殿のお説教にあった、罪と罰の天秤の話がようやく理解できた。罪と罰は釣り合う必要があり、罪だけが重い状態では救われない。
前回の夜会に参加した人は、少なからず罪を背負った。その罰が両親の愛を失うことなら、私は甘んじて罰を受ける。一生を懸けて償う。救いの手はすでに差し伸べられ、私はいま生きているのだから。
「先に食事を済ませよう」
泣きそうな顔で唇を噛む娘の姿に、穏やかな声で促す父。頷いて食事に感謝してから口に入れる。柔らかく煮込んだ野菜の甘さに、涙が滲んだ。これだけで幸せなのに、どうして余計な物を欲しがったのか。
涙を拭いながらシチューを食べる娘の姿に、父と母は目配せで頷き合う。娘ドロテが前回の記憶を持つのは間違いなかった。それは貴族だけが集まる王宮の夜会に、ドロテが参加したという意味だ。前回の記憶を持たない彼らは想像も出来ないが、そこで娘は罪を犯した。雲の上の存在である公爵家が動いたのも、そのためだろう。
どんな罪を犯しても、娘だ。この子が大きな罪を犯したなら、一緒に償う覚悟はあった。世界中がドロテを咎めるなら、自分達も共に。
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