61.小鳥は己の翼を思い出す
可愛い妹がハンカチに刺繍を施し、異性に渡した。その情報を、胸を締め付ける痛みで受け止める。まさか心を許しているのか? その男が隣国のアルフレッドなら、絶対に渡さない。権力者の男など、自分を含めてろくな奴がいないのだから。父上のような男であっても俺は断固抗議する。
膝を突いてティナの手を握り、懇願したらハンカチを貰えることになった。当然のように父上も強請り、困惑した顔で妹は呟く。
「こんな未来、知らないわ」
それは当たり前だろう? 変えるために我々は足掻いているのだから。心の美しさがそのまま表に現れた妹は、年を追うごとに母上に似てくる。伯父であるランジェサン国王も、末姫であった母ディアナを大切に慈しんだと聞いた。嫁ぐ際は葛藤もあっただろう。
前回の夜会に、ランジェサン国王は招かれていない。かの国から参加したのは大使と第二王子、その婚約者のみ。婚約者はフォンテーヌ一族に連なる伯爵家のご令嬢だった。つまり、隣国の人間で記憶を持っているのは大使と第二王子のみ。
どこまで知っていて、王太子アルフレッドがティナに近づいたか。知識量によってこちらの対応も変わる。たとえ従兄弟であろうと、大切な妹を傷つける可能性があれば排除するだけだ。
「わしの方に多くくれ」
「許すわけないでしょう」
むっとした口調で、話に加わる。俺がティナの未来に頭を悩ましている間に、己の欲に従い身勝手な願いを口にするなど……父上と言えど許せん。きっぱりと拒否を表明し、困ったような顔の妹を下から見上げる。以前より表情が豊かになった。
「公平に同じ枚数にいたしますわ」
まだ未熟だから恥ずかしいと言うが、それは前回の彼女に比べての話だ。人前に出しても恥ずかしくない出来栄えは、練習用の刺繍を見れば分かる。謙遜が美徳と言い聞かされたティナは、それでも前を向いて歩き出した。
ちらりと視線を合わせた父が頷く。応えるように首を縦に動かし、コンスタンティナの両手を握った。針を刺した傷がないのを確かめながら、微笑んでハンカチの約束を取り付ける。ぎこちなさの薄れた微笑みが浮かび、蕾が綻ぶようにティナが口元を緩めた。
「何のデザインにしましょうか」
柔らかく尋ねられ、紋章は難しいだろうと別の意匠を伝える。父上もあれこれ悩んだ末にいくつか提案した。その中から選ぶと告げる妹の口元はずっと緩んでおり、それが胸を躍らせた。選ぶことは自由のひとつだ。彼女はやっと自らのために何かを選択し始めた。
選ばれるに相応しいものを、コンスタンティナのために揃えたい。だが、それすら傲慢なのだ。彼女自身が選ぶなら、汚れていても傷だらけでも価値があるのだから。いつか恋い慕う相手を見つけて離れていくのが妹だ。分かっていても、この時間が少しでも長く続くよう願った。
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