55.栄光の裏で味わった屈辱

 過去の栄光に縋る気はない。前回は救国の英雄と呼ばれたが、王家は働きに見合う報酬を用意しなかった。与えられたのは爵位と階級章のみ。軍の中での地位も安定せず、貴族としての振る舞いだけで金は消えていく。軍の報酬も上がらない状況で、出費だけが増えた。


 いっそ爵位の返上を願い出ようとしたが、そんなみっともないことは許さないと言われた。何がみっともないのか。元平民が、平民に戻るだけの話だ。これなら一兵卒の方がよほど豊かな暮らしをしている。すでに妻は亡く、残された一人娘の衣食に事欠く有様だった。


 家は妻の実家だった小さな屋敷だが、住む場所があるだけで有難い。妻同様に心優しい義父母はこの家を、孫娘に遺してくれた。舞踏会に呼ばれても、娘クリステルのドレスを誂えてやることも出来ない。そんな窮状を知り、手を差し伸べてくれたのは――肩を並べ戦ったオードラン辺境伯だった。


 町を歩く平民より貧しい暮らしを強いられる我らに、最初に届けられたのは食料だ。辺境伯ダヴィド卿自ら訪ねて来られ、日持ちのする食料から新鮮な肉や野菜を積み重ね「戦にはまず食料ぞ」と笑った。感謝の言葉と同時に笑いが零れ、礼を言う我ら親子に逆に頭を下げる。


「救国の英雄の窮状を、我らからも王家に陳情した。返答はない、それこそが答えであろうな」


 王家はバシュレ子爵家を英雄として利用する気だ。そう告げる彼の表情は曇っていた。かつては同じ学び舎で学年こそ違えど、共に学んだ国王陛下への怒りや失望が滲む。己の忠誠を尽くすに値する人物か見極めているようにも見えた。


「救国の英雄などと持ち上げてくださいますな。私は家族を守りたかった。その行動が結果として国をも救っただけのこと。爵位を返上し、平凡に生きていきたいのです」


 隣で一緒に頭を下げた娘を見て、辺境伯は話題を変えた。湿っぽい雰囲気は苦手らしい。


「我が妻は娘が欲しかったと、しきりに俺を責め立てる。可能であるなら、我が辺境伯家で妻の相手をしてもらえぬか? もちろん報酬は弾もう」


 譲り受けた祖父母の家を放置できないと言えば、管理人を手配された。報酬の低い軍を退役するつもりの英雄を惜しんだオードラン辺境伯は、己の領地内にある砦をひとつ任せたいと言う。正直、軍人以外の仕事を経験したことがないので助かる。有難く申し出を受けた。


 いずれ平民に戻るにしても、娘クリステルに教養や作法を学ばせることが出来れば、彼女の助けになるだろう。高位貴族の侍女になる道も開ける。そんなある日、呼ばれた夜会で蛮行を見た。


 地位が低く元平民であったため、入り口付近に控えていたのが悔やまれる。もっと近くにいれば、我が身を盾にしても公爵令嬢をお助けしたものを……。悔やむ私にダヴィド様は仰った。英雄の苦境を助けよと命じ、辺境伯家に予算を振り分けたのはフォンテーヌ公爵家であった――と。


 私は前回、恩人の宝を守ることが出来なかった。あの後の奮闘も、王家との戦いも、すべてが後悔の黒に染まっていた。だが今回は違う。目覚めた運命の朝、娘クリステルと誓ったのだ。救国の英雄でなくて構わぬ、今回はコンスタンティナ様を守る盾になる。


 クリステルはオードラン辺境伯夫人指導の下、淑女教育を頑張っている。あと少しで認めてもらえると笑った。フォンテーヌ公爵家のご令嬢を守るため、短剣での戦い方も身に付けた。今度こそ我らがお守りいたします。

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