53.裏切りも断首も、因果は巡る
ジュベール王国は崩壊した――他国への支援を要請した国王ウジェーヌへの返信は、その一言だった。かつてフォンテーヌ公爵家に末姫を嫁がせたランジェサン王国は、我が国と領土を広く接している。逃げ込む暴徒や難民を受け入れることになっても、この国への支援を断ると返された。
バルリング帝国は、かねてから望んでいた小国の土地を取り返した。その後は大きな動きはない。領地を接する国境のヴォルテーヌ公爵家は、帝国の侯爵位を得て裏切った。前回は王家派と宰相派が支えたジュベール王家の命運は、もはや風前の灯火だった。
「くそっ、すべてはアンドリューの所為だ。奴の首を刎ねて差し出せばまだ間に合うか?」
悪い考えが浮かぶ。妻コレットはもう若くないが、もう1人くらい子を産めるだろう。無理なら若い女を側妃にすればいい。コンスタンティナ嬢の婚約者にするのは無理だが、彼女の子と婚約させるなら年齢も釣り合う。まだ修正は可能だ。
血走った目でぶつぶつと呟く。国王の側には誰もいなかった。平民出身の侍女や侍従も、大半は実家に呼び戻され職を辞している。残ったのは孤児だったり問題があり実家と疎遠になった者ばかり。給与の支払いが滞った頃から、使わない客間や家具の保管庫から物が消える現象が起きた。もちろん給与代わりに侍従達が持ち出したのだ。
小ぶりで換金しやすい物から失われ、徐々に部屋の宝石や黄金も消えるようになった。先日は執務室の文房具一式すら盗まれる有様だ。誰が犯人か特定出来ない国王だが、逆に言えば全員が犯人だった。
「アンドリューだ」
原因はあのバカ息子だ。結婚まで大人しくしていれば、その後はいくらでも側妃を娶って自由に出来た。わずか数年我慢しなかった息子を罵りながら、彼を捕まえるよう命じる。だが侍従達は返事をするものの動かなかった。
王太子アンドリューを、この王宮で見かけた侍従はいない。すでにフォンテーヌ公爵家の手に落ちた事実を知らなかった。侍従の一人が王宮を抜け出し、小さな建物に潜む者へ今の命令を教える。王太子に関する命令が出たら伝えるよう、頼まれていたのだ。対価に金貨の入った革袋を受け取り……彼はそのまま街に逃げ込んだ。
また一人侍従が減った王宮を見上げ、がっちりした男は笑う。もう、ここに潜む必要は無くなった。隠していた騎士の制服に着替え、逞しい腕に愛用の剣を握る。マントを掛けて建物の裏に放した愛馬の背に跨った。彼が駆け込んだ先は、罪人を一時的に勾留する塔だ。王都から少し離れた場所にあるそこで、勾留された罪人を数人解き放った。
与えられた役目を終えたフォンテーヌ公爵家の騎士は、主君の元へ馬首を向ける。その姿を見送った罪人達は、ふらりと外へでた。王都へ続く街道に出ると、文句を言いながらも足を進める。でっぷりと太り、豪華な衣装を纏った罪人達は、よたよたと足を進めた。王都にたどり着いた黒髪の罪人は真っ直ぐに王宮へ向かう。
――翌日、国王ウジェーヌの手により、王太子の首が刎ねられた旨の通知がなされた。
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