30.願わくば女神の加護を
王家の血を最も濃く継承したフォンテーヌ公爵家。その娘を王太子は殺すよう命じた。何が起きたのか、一瞬理解できずに動きが止まる。我ら四公爵家の存在意義を王家が否定した。そのことに衝撃を受けて、助けるよう命じるのが遅れる。
美しく結った金髪を掴まれ、引きずられたご令嬢を助けるよう命じた時、ころりと首は落ちた。呆然とする。本当にこれは現実なのか? 悪夢に囚われただけで、朝になれば目が覚めるはず。そうやって逃げようとした意識を、張り飛ばしたのはクロードの声だった。数年年下の優秀な男、筆頭公爵家の当主であり、有能な彼が獣のごとき咆哮をあげた。
愛娘の名を呼び、彼女の首を拾い上げて抱き締める。王家がどう考え、捉えていたのか知らない。だが、間違いなくクロードは娘コンスタンティナを愛していた。いや、今も愛している。首だけになろうと、何も語らぬ人形であろうと、その愛は変わることはない。
「何という、ことだ」
命令は撤回しなかったが、連れてきた騎士は誰も動けなかった。守れと命じられた対象は息絶え、父親の腕の中にいるのだから。世界でもっとも安全な場所だろう。ジュベール王国の頂点に立つ国王すら凌ぐ権力と人望を持つ男の腕の中、彼女は目を閉じていた。
この国では当たり前となった父親譲りの髪色は金、母親によく似た緑の瞳はすでに開かぬ。未来の王妃にするため、必要以上に厳しい教育を与えられたと聞く。王妃は自分が気に入った人形を手に入れようと、コンスタンティナ嬢を追い詰めた。
母親を失ったばかりの多感な少女は、間違った女を慕ったのだ。母になってくれるという甘言に踊らされ、気づけば笑みも怒りも封じた仮面を身に付けていた。
己の母が成した恐ろしい行いを、息子は「人形など妻にできぬ」と切り捨てる。王家に弄ばれたご令嬢の末路として、これは目に余る所業だった。美しく聡明なご令嬢を、王妃は人形に仕立て上げ、息子はそれを廃棄したのだ。
我がヴォルテーヌ公爵家には息子しかいない。そのことをこれほど天に感謝することになるとは。かつて愛娘を自慢したクロードを羨ましく思ったが、王太子妃を争う娘を持たなかったことに、心から安堵した。もし己の娘が同じ目に遭わされたら? 想像だけで気が狂いそうだ。
「父上、どうなさいますか?」
震える声で尋ねる息子は、この場での振る舞いを尋ねていない。今後、間違いなく王家とフォンテーヌ公爵家は対立する。その際の身の処し方を問うたのだ。
「しばらく……傍観せよ」
どちらの味方をするか、決めかねていた。忠誠心を取るなら王家、道理や人としての正しさを追うならフォンテーヌだ。断絶を宣言するクロードの血を吐く叫びに、一番卑怯な手を選ぶ。我が子や領民のためと自分を騙しながら、最低な手法を選んだ。
二度と間違わない。前回の失態は、今回どのような扱われ方をしても償ってみせる。それがヴォルテーヌ家としての誇りであろう。
願わくば……我が子らや領民も、コンスタンティナ嬢のように女神の加護が得られんことを。
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