第1話 東ノ島

日本国東京都 小笠原諸島近海 東之島


 日本に限らず、世界中で陸と海の境界線が更新された。

 かつて西ノ島と呼ばれた火山小島は、西暦2050年代に破局噴火を起こし、島としての原型はなく大型化、陸生が可能な環境に変わり始めていた。

 西ノ島の影響が周囲にもたらされたのか、西ノ島より東へ100km程離れた場所、何もない絶海だった場所に、新たな島が形成された。

 こちらは西ノ島にかけて東之島と呼ばれるようになり、二十世紀初頭の西ノ島のように調査対象となっていた。


 西ノ島や東之島に限らず、世界中の地殻変動のひとつとして、小笠原近海は劇的な変貌を遂げていた。

 小笠原諸島自体は未だ現存しているものの、東之島のように新たに形成された火山島が大量に現れ、既存の島の幾つかは消えたり、大型化していた。

 孀婦岩に至っては、周囲が陸地化した事により岩礁としての形の全貌が明らかになり、“不安定な岩塊”として観光地化される程、世界的に見ても特異な地形を生み出していた。

 しかし、東之島が優先的な調査対象になっているのは、何も地質学の観点のみではない。

 今までにない発見があったからだ。


 西暦2187年に、東之島調査隊が遭遇した発光現象がその発端となった。

 火山島なので当初は噴煙から巻き上がったマグマかと思われていたが、いくら調査しても原因が判明しなかった。


 しかも、夜にのみその現象が起こる。

 当初は忘れた頃に発光する、と言った具合だったが、20年経過した現在では変わらず夜中であるが、発光現象が連日発生していた。

 もちろん、本土のマスコミでもこの件は取り沙汰されており、UFO説まで飛び出す始末で、根拠のない推論がメディア界やネット界を横行している。


 ただ、調査隊はいざ現地を訪れると、都会の煩わしい錯綜から抜け出て意外とのんびりとしていた。

 その中の一員、葛西守もそうだった。


 実にこの現場、静かな奇怪とも思えた。

 夜になると、その感じ方ははっきりとする。

 東ノ島の周囲は特に何か違和感のあるような現象はなく、遠目に西ノ島であろうか、開発集落の灯が薄暗く見える。

 守達調査隊は、調査を開始して二カ月に渡り滞在しているが、この二カ月間発光現象には遭遇していない。

 島に上陸しては、放射線濃度が本土の無害基準値を少し上回っている結果を得た為、周辺海上のみの調査に切り替わった。

 そしてこの日の夜も何事も起こらず終わった。


 翌日の昼、守はイアーテルで通話をしていた。

 どうやら本土にいる家族からのようで、普段から研究員らしからぬ軽薄さが更に極まってふざけているようにも思える会話だった。


「ああ、そうかそうか。来月頭には本土に戻るから、そん時にでも飲みに行くぞ!

 え、まだ未成年だから無理?酒を飲ますなんて一言も言ってねえよ、それじゃな!」


 そう言って守は耳の機械の表面をタップ、通話を終わらせた。


 その時、何か細長い物体が海上から持ち上げられるように現れた。

 守は驚いてその何かを凝視すると、更に驚くべきものが見えた。

 それは、どうやら生物の尾のようであった。

 ただ、鯨とかなどの既存の生物ではなく、それ以上の長大な存在感。

 垂直に一時静止した尾は、海上からゆうに50mはあった。

 暗褐色の表皮に、水面に近づくにつれて鋭利な背びれのような物体が乱雑に、しかし一直線に並んでいる。

 尾で50mあるのなら、全体でどれぐらいあるのだろうか。

 守は再度、耳の機械をタップして、半透明の画面を眼前に発現させ、そのホーム画面からカメラ機能を立ち上げ、すぐに撮影を開始した。


「嘘だろ・・・、こんな事ってあるのかよ」


 守は、これが発光体の正体であると、直感的に確信した。

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