第6話 奈落の悪意

 アンダーフロント。

 レベログラードなどの各メガシティなどに存在する、交代以前から存在する地底完全人工都市の事で、規模は地上の都市の3、4倍にまで及ぶ。

 その中でもレベログラードのアンダーフロントは最大規模を誇っているが、再開発されるようになって100年程、まだ規模の全容が明らかになっていない。

 交代中は、施設内の全インフラが停止状態になり、その間人類はアンダーフロントを放棄して地上に移り住んだものの、交代が終結してから再度開発に乗り出すも、こちらも依然として再開発が遅れている。

 理由は如何にもわかりやすいが、投入されている全ての技術が現在ではロストテクノロジー化している事だった。

 ジークの駆る伊邪那岐改などの械人や機神も、このアンダーフロントから掘り出されたもので、機動兵器や兵装の転用はぎりぎり可能と言った具合だった。


 そんな中でレベログラードの行政側が特に頭を悩ませていたのは、アンダーフロントが武装集団や生体兵器に占拠されているという憂き目に遭った事だ。

 実際行政側もデレガナドの要請を全く無視していたわけではなく、内部事情により答えられないという事情があった。

 それが故に行政側はデレガナドに対し、レベログラードに拠点を置く軍需産業や傭兵企業を下請けとして紹介したのだが、大半の企業はデレガナドからの少ない依頼料から足元を見て、質の悪い要員ばかりを寄越していた。


 そんな背景もあり、リー市長からの交換条件を渋々ながら飲んだフェイトは、次に訪れたのはレベログラードの最大手になる軍需産業、Mt.Hang社(メット・ハング)だった。

 やはりと言うか、フェイトは市役所以上に大暴れをかました。

 最初応対したのは部長役職の者だったそうだが、フェイトが元軍人である事がわかると見え透いたゴマすりをしてきたので、これにイラついたフェイトは「もっと上の人間を寄越せ」と凄み、ここで社長が登場。

 社長は社長でフェイトがかなりの若い年齢である事に舐めてかかり、フェイトの要望を蹴ったばかりか、サラに対して下品染みた目線を送って「嬢ちゃんをしばらく貸してくれたら」と言いかけたところでフェイトは社長の頭を雑に掴んでは応接のローテーブルに叩きつけた。

 ローテーブルが粉々になった挙句、社長は目を剥いて非難がましく何か喚いていたが、頭を離さず今度は静かに「これはお願いしているんじゃない、命令だ」と凄まじく凄んだ事もあり、Mt.Hang社からはデレガナド復興の援助を惜しみなくする事、自身の兵装運用はもちろんデレガナドの自警団用へ軍需契約を結ばせた。

 もちろん無償で。

 いくらけしからん要求をされたとは言え、サラはフェイトの行動に対して流石に非難していた。


「私はあれぐらい相手にしないんだから、気にし過ぎよ!」


 これにフェイトは特に何も答えなかった。

 Mt.Hang社のビルを出てもずっと相変わらず不愛想なままだった。


「いや、俺達の不平不満をその場即座に実行してくれたから俺はすっきりしたぞ??」


 パトリックはニカっと悪戯っぽく笑って見せる。

 実際、応接間での部長と社長への対応を見ていても、パトリックは終始横でニヤニヤしていただけでフェイトを一切止めていなかった。


「ブレンダさん!そういう問題じゃないでしょ!!

 ヴィルの言う通り、聞いてもらえる話を聞いてもらえなくなったらどうするの!!」


 サラの更なる非難に、ヴィルが割って入る。


「まあ気持ちはわかるけどよぉ、あの大暴れするジークのおっさんが何度要請してもイエスを言わなかった連中なんだから、これぐらいしてやっとって事だろ?

 リー市長は相当偏屈みたいだからまだ実力行使は必要なかったけど、Mt.Hang社ってかなり良くねえ噂しか聞かないし、むしろあれで正解だったんだよ」


 ヴィルの相槌も虚しく、サラは開店時間まで剥れたままだった。






 翌日、パトリックはサラに臨時休業を伝えた。

 外はいつも以上に騒がしく、立体テレビでも忙しない緊急ニュースを伝えている。

 どうやら、非常事態が起きたようである。

 フェイトはその喧噪を見ただけですぐに状況を察知したのか、店に現れた時はいつも以上に武装していた。


「兄ちゃん、随分物々しいが、そんなにヤバいのか??」


 パトリックが質問すると、フェイトは相変わらずだが無言で頷く。

 遅れてヴィルも珍しく武装状態で入って来た。


「街中で警報が鳴ってるぞ。昨日市長が言ってたアンダーフロントの件じゃないか?

 まず俺達二人で行ってくるから、いつでも逃げる準備をしてくれ」





 行政局では、街の喧噪以上に緊迫していた。

 職員や市直属の防衛軍の兵士も無作為に走り回り、聞きもしなくても緊急事態なのを物語らせている。

 市民団体であろうか、クレームをつけているのか特にその一団が怒号を飛ばし、警備員達に落ち着くように促されている。

 どうやら行政局と連携しているレベログラード駐屯軍が戒厳令を出し、アンダーフロントの地上施設周辺の住民を強制退去させたらしく、それに反発しての抗議運動のようである。

 その喧噪を無視してフェイトとヴィルは颯爽と、職員専用の通用口に入る。

 

 その中もとてもごった返していた。

 ちょうど何か指示をしていたのだろうか、イーサンが怒号を飛ばしていた。


「あんたらホントになっちゃいねえなぁ!!!

 僕より職歴長いんでしょ!?それだったら僕の事陰口叩いてる暇あったらいつでも有事対策出来る暇があったよね!!?

 これだからデレガナドの連中にも文句しか言われないんだよ!!!」


 市長室で会った時とは想像がつかない程、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。

 実際イーサンが市長になるまでも、黒い噂はゴシップとしてメディアに取り沙汰されており、市長就任の時も周囲からは余り快く歓迎されていたなかったとも言っていた。


 イーサンは続きを怒鳴ろうとしたところ、フェイトとヴィルが近くにいるのに気づき、昨日と同じ胡散臭い笑顔に戻る。

 目は本気で笑っていた。

 どうやら本気で信頼するようになった顔のようだ。


「おお、ガンザーラ准尉!!

 お見苦しいところを見せて申し訳ない!!

 見ての通り非常事態なもので、ロクに働かない部下を焚きつけていてね。

 あんたらそこでボーっと突っ立ってないで今すぐ行くんだよ!!!!!」


 フェイトとヴィルに挨拶を交わしつつ、怒鳴りつけていた部下達に再び怒鳴る。

 思いもよらなかった俗物市長の怒号に部下達は顔を真っ青にさせて、所定の場所に向かって散らばり始めた。


「“元”准尉だ。間違えるな」


 フェイトは冷淡に訂正した。


「いや、退役した話を知っている者なんて軍関係の一部しかわからないでしょ?

 敢えて言う方が周りの緊張感も保てて都合が良いのでわざと言わせて頂きますよ!!」


 やはりどうにも食えない男と言うべきか。

 悪びれもせずにイーサンは満面の笑顔を浮かべてフェイトに語り掛ける。

 昨日の胡散臭さとはまた別の、わざと苛立たせるような雰囲気を持っている。

 フェイトとヴィルは現場主義の人間である為、こう言った“人の心情を敢えて逆手に取る”タイプの人種は苦手としていた。


「どうでもいいよ。それよりこの非常事態警報は何だ?

 昨日言ったアンダーフロントについての事か?」


 ヴィルは鬱陶しそうに話を反らした。

 ヴィルの質問には、イーサンは流石にふざけた顔ではなくなった。

 俗物ではなく、為政者の顔のそれ、真剣な面持ちになっている。


「アンダーフロント地上部の中心点から約10km圏内は退避命令を出している。

 オーク軍とは今回関係はないようだから、施設内の生体兵器の討伐のみになると思うが、今回はどうもアンダーフロント内には入れないようだ」


「アンダーフロントに潜入出来ない?

 どう言う事だ?」


 フェイトが聞き返す。


「こちらの通信設備にハッキングと思しきサイバー攻撃があったんだが、解析したらよくわからん音声で来てね。

 感情まではわからなかったが、何を言ってるのかまでは解析出来た。

 “我ら種は、この星に巣食う生命体を駆逐する”と」

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