第4話 邂逅とピアノ
地星大戦の狼煙となったデレガナド会戦は、痛み分けとの公式見解となったが、実態はデレガナド村壊滅という最悪の形の幕開けであった。
戦闘終結してから数日しても、復興は不可能と思われるような損害が広がっている。
デレガナドは村と言う割に1万人と、村としては異様に規模が大きい町ではあるが、建造物の破壊の度合が凄まじい。
復興は不可能なのではないか、そんな絶望的な雰囲気も漂っている。
無事な建造物もほとんどない状態で、さながら村は野戦病院と化していた。
輸送手段もほぼ破壊され、負傷者は軒並みレベログラードへ向かう為順番待ちと言う苦しみに悶えている。
レベログラードはデレガナドから南方へおおよそ五十キロメートル先のメガシティであるが、交通手段が非常に限られている。
デレガナドは東亜連邦の西方の荒地に孤立しており、首都の大京やレベログラードに向かうには大型バスか輸送トラックしか移動手段がない。
フェイトは気を失ってから、防壁の下まで搬送されていた。
意識を回復させても、とにかく無言のまま、目の前の混沌とした光景をサングラス越しに直視していた。
守り切れなかった
ずっとこの言葉が頭を過ぎっていては消え、虚しさだけを残していた。
フェイト自身の負傷は、右大腿骨頚部骨折と左腕部亀裂骨折。他の戦闘員に比べるとまだ軽傷の部類だった。
隣には腕が捥げて痛みに耐え切れず悲痛の叫びをあげる傭兵や、顔の半分が焼け爛れた兵士もいる。
生まれ故郷が地獄絵図になっている。
そんな中、ボランティアなのだろうか。見慣れぬ一団が負傷者達に声をかけ始めた。
大半は女性のようだが、人種が様々のようだ。
耳の尖った女性もいれば、ずんぐりむっくりな低身長の男もいる。
どうやらレベログラードからやってきた者達のようだ。装いが異様にキレイだった。
フェイトの周囲にいる負傷者にも大丈夫かどうか、確認しながら手当を始め出した。
そしてフェイトにも声をかけてくる者がいた。
「大丈夫?」
快活な声で女性は話しかけて来た。
長い艶のある黒髪を靡かせた、耳の尖った女だった。フェイトと同年代のような、若々しい風貌だ。
服装はそこまで煌びやかではなく、他の一団の中に比べると地味な印象だった。流行物には余り頓着はないらしい。
「周りに比べたら俺は軽い方だ。他のヤツを診てやってくれ」
ぶっきらぼうに、ただそれだけフェイトは返した。
「やせ我慢しても仕方ないの!あなたはまだ動けそうだから向こうまで付き添ってあげる。立てる?」
そう言われ、女についてくるよう、手を出して促される。
何を思ったか、フェイトはしばし何かを考え、無言で女の手を掴んだ。
「私はサラ・ウェルズね!退役軍人さんが困ってるから付き添うようにってあの人に言われたよ」
サラはそう言って、伊邪那岐改の方を指さす。そこにはジークが誰かに対してまた怒鳴りつけているのが見えた。
「またあのおっさんか、余計な事を」
フェイトはサラに腕を掴まれて片足立ちになりながら毒づいた。
「そんな事言わないの!ジークさんが、あなたが動けそうなら少し連れて来て欲しいって」
サラに付き添われたフェイトは、ジークの元へ足を引き摺りながら来た。
「どうするんだ?ヤツらの事だからもうここには来ないと思うが、拠点としては完全に機能不全だ。
レベログラードに全員避難する事を勧めるぞ」
「いやなぁ、それが困った事になってよ」
ジークはフェイトの提案に困った顔を見せた。困った、と言うよりは何かに猛烈に怒っているようだった。
「レベログラードの役所に連絡したら、難民を公式には受け入れんって言いやがってよ。
住民が反対デモ起こすのは今まずいなんて言って来やがったから、おそらく今の市長が選挙控えてるから、支持者の反感を買う真似をしたくねえんだろな」
「なら怪我がある程度回復したら、俺が行ってくる。元とは言えまだ軍にも顔は効く。
いざとなれば徹底的に圧力をかけてやる」
フェイトの申し出に、ジークは流石に慌てて、
「いや、お前が圧力かけるなんて言ったら絶対物理的になるからやめてくれ。
余計にトラブルを増やしてどーするよ」
と窘めた。
どうするかはまた追って伝えると言い、ジークとの話は終わった。
去り際に、ジークはサラに伝えた。
「かなり無愛想な甥っ子だけど、すまねえがよろしく頼むわ!」
かなり悪戯っぽく笑っていた。どうやらただ付き添いだけの意味で伝えたわけではなさそうだ。
これにフェイトは呆れ顔になった。
それから二週間経って、フェイトのギプスが取れた。
全快というにはまだまだであったが、治る途上でギプスを外すのは軍在籍時代ではよくある事だった。
すぐに戦線復帰しないと、呑気に全快まで寝ていたらいつオークに屠られるかわからない。
そんな凄まじい時代。
だが、子供の頃はまだマシと言えた。
この時は、大人についてもらわず、まだ外で遊べる程平和だった。
やはり全てがおかしくなりだしたのは、ヴェルナーが死んでからだった。
そんな過去を唯一共有している幼馴染が一人いた。
クロウ家の一人息子だが、父が失踪していて為母子家庭で育った彼は、粗野な面が目立ったが、根っこのところではフェイトと非常に馬が合い、デレガナド在住時はよくつるんでいた。
その彼、ヴィルによって、今回は助けられたようだった。
ギア・カスタムとの戦闘で最後に気絶したフェイトは、ヴィルの所持していた低温化煙幕で救い出されていた。
ようやく落ち着いて話をしたが、ヴィルはフェイトの変貌ぶりに違和感を覚えていた。
自分自身が粗野なのは自覚があり、よくフェイトに嗜められていた。
その嗜めに来ていたフェイトは、自分以上に粗野で、とんでもなく寡黙になっている。
軍在籍時に何があったのかは聞かされていなかったが、どんな事に巻き込まれたのかは、容易に想像は出来る。
「お前・・・、ホントに変わったよな」
不意にヴィルは呟いた。
フェイトはかねがねよく言われていて慣れたからであろう、特に否定もしなかった。
「何があったんだっての。・・・流石に言いたくないよな?」
ヴィルは詳しく聞こうと思ったが、途中で口をつぐんだ。
サングラス越しのフェイトの様相は、とにかく冷たい。
「もう少し、落ち着いてからでも良いんじゃないのかな?」
ふとサラが、二人の分のコーヒーを入れた金属カップを持って来た。
「おお、ありがとね。・・・にが、無理なのはわかるけど、やっぱ砂糖は欲しいな。
まあ、待たなきゃしゃあないか」
ヴィルはコーヒーの苦さに顔を顰めるも、フェイトの今の状況を受け入れた。
「何か癒せるものねえ・・・。あ、そういやこの建物の中にピアノがあったのを見たよ?」
サラは不意に話題を変え、フェイトがもたれた建物を指差した。
元々は誰かが所有していた倉庫らしかったが、所有者は先程の戦闘に巻き込まれ、行方不明になったようで、中は略奪を受けたのか凄まじく荒れていた。
「ピアノってか!それならフェイトのピアノ久しぶりに聞きたいよなー」
ヴィルは懐かしむように、フェイトの顔を覗き込む。
「へっ、軍に行って以来弾いてないから弾き方とか忘れた。
気になるならお前が弾けばいいだろ」
フェイトは相変わらず吐き捨てるように言った。
「いやいやいやいや、俺音楽にセンスのカケラもねー事知っててそれ言う??
それなら、サラちゃん、弾けるなら弾いてよ。こいつのピアノ熱再燃させてよ」
ヴィルはサラに提案して、コーヒーを一気飲みした。相変わらずの苦味にまた顔を顰めた。
「私が?そこまで上手くないのに大丈夫なのかな」
それから二人は廃屋の中からピアノを外へ持ち出して来た。
電気駆動で動くタイプだったのか、外への持ち出しは容易だったようだが、電気の供給源がなく、バッテリー残量もそこまでないようだった。
「こりゃ弾いたらすぐに止まっちゃうかもね」
サラは残念そうに言いながら、鍵盤を叩き始めた。
周囲に柔らかな旋律が響いた。
明るいながら、ゆったりとしたメロディーに殺伐とした周囲の表情は緩み、何人かの目線がサラに向いた。
時折間違えつつ、僅か一、二分くらいで終わる。
「ねーちゃん!もうちょっとやってくれよー!!」
お気に召したのか、近場にいた男達の何人かが叫ぶ。
「あー、私これぐらいしか弾けないのよね」
申し訳なさそうにサラは鍵盤を片付けようとするが、フェイトが止めに入る。
「独学、見様見真似か?
仕方ねえな、弾いてやるよ」
フェイトはサラが退いた椅子に座る。
周囲は意外に思ったのか、目線がサラの時より更に集まった。
「たく、懐かしい曲弾きやがって」
そうぼやいたフェイトは、サラが弾いたのと同じ旋律を奏で始めた。
否、同じようで全然違っていた。
ヴィルが相当上手いと言っていただけの事はあった。
サラが弾いたのが"癒し"ならば、フェイトが奏でているのは"情景"だった。
しかもそれだけでなく、感情が込められているのが素人耳でも分かる。
ヴィルは懐かしむように目を閉じて浸っている。
周囲は口を開けて呆然としたり、感受性の強い者は咽び泣いている。
遠巻きに見ていたジークは、へっと鼻で笑いつつもどこか安堵している。
そしてサラは、呆然としつつも、静かに涙を流していた。
周囲の状況に一瞥も暮れず、フェイトはサラと同じ曲を弾き終えた。更に続ける。
「それならこれもセットだろ。
千年前の曲だ。どんなにオークが進化しても、これだけは人間にしか出来ない芸当であり結果だ」
そう言って、別の曲を弾き始めた。
先程とは変わり、強めのタッチで切ない旋律が響き渡った。
何人かは知っているようだが、どうもごく少数のようだ。
サラは黙って聞いており、更にヴィルに至っては初めて聞いたという衝撃の顔だった。
「何だよこの曲、お前これ一度も弾いた事がなかっただろ!?」
驚いたヴィルは叫ぶが、フェイトはまるで意に介さず徹底的に鍵盤を叩く。
サングラス越しの表情はいつもと変りないが、何処となく昔を偲んでいるような、遠い顔つきになっている。
その曲は6分と、先程より長めではあったが、周囲は静聴していた。
終わると同時に、大歓声と拍手の嵐が巻き起こった。
フェイトはそれに特に何も応じず立ち上がり、鍵盤から離れて再び座り込んだ。
「人前で弾くのは性に合わねえ」
そう言ってカップに残ったコーヒーを一気に飲み干した。
そこで不意に、サラの表情が目に入った。
サラは声を上げず、まだ泣き続けていた。
「あの曲、私知ってる」
サラはただそれだけ言った。
「さっきも言った通り千年前の曲だ。
誰でもというわけではないがそこそこの人間は知ってるぞ。
たまたま知っていた曲が聴けただけだ、よかったな」
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