第3話 ギア・カスタム

 フェイトは防壁から颯爽と離れながら武器を改めて構え、目の先の敵を目視した。


 オーク・ギア


 白銀の金属ボディで構成されたオークのサイボーグバージョン。

 生身のオークでも人間では対処出来ないのに、それすらも霞むような戦闘能力を持ち、1体現れるだけで全滅は絶対と言われる、人間から恐れられた存在だ。

 オークも例に漏れず、空を飛ぶ事は出来ない、人間と同じ陸生生物。

 そのような存在が浮遊性能を得ており、対空戦も可能と言う実に理不尽な存在でもある。


 人間側で、オーク・ギアとまともに戦える人物はかなり稀有で、たった一人いるだけでその部隊の士気は軒並み上がるジンクスもまた存在した。

 フェイトの所属していた特務部隊も同じで、しかもオーク・ギアに対抗出来る人物はフェイトに限られておらず、相当な人数がいた。


 しかし、今回対抗出来るのはフェイトただ一人。

 それに対しオーク・ギアも3体。

 フェイト自身、久しぶりに不利な状況を味わう事になると感じていたが、ここで一瞬も見せなかった、フェイトの別の表情も現れた。

 薄く、口元が僅かだが、口角が上がっている。

 難敵を前にして笑っているのだ。

 フェイト自身、戦場で難敵と遭遇する事に悦びを覚える戦闘狂の一面もあったが、実際の笑みの理由は別のところにもあった。

 いや、その理由の方が大きいかも知れない。


「近接戦闘タイプが2体、支援砲撃タイプが1体。

 なら先に砲撃を叩くか」


 フェイトとオーク・ギア3機が接触する。

 剣撃をかませる二体を無視してすり抜け、フェイトは迷いなく砲撃装備のオーク・ギアに銃身剣の刃を撫で付けた。

 右肩に載せられた砲身と共に、オーク・ギアの銀色の頭部が横一線で分割され、ずり落ちた。

 剣の二体はすぐにフェイトに追いすがるが、フェイトはすぐさまバック宙で高々と躱す。頭を落とされたオーク・ギアのボディが爆ぜ、一体が爆炎に巻き込まれて半壊した。

 追って無事なもう一体がフェイトとようやくまともに剣を交える。

 フェイトは剣を銃身剣で受け止めると、台尻のスイッチを押して刃をスライドさせ、右手で銃を持ち銃口をオーク・ギアの顔面にゼロ距離で向け、発砲。

 顔面の装甲が割れ、内部の髑髏のような、無機質な人骨パーツが現れる。どうやらまだ稼働しているようだ。

 フェイトは特に慌てず、銃口を離すと同時に剣で横に一閃。

 今度は頭部が丸ごと切断された。


 残ったのは半壊状態の剣のヤツ一体のみ。

 半壊のオーク・ギアもまだ辛うじて動いていた。

 オーク・ギアは改造される際、声帯を除去される為、本人がどう思っているのかは表情で察するしかないが、実に分かりやすい顔をしていた。

 とにかくブチ切れている。

 ただでさえ醜いと言われるオークの顔が、鉄製の鉄面皮になった事によってシュールさと禍々しさが混在した、例えようもない醜い顔になっている。

 半壊しているのは右上半身。

 腕が捥げ、顔面が半分吹き飛ばされている。

 それでも動けるのはサイボーグ化した賜物か、それとも素体のオークの耐久力が尋常ではないのか。


 それでもフェイトは臆する事なく、再び剣を銃身のスリットに戻し、銃身剣に戻す。そしておもむろにトリガーを引いた。

 銃口がバーナーのように青い炎が噴き出され、剣がスリットから少しズレて刃先に炎が当たり、どういう化学反応なのか、青い光学剣が生成された。

 その刃で再び半壊のオーク・ギアと相まみえるが、一瞬で終わった。

 オーク・ギアが雑に残った左腕で剣を横薙ぎにするが、すぐにフェイトはしゃがんで躱し、下から青い刃でオーク・ギアを斬り上げた。

 刃先は左側の腰から斜め上に、肩先まで斬り抜かれ、オーク・ギアの身体が二つに割れ、稼働停止した。


「・・・随分弱いし、脆いな。コイツら以上に整備優先すべきヤツは余りない筈だが・・・?」


 フェイトは疑問を持った。

 フェイト自身、軍役時にオーク・ギアとの戦闘経験があり、この時はまだ戦地任務に就いて間もなく、経験が浅すぎた事もあり、オーク・ギアとの戦闘は非常に苦戦した内容だった。

 思い出すだけでも苦々しいのだが、今回は三体を同時に相手してもまるで歯応えがなかった。個体差はあるとは言ってもこれ程の差は有り得ない。

 フェイトは内心、嫌な予感を感じていた。


「おめー、早すぎるんだよ!せめて一機だけでも残してくれや!!」


 背後から拡声器の怒号が響き渡る。ジークが一足遅れてやって来た。


「助太刀なんて頼んでねえ。向こうのヤツらを助けてやれよ」


 フェイトの冷徹な暴言にジークは流石に言い返した。


「テンメェ!!助けに来てやったって言ってんのに何だその言い草はぁぁぁ!?!?」


 ジークがまだ何か言おうとしたが、フェイトの表情を見てすぐに思い留まった。

 フェイトが異様にピリピリした空気を纏っている。その緊張感をジークはすぐに察し、聞いた。


「ヤな事言うんじゃねえぞ?・・・もしかして、オーク・ギア以上のヤツが来るってのか?」


 ジークの予想は当たっていたようだ。

 フェイトは無言で頷く。サングラス越しにでも分かるくらい、表情の強張りがはっきりと伝わってくる。


「ヤな事って言うか、胸糞わりーヤツだよな?・・・テメーの親父の仇敵か?」


 再度確認するジーク。これにフェイトは何も答えなかったが、空気を変えなかった。

 全身から張り詰める空気から、そうだと答えている。


「ちぃぃっ!!!こんな最悪な状況でギア・カスタムが来るのかよ!!!」


「おっさん。コイツは俺が仕留める。おっさんは村に戻って全員に総員退避と伝えろ。

 ヤツが出て来てるなら、戦力は今までとは桁違いの規模で来ている。

 輸送コンテナの中を確認したなかったのは俺のミスだ」


 無表情に、しかし緊張感を絶やさず、フェイトは答えた。

 ジークはもう何も言うまいと、フェイトの言う通りにする事にした。


「わーったよ、弟の仇でもあるが、テメーが一番憎んでる相手だもんな。

 ぜってー死ぬなよ!生きて戻って来いぃ!!!」


 ジークはコントロールレバーを全開で引き上げる。

 伊邪那岐改は反転して、防壁の方向へ戻る。

 一人残されたフェイトは、戦闘狂の顔でもなく、いつもの無表情でもなく、凄まじい怒気を秘めた鬼の貌になり、咆哮した。


「もう来てるんだろ、来いよぉ!!!!!あの頃の俺と一緒と思うなぁぁぁぁぁ!!!

 テメーをぶっ殺す為にここまで這い上がって来た。全部根こそぎ、テメーにぶつけてやらぁぁぁ!!!」






 防壁の内側は、恐慌状態になっていた。

 住民達は我先にと様々な方向に逃げる。

 子供が一人取り残されて泣きわめいている。

 オークからの遠方攻撃の影響か、何人か斃れている。

 そんな恐慌を、中背の若い男が冷ややかな目で見ていた。

 腰に獣の爪のような、金属製の変わった武具をぶら下げ、情報収集用なのか、左側頭部から左目を覆うように変わった形の眼帯のような、解析レンズが目につく。


「・・・随分やってんなぁ。こりゃ負けるな」


 中背の男は手にした小瓶の蓋を開け、呑気にぐっと飲み干す。


「酒の方がいいな。こんな空気やってらんねえ・・・」


 すると、灰褐色の械人が村内に慌ただしく入って来た。


「すぐに総員退避ぃぃぃぃぃ!!!可能ならレベログラードまで非難しろ!!!」


 灰褐色の械人から、拡声器で怒声をまき散らしている。

 その械人はメインカメラの目線を中背の男に合わせた。


「おおーーー!!!クロウのドラ息子か!!?

 テメーも早く逃げとけよ!!!ここの防壁が直に破られる!!!」


 クロウの息子と呼ばれた中背の男は、小瓶を投げ捨てて怒鳴り返す。


「オーク防げれなかったのかよ!!?今回はフェイトも帰って来てんだろ!!?」


「ああ!!!フェイトは戻って来てるが、戦力差があり過ぎてどうにもなんねーーー!!!

 それに、フェイトはギア・カスタムと交戦している!!!」


 ジークの怒声に、男はサッと防壁の方へ向かった。


「今行ってもどーにもなんねーぞぉぉぉ!!!」





 フェイトは遂に、仇敵と対峙した。

 全ての銀製品に仇敵を思い起こさせ、生活用品ですら尽く捻り潰す程の存在、ギア・カスタム。

 オーク・ギアですらも全く寄せ付けない圧倒的な戦闘能力。

 常に浮遊し、相手を見下す事しか知らないような、オークの面をした無機質かつ醜い風貌。

 一機製造するだけでオークを五体も使うと言う、蟲毒のような存在。


 フェイトの父、ヴェルナーは十年前に、これに殺された。

 動力に小型核動力を使用すると言う、人類にとっては禁断の技術。

 それを利用した、悪夢のような攻撃手段まで持ち合わせている。

 ヴェルナーはその副産物、急性放射線障害を患って、戦線復帰出来なくなった。

 フェイトは自身の中で、病室で病状に苦しむヴェルナーの言葉がずっと反芻していた。



 お前はお前で、在り続けろ



 どう捉えたのか、フェイトはこの言葉をずっと引き摺って生きて来た。

 我武者羅に敵を倒し続け、気付けば軍発足以来最年少で准尉まで昇格した。

 年頃の若者のように、友人とつるむ事もほとんどなく、とにかくオーク抹殺にのみ、全てを捧げて来た。

 その最たる諸悪の根源が、目の前にいる。

 仇敵を目にしての悦びと、父を喪った悲しみ、怒りが混ざり形容し難い表情になるフェイト。


 特に声をかける事なく、戦いが始まった。

 ギア・カスタムとは一度遠巻きに見ただけで、刃を交えるのは初めてだが、オークとオーク・ギアを専門で狩って来ただけの事はあり、初戦闘でも特に物怖じはしなかった。


 だが、やはりオーク・ギアの上位種と呼ばれるだけの事はあった。

 今までのオーク・ギアとの戦いが児戯にも思える程だった。

 フェイトが銃身剣の刃で殴りつけても特に回避する事もなく頑強な腕部で受け止める。

 間髪入れずに右手に持っていた大剣を振るって一閃しようとしても、銃身剣を支点にして大車輪で回避する。

 同時に銃身剣の銃口をギア・カスタムの頭に向けて撃ち込むが、銃弾は頭部の表層から弾け飛んだだけで何のダメージにもなっていない。


 フェイトは焦っていた。

 オーク・ギア以上に苦戦する事は容易に想像出来ており、表層の頑強さをどうするか、それを通り越しても対応策はあるのかと常に自身の中で推敲していたが、実際に対峙してみて余りにもの自分の無策さを痛感させられていた。


 どうするか


 一瞬そう考えたのが隙を生んでしまったのだろうか。

 ギア・カスタムはそこを逃さず、瞬時固まったフェイトの腹部を強引に蹴り上げた。

 軍内にて頑強な点でも群を抜いていたフェイトも、これには悶絶した。

 たった一撃で血を吐き、胃の辺りに激痛が走る。


「てめぇ・・・」


 それだけ呟き、フェイトの視界は暗転した。

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