シャクシャインの来訪

増田朋美

シャクシャインの来訪

シャクシャインの来訪

暑い日だった。先日はものすごい大雨が降って、何処かの地方で土砂災害があったようであるが、杉ちゃんたちの地域は深刻な被害は免れた。今日は、そんな大災害があって、初の平日となる。みんな、それぞれの会社へ行ったり、学校へいったりするのであるが、きっとそれぞれの場所では、先日の大災害の犠牲者を追悼するような、そんな行事が行われている事だろう。これを、なににするかは、誰でも自由だが、それを使って、金儲けをしようとか、あるいは教育目的にしようというのが、一番

いけない。

その日、杉ちゃんたちは、いつもと変わらず、製鉄所の中で水穂さんにご飯を食べさせようと、ああだこうだとおだてたり、気持ちを鼓舞させたりしていたのであるが。

「今日は。」

と、段差のない玄関から、浜島咲が部屋の中に入ってきた。製鉄所の玄関は、インターフォンもないし、上がり框もないので、簡単に来客が入って来れるようになってしまっているのである。まあ、それが、善なのか悪なのか、は、果たして不明だが。

「何だ、浜島さんですか。一体、どうしたんですか?」

近くにいたジョチさんが、咲にいった。今日の浜島咲は、赤色に、白色で四角形の連続模様を入れ込んだ、かわいいけどちょっと不思議な感じのする小紋を身に着けて、黄色い帯を締めている。

「何だはないでしょう、理事長さん。今日も、お稽古で苑子さんに叱られて、又落ち込んじゃったのよ。」

と、咲は、水穂さんの枕元のそばに座った。

「はあ、又よく怒られるなあ。まあ確かに、日本の着物というのは、知りたければ知りたいほど、失敗をしでかす世界だからね。もう、失敗の連発で怒られてもいいや、くらいの気持ちでいないとね。しっかり相手の思う通りに着ようなんて今の着物の体制では、できるわけないんだ。着物愛好者と言っても、高級とりから、リサイクル愛好者までいろいろいるんだからな。まあ、そういう事もあるって、軽く流しておきな。」

と、杉ちゃんがいうと、

「そうですねえ。確かに、着物の業界というのは、商売として、問題があるかもしれません。それは、仕方無いと思うしかないかもしれませんね。」

と、ジョチさんがいった。その間に、咲の方を向きなおしていた水穂さんが、

「今日は、どういう事がいけないといわれたんですか?」

と、聞いた。

「はい、右城君聞いてくれてありがとう。今日はね、と言ってもいつも同じことなんだけど、着物の事で叱られたのよ。あたしがかわいいなって思って買ってくる着物は、大体が没になって、年寄みたいな、変な柄だったり、色無地とか言って、何も柄のない着物ばかりが、理想的って、いわれちゃうのよね。」

「そうですね。確かに、かわいい着物であれば、だれでも欲しくなりますよね。それに、何も柄のない着物なんて、男じゃあるまいし、嫌になりますよね。」

咲がそういうと、水穂さんはそう言って、ちょっとせき込んでしまった。同時にジョチさんが、無理してしゃべらなくても良いと言って、水穂さんの背中を少しさすってやった。

「この柄の何処がいけなかったのかしらね。あたし、ちゃんと小紋の着物を着たつもりなのに。」

「まあ小紋なんて、色んな種類があるからね。鮫小紋や、行儀小紋みたいな、そういう格の高いものもあれば、キノコを全体に入れた、カジュアルな着物もある。まあ、その階級つけっていうの?それが難しいよね。それは、まあ仕方ないから、覚えるしかないよ。着物なんて、リサイクル使えば、いっぱい買える時代なんだし、それに、教えてくれる着付け教室何かいっても、何も教えてくれないのが常だから。そういうことよ。頑張って覚えてくれ。」

杉ちゃんは、カラカラと笑った。

「まあそうかもしれないけど、なにがいけなかったのかを教えてやらないと、浜島さんも咲へ進めないんじゃないの?」

水穂さんがそういうと、

「そうですね。確かにその柄は、お箏教室には不向きかもしれません。そのような四角形を規則的に入れた着物なんて、もしかしたら、日本人向けじゃないのかもしれませんよ。今は、日本人以外でも、着物を愛好する外国人はいっぱいいますからね。そういう人向きの着物を、日本人が着てしまっても注意する人もいませんからね。」

と、ジョチさんがいった。

「そうかあ。外国人か。確かに、そう言われてみればそうかもしれないわ。カールおじさんだって、外国から来て、着物屋をやっている位だもんね。かえって、外国人のほうが、着物を買ってくれるのかもしれないわ。」

咲は、大きなため息をついた。

丁度この時、咲のスマートフォンが、デカい音を立ててなった。

「臨時ニュースです。俳優の須田頼三さんが、静岡県熱海市の土砂崩れの被災地を訪れ、被災地の人々を励ましました。」

「ああごめんなさい。音を落として置かなかったことを忘れていたわ。」

と、咲は、急いでスマートフォンを鞄から取り出して、電源を切ろうとしたが、目ざとい杉ちゃんが

咲のスマートフォンの画面を眺めていった。

「ほう、この人が須田頼三か。カッコいいな。男の僕でもほれぼれしちまう。」

「杉ちゃん、人のスマートフォンを覗き込んじゃだめですよ。」

と、ジョチさんがすぐに注意したが、

「あれ?こいつの着ている着物の柄、はまじさんの着物の柄とおんなじだね。」

と杉ちゃんは、すぐにいった。

「ああ、ほんとだ。じゃあ、この柄は、今けっこうはやりの柄なのかしら?有名な俳優と同じ柄なんて。」

と、咲が調子に乗ってすぐ言うと、

「この須田頼三という方は、何処の出身なんでしょうか?この柄はすくなくとも、大和民族の柄ではありませんね。」

と、水穂さんがそういうことをいった。

「ええ、確か、北海道って聞いたわ。北海道の白老町だったかな?」

咲が噂の通りの事をいうと、

「これ、多分、アイヌの柄なんじゃありませんかね。昔はあり得ない話しだと思われますが、今の時代だったら、そういうのを取り入れているという例は沢山ありますよ。」

水穂さんがそう言った。

「そうですね。その線が一番近いと思いますよ。そういうことなら、苑子さんが叱っても仕方ないんじゃないかな。お箏は大和民族の楽器なんだと知らせたいんでしょう。まあ、それが事実だとすれば、

かなり、偏見が強いことになりますが、まあ、お箏教室となれば仕方ないかもしれませんね。そもそも、お箏教室は、西洋文化につぶされまいと必死になっている世界ですからね。そういう事だと思います。」

ジョチさんが腕組みをして、そう結論付けてくれたので、咲も今日なぜ叱られたのか、理由がやっと分かった気がした。

「で、でもさ。そういう人を、嫌うというか、嫌な人と考えるのはちょっとあたしは、どうかと思うわ。幾ら、民族が違うからと言っても、着てはいけないと言って、怒るのはどうかなあ。」

咲がそういうと、

「まあ確かに、人道的にいったら、苑子さんの発言は、人種差別になるのかもしれません。でも、苑子さんたちにとっては、お箏という楽器を守るために仕方なくやっている。それをいけないと思うか、良いと思うかは、個人の意識次第ということになりますな。」

とジョチさんが、それに同調する。

「でも、僕はそういうひとがいなければ。」

そう言いかけて、水穂さんは激しくせき込むのだった。ほら、バカバカ、あんまりしゃべるとそうなるぞ、と杉ちゃんがいいながら、急いで薬を飲ませて、布団をかけなおしてやるのだった。

「まあ、いずれにしても、僕らが関わることは無いと思うんだけどねえ。」

と、杉ちゃんがカラカラと笑った。

次の日。杉ちゃんとジョチさんが、スーパーマーケットに買い物にいったところ、スーパーマーケットの中心部分に、女性たちが群がっている。何だと思って通りかかった店員に、何が在ったか聞いてみると、

「頼三が来てるのよ。なんでもこのスーパーマーケットでやってるアイデア商品フェアを集材するんだって。」

と、女性店員が答える。

「頼三、ああ、あの須田頼三という奴かな?」

杉ちゃんが聞くと、

「もちろん。あたしもほれぼれしちゃうくらい綺麗なのよ。日本人離れして、いいわね。」

と、店員が答えた。杉ちゃんたちが、その人垣の間を通り抜けて、別の売り場に行こうとしたところ、

「思い知れシャクシャイン!」

と若い男が怒鳴りながら、人垣の中心をかき分けていったのが見えた。杉ちゃんたちにも若い男が包丁を持っていたのが見えたので、驚いてしまう。幸いなところ、警備員が出てきて、急いで男を取り押さえたので、誰も犠牲になることはなかったのだが、スーパーマーケットは、てんやてんやの大騒ぎになってしまった。

「シャクシャイン。江戸時代の北海道の英雄だねえ。」

と、杉ちゃんがつぶやくと、

「僕も調べてみたんですが、須田頼三が、そう愛称で呼ばれているようです。まあ、あの日本人離れした顔が、そういわせているんでしょう。確かに、彼は、個性的な物が好きで、そういうものをネタにしているようですが、その態度がどうも気に入らないというひともいるのではないかな。」

と、ジョチさんがいった。

「個性的な、ね。変わっていると言えば確かに変わっている。」

警備員が男を警察に引き渡しているのが見えた。男も、若い男性で、まだ二十歳そこそこ位だ。そんな人が、犯罪を犯すなんて、日本も悲しいことになってしまったなと思う。

「で、その頼三というひとは、怪我は何もなかったのかな。」

と、杉ちゃんがいうと、男が捕まるパトカーの音は聞こえてきたが、頼三というひとが運ばれていく救急車の音はしなかった。そこは良かったと思う。周りのお客さんたちも、何もなかったためか、すぐに人垣を崩して、急いで帰っていった。もうこんな事件とは関わりたくないと思っているんだと思う。だれだって確かにそう思うだろうなと思う。杉ちゃんたちも、そそくさとそのスーパーマーケットを出ていった。

二人が、スーパーマーケットから出て、近くの公園を移動していたところ。

「あの、あの東屋に座っているの、シャクシャインじゃないか?」

と、杉ちゃんが東屋に座っている男性を顎で示した。ジョチさんもその人物を眺めると、確かに昨日浜島咲のスマートフォンを通してみた、あの須田頼三である。

「よ、ここで何をしているの?」

と、杉ちゃんが聞く。

「お前さんみたいな有名人が、こんな東屋で何をやっているのかと思ったんだよ。」

そう言って、杉ちゃんは、須田頼三に近づいた。

「ごめんなさい。ちょっと一人になりたくて。」

と、須田と呼ばれた人物は杉ちゃんにいった。

「まあ、有名人だからねえ。そりゃ、一人になりたいときもあるわな。お前さん、どうして、そういう異民族の格好して、色んなところを渡り歩いているの?」

こういう時に、誰でもかまわず質問してしまうのは杉ちゃんというものである。

「まさか、ああいう人が出ちゃうとは思わなかった。ちがうか?」

杉ちゃんがそう聞くと、頼三は黙ってうなづいた。

「まあねえ。被災地にもいっているもんね。被災地の人は喜ぶかもしれないが、お前さんの行動を喜んでいる奴ばかりじゃないってことだよ。それだけおもっとけ。」

杉ちゃんはどうしてこういうことがいえるのかわからないけど、ジョチさんは、その通りだと思うのであった。

「でも、お前さんが、励ましに行ってくれた事で、勇気づけられる奴もいるってことは、事実だぜ。だから、それで、落ち込んじゃいけないよ。そのままつづけようっていう気持ちがなによりも大事だ。」

と、杉ちゃんが、またにこやかに笑った。

「きっと、お前さんは、これからも、俳優として、そういう立場にならなくちゃいけないんだろうし、もしかしたら、お前さんの事を好ましく思わないという奴もいるかもしれないけどさ、それは、しょうがないと思うけど、頑張りや。」

思わず、頼三のその顔に、涙がこぼれた。

「杉ちゃんすごいですね。人に対して、なんでもポンポンいえちゃうんですから。ほんと、変わってますよ。」

ジョチさんが、思わず一般的な感想をいうと、

「ええ、ありがとうございます。そういうことを言ってくれて、嬉しいです。」

と、頼三はいった。

「お前さんも、謙虚だな。普通、そんな綺麗な顔してて、あれだけ大ブレイクしちゃ、性格だって悪くなると思うんだけどな。僕の友達でさ、すごい技巧を持ったピアニストの奴がいるが、そいつも、はっとするほど綺麗だよ。だけど、そいつは、やっぱり出身身分のせいでさ、体も頭もボロボロにしてしまった。今は僕たちが世話をしてやらないと、医療機関も何も手を差し伸べない、かわいそうな奴でさ。まあ、僕たちは、そういうことを、してやらないとそいつがかわいそうだって知っているから、僕らが何とかしてやっているが、お前さんはどうだったの?」

杉ちゃんにいわれて、頼三はさらに小さくなる。

「いいえ、この人は、何もこわい人じゃありません。ただ、知りたがり屋なだけです。知りたがりですが、それに基づいて悪事をするとか、そういうことはしませんから、安心してください。」

ジョチさんが優しくそういうことをいった。それを聞くと頼三は、ちょっと意外そうな顔をして二人をみた。もしかしたら、この人たちは自分を違う目で見てくれているのではないか、と思ってくれたのだろう。

「何なら、僕たちにも教えてくれない?なんでお前さんが、アイヌのヒーローと同じあだ名を貰うようになったか。もちろん悪いようにはしないよ。僕の話しは、大体いいっぱなし、ききっぱなし。それで大丈夫だからね。」

杉ちゃんにいわれて、頼三はこう切り出した。

「ええ、僕のうちは、祖母の家系がアイヌの子孫だったので、それで、長いこといじめが在ったりとか、けっこう複雑だったんです。よく、母は見返してやれとかいってましたけど、僕のうちは祖母がそうなっていたせいで、あまり近所付き合いのような物がなく、それで将来を保証するような物が全くなかったものですから。」

「なるほどねえ。水穂さんと似たような人物が他にもいたってことか。お前さんはそれで、俳優という芸を身に着けて、それで周りの保証をえようと思ったんだな。」

杉ちゃんは、デカい声でそういう事をいった。頼三は、小さく頷いた。

「まあ、いずれにしても、ブレイクできて良かったとは思います。」

とジョチさんが、杉ちゃんの話しに付け加えるようにいった。

「でも、それで無理したり、体を壊したりはなさいませんよう。」

「ええ。ありがとうございます。それは、心得ているつもりですが、まさかこんなところで、事件になるとは思いませんでしたよ。被害者は誰でもそう思うんでしょうけど、まさかと。」

「まあそうだねえ。」

頼三の話しに杉ちゃんはすぐいった。そうしてなんでも話を強引に変えてしまうのも杉ちゃんなのであった。

「でもさ、お前さんだからできることもあるよ。悪く思う奴なんて、何処の世の中にもいるよ。それはもうしょうがないから、無理しないで行きな。」

「ありがとうございます。」

頼三は、杉ちゃんに頭を下げる。こんな人に、頭を下げられるなんて、杉ちゃんというひとは何だか変わっているというより、運が強いのかとジョチさんは思った。

「これからも、俳優として、活躍してくださいね。」

と、ジョチさんは、杉ちゃんに続けてそれだけ言ったのであった。

一方、須田頼三が、スーパーマーケットで切りつけられそうになったという事件は、新聞やテレビの恰好の獲物となり、テレビも新聞も大々的報じた。なんでこんなに日本の報道関係は、同じものばかり取材するのかよくわからないくらいテレビや新聞は彼の事件ばかり報じた。浜島咲のスマートフォンにもそのニュースが入った。

「まったくねえ。あの人の顔がやられなくて良かったわ。あんな綺麗な人がやられたら、あたしだって落ち込んじゃうわよ。」

製鉄所に、又咲が来て、水穂さんたちと話しているのだった。何だか浜島さん、もしかして単に噂話をしたいから来ているのではないかと思うほど、咲はよく来た。

「確かにそうですね。綺麗と言えば、綺麗な人でもありますからね。」

と、水穂さんも咲の話しに同調する。

「まあ、襲った男も、すごい貧しい家庭だったようで、日ごろから、須田頼三に嫉妬していたらしいわ。須田が、ああして、大ブレイクして、被災地を訪問したりするのが、憎たらしくてたまらなかったんですって。しかも襲った男は、親戚が被災地に住んでいたみたいよ。人間って複雑ね。素直に嬉しいとは思えないのねえ。」

咲は、報道で流された事実を、そう明るく語った。杉ちゃんもジョチさんも、そうやってやたら報道されているけど、果たしてそれはいいことなんだろうか、と思った。

「まあそうですね、一度悪い事を思いつくと、なかなか抜けられない物ですよ。不幸に気が付くのは多いけど、幸せに近づくのは、難しいんじゃないのかな。そして不幸をあおるために、やたら報道しすぎというのも問題だと思いますけどね、僕は。」

聞き上手な水穂さんは、そういって咲の話しに合わせていた。そんなことができるのは、おそらく水穂さんだけだろう。そしてその水穂さんもそれに気が付いていない。

「まあ確かにそうよね。襲った男だって、気が付いていれば、あんな犯罪しなくて良いと思うのにね。」

咲は、一般市民として、そういうことをいっていた。

「まあでも、あたしも、そういうことに巻き込まれたら、なんか、考えちゃうかな。それでは、いけないっていうか、何か、考えさせる事件だった。」

そういう咲に、

「そうですねえ。人間だれでも、永久保証というものはないですからね。」

と水穂さんはいう。ジョチさんも杉ちゃんも、二人の世間話を、ただの噂話と考えることはできないなと思うのであった。

頼三は今日も、何処かで励ましに行っているのかな。



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