第65話【レオン視点】

 みなさんどうもこんにちは。飛んで火に入る夏の虫、レオンです。

 魔術大学校時代、「ちょこまかと鬱陶しいんだよ虫野郎!」と叫ばれたことがあります。

 その女性ひとは無数の斬撃を放ちながら罵倒していました。

 いや、ドSにもほどがあんだろ。

 いくら俺がおみ足に踏まれたい変態ドスケベだからって、刃物はダメだよ、刃物は! 俺はそこまでドMじゃない!

 

 ごほん。閑話休題。

 鬼の響さんから錬金術指南の許可を得た俺はバカの一つ覚え、折り紙でみんなと終日を過ごしたあと、クウを一人執務室に呼び出していた。要件は言うまでもないだろう。

 

 __バンッ!!!!


「クウ参上なの♪」

 執務室の扉を開け放ち、勢いそのまま俺に飛び込んでくる。

 本来なら就寝時間なのだが、クウはいつも遊び足りず、この時間に呼び出されたことがよっぽど嬉しいのだろう。


「お父さんの胸、温かいの♪」 


 俺の胸に何度も何度も頬擦りしてくるクウ。

 この娘は人懐こい性格で、神セブンの中でも俺に対していち早く警戒心を解いてくれた幼女である。

 大好きな両親に捨てられ、大人に裏切られたにも拘らず、俺のことを「すごいすごい」と褒めてくれるし、ちょっとしたことでも喜んでくれる__まさに俺にとっても癒しの存在だ。なんなら他の娘たちとの仲を請け負ってくれた恩人でもある。

 うん……守りたいこの笑顔。

 

 これだけ幸せそうな表情で懐いてくれる女の子をどうして絶望に叩き落とせそうか。いいや、できるわけがない。

 __よし。錬金術の指南はやめよう。俺にはできない。呼び出されたというだけで楽しそうにしてくれる幼女のトラウマを抉るような真似をするなんて俺にはできっこない!

 

 クソッ、俺はどうしてこう中途半端なクズ野郎なんだ。お金も欲しい、美味しいものも食べたい、女の子にチヤホヤされて、いちゃいちゃラブラブしたい。でも働きたくない。養って欲しい。幼女を己好みの美人に育てたい。彼女たちに寄生したい。その想いが消えてくれない__! でもみんなを傷つけたくもない。


 どうすれば……俺はどうすればいい⁉︎

 畜生! こんなことならもっと早く事情を聞いておくべきだった! それならまだ色々とやりようがあっただろう。少なくとも全財産を失うようなことにはならなかったはずだ。

 いや、お金を渡したことそれ自体は気にしていない。響さんの前でカッコ付けた料金だと思えばそれでいい。ちょっと高過ぎる気もするが気にしない。どちらにせよ俺の後ろに道はない__! 前を向くしかないのだから。


「……元気がないの。すごく辛そうなの」


 葛藤する俺の異変に気がついたクウが心配そうに見つめてくる。

 この娘はよく。響さんとレティファ曰く、喜怒哀楽といった感情を嗅覚で感じ取れる体質があるらしい。

 幼女に心配される大きなオジサン__その名は変態ドスケベ院長、レオン! ぐぬぬ、どうして俺はこんなに使えないんだ!


 クウの優しさが胸に刺さった俺はとりあえず、ぎゅっと抱きしめる。

 考えてみれば、俺のことを「お父さん」と呼ぶのには、そういう意味もあったのかもしれない。

 俺は【天啓】によりみんなの才覚をすでに見抜けている。神セブンたちに優しく接する理由には当然下心が含まれていた。

 偽りの愛情だと問い詰められたら言い訳はできない。


 だが、そんなことなど知るよしもない神セブン__中でもクウは愛情に飢えた存在。

 そこに外ズラだけ良い大人が現れれば__それも実親からもらうべき愛を注いでくれる男が一緒に暮らし始めたら__クウが俺に父親を求めてしまうのも無理はない。

 

 あかん。泣けてきた。

「悲しい匂いがするの。お父さん、相談するの。レティファやシオンと違ってクウは頭が良くないけど、一緒にはいてあげられるの」

 

 よくもこんな可愛い幼女を捨てやがったクズ野郎!!!!! 

 ドワーフの先祖帰りだとわかったからって勝手に期待し、勝手に失望して__なんなんだ! マジでムカつく!

 とはいえ、俺も似たようなことをしようとしていた身。どう考えても特大ブーメランだ。

 なにせさっきまで、湯上がりの響さんを__石けんの甘い香りを__錬金術は金のなる木とか平気で思ってたもんな⁉︎ マジで数億総国民によるお前が言うな状態じゃねえか!

 俺にクウの両親を責める権利はない。いや、そんなものは誰にもないのかもしれない。

 金の切れ目は縁の切れ目なんて言葉があるように、人間は意図も容易く金の力に支配される矮小な存在なのかもしれない。クソッ、色々と辛い。


「もしかしてクウのことなの?」

「えっ?」

「ここに来る前に響さんに呼ばれたの。もしかしたらお父さんを嫌いになるかもしれない、でもどうか許して上げて欲しい、って」

 

 寮母長がマジで有能すぎる……! これで正体が泣く子も黙る鬼なんて信じられるか? そうか、響さんは俺の錬金術指南を『可愛い子には旅をさせよ』的に捉えたってことか……! そりゃそうだよな。よもやロリヒモ光源氏計画の要なんてゲス思考に思い至るわけねえもんな。

 なんだこれ。生きるのが辛過ぎる。俺にトラウマ幼女のケアなんてハードルが高過ぎだって! 前世の学生時代、女の子とまともに会話した記憶も「汚ねえんだよ、ドブネズミが」しかない俺には高すぎる壁だろうが。

 生まれてきてごめんなさい。俺はもういいのでクウたちに明るい未来を与えてやってくれ。


 __なんて願うものの、神頼みがなんの効果もないことは、前世と今世、合わせて五十年以上、童貞の俺が身に染みて知っている。

 祈りを捧げたぐらいで思い通りになるなら、俺はとっくにハーレム状態のはずだ。マジでなんなんだ。こっち方面でも泣きそうなんですけど⁉︎


「やっぱりお父さんから悲しい匂いがするの」


 コラ、クウたん! 哀愁漂う童貞臭なんて嗅ぎ取るんじゃありません! あーもう、本当、俺ってやつは締まらねえな。


 ええい、ままよ__! やらずに後悔するぐらいならやって後悔。前向きに。ポジティブ思考だ。こちとらモテたいのにどれだけの期間独り身でいると思ってんだ。プラス思考に変換する能力に関しては誰にも負けん!


 弱気になるなんて俺らしくない。ロリヒモ光源氏なんて、欲張りで、分不相応な計画を目指す男だろうが。

 

 クウのトラウマも克服しつつ、俺の願いも叶えてやる。それぐらいのことも考えられなくて何が変態ドスケベ院長だ! 名が廃れる!

 

 俺はクウを抱きしめたまま、呼び出した本題を話始めることにした。

「響さんからクウの話を聞いたよ」

「……っ!」

 反応は劇的だった。彼女の嗅覚ほどじゃないが、恐怖や不安を抱いているであろうことが体温を通して伝わってくる。

 

「どうして孤児院にやって来たのかも知っている。だから一つだけ聞かして欲しい。クウはもう二度と錬金術を使いたくないか?」

 小さな身体が小刻みに震え出す。胸の辺りがじわりと温かい液体で濡れる。

 俺みたいな変態ドスケベ院長にも打ち解けてくれるような優しいクウのことだ。両親の期待に応えようと何度も何度も錬金術に挑戦したんだろう。今度こそ、喜んで欲しい。今度こそ笑って欲しいと。失敗にも挫けず、何度も何度も__けれど残酷にもその願いが叶うことはなく、大好きな人たちから役立たずだと罵られ、嫌われ、そして捨てられてしまった。こんな報われない結末があっていいわけがない! だめだ、絶対に許さない。たとえ神が許しても俺がぜったいに。


「クウは頑張ったの」

「知っている」

「お父さんやお母さんに笑って欲しくて、なんどもなんども挑戦したの」

「ああ、知っているとも」

「でも上手くいかなくて__お母さんたちは全然クウのこと構ってくれなくなったの」


 __本物のクズ野郎が。


「うっ、ぐすっ……でもクウはドワーフの先祖帰りだから錬金術は大好きなの__けどまた失敗してみんなに嫌われるのは嫌なの。だから、だから____」

 俺は悲しみに押し潰れそうになっているクウを強く、強く抱きしめる。再挑戦し、たとえ失敗しようとも俺は見捨てないと__この孤児院にいるみんなはクウのことを嫌いになんてならないと。想いを伝えるためにぎゅっと抱きしめる。


「私はクウの嫌がることをしたくない。だが、このまま目を背け続ければいずれクウはもっと苦しむことになるだろう。どんなに辛くても、悲しくても__もう一度だけ錬金術に向き合う必要がある。たとえその道を諦めるにせよ、突き進むにせよ、だ」

 これは本音だ。錬金術から身を引くにしても、このままだとモヤモヤが残るだろう。時間が解決してくれる、なんて言葉はあるが、それは先延ばししてもいいというわけじゃない。しっかりと現実を受け入れて次に進むための何かは必須だろう。

「もし失敗してもお父さんはクウを嫌いにならない?」

「嫌いになんかなるわけがないだろう。そのときは一緒に別の道を探せばいいんだ」

「この孤児院から出て行かない、なの?」

「ああ、約束しよう。私はずっとこの孤児院にいる」


 クウの抱きしめ返してくるチカラが強くなる。やがて彼女は目に溜まった涙を拭って、こう言った。


「もう一度だけ頑張ってみるの、なの!」

 

 神様なんて今でも信じてないけど。

 でも、いずれロリヒモ光源氏計画は破綻しても構わない。構わないから目の前にいる幼女を__辛い過去に立ち向かうとしている女の子が報われる未来を与えてやってくれ。

 俺みたいなどうしようもない変態ドスケベ院長が本気で思ってんだ。それぐらいの願いを聞き届けてくれたっていいじゃねえか!

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