第48話【レオン視点】

「リディアちゃんに会えない⁉︎ ふざけるな! そんな暴行が許されてたまるか! どういうことか説明してよセレスさん!」 

 王城『G7監督室』

 さすが女王直轄組織。なんと女王レティファとごく一部の人間にしか明かされていない部屋が新設されていた。

 どう考えても一人部屋ではなく、これから部下が増えていくことさえも視野に入れた面積である。

 俺が拝命した肩書きは『G7監督室長』――G7総監督である。孤児院から巣立ち、第一線で活躍する神セブンたちに助言・指導し、王都を発展させていくのが使命とのこと。

 普通に考えれば泣いて喜ぶ大出世である。なにせ女王直轄組織であり、いわゆる官房と言っても過言じゃない。しかもその室長を言い渡され、神セブンたちとも院長と孤児という関係がすでに構築されている。

 しかし、俺は平民である。しがない孤児院のどスケベ院長である。どう考えても荷が重い。だって神セブンたちがこれから王都で輝くためにも立ちはだかる壁を乗り越えなくちゃいけないんでしょ?

 いやもう激務じゃん。激務になること目に見えてんじゃん! 嫌だよ! 

 G7監督室で二徹、三徹とか絶対嫌だァァァ!

 俺は執務室の机で頭を抱えていると、

「リディア様は魔術大学校で授業をされております。今行けば業務営業妨害になるかと」

「スカートの中で号泣しようとして何が悪いんだよ!!!!」

「ですからそれが妨害になると申し上げております。リディア様は第七階梯の魔術師。魔術協会の理事兼巨大学府の教授も務めておいでです。そんな方が王都の魔術大学校で教鞭執ってくださっているのですよ? 生徒たちの目があるところでレオン様が潜り込んだら、彼女の威厳が崩壊します」

「うぐっ……」

 さすがの俺もリディアちゃん自身の評判が落ちると聞かされては返す言葉がない。

 俺の評判が地に落ちるのは構わない。なにせまごう事なき無能なのだから。背伸びしたって言いことなんて何一つない。

 しかし、教え子の評価は天元突破レベル。それを変態どスケベ院長のせいで不利に働かせるわけにはいかない。ヒモにだって譲れない矜持ぐらいある。

「……ご所望でしたら私が潜らせて差し上げますが」

「気持ちは嬉しいよ! でもセレスさん嫌そうな顔するじゃん! たしかに軽蔑されながらパンツを見るのも一興だよ? けど今は悲しみに満ちているの! 仕方ないなー、もう、みたいなおぎゃるが欲しいの! わかる⁉︎」

「全くわかりません。というより理解したくもありません」

「だいたいセレスさんも酷いよ! 俺に黙って承諾書にサインするなんて! 俺とレティファ、どっちの味方なのさ⁉︎」

「変態どスケベ平民院長と女王様。考えるまでもないと思いますが」

「ほらそういうことすぐ言う! ……すぐ言うよね! クソッ、びっくりするぐらいチョロ可愛いリディアちゃんに会いたいよ! 慰めて欲しい!」

「――それでまずはどれから取り掛かるのですか? ご命令をいただきたいのですが」

 G7総監督就任と共に秘書が決定した。もちろん転移や身バレ防止の魔術を発動できるセレスさんである。

 秘書といえばセクハラ。セクハラといえば秘書。そういう等式が成り立っていることはここで主張するまでもないことだけど、あいにく今の俺はそんな気分じゃない。

 年中セクハラのことしか頭にない変態どスケベ院長がエッチな妄想に浸れないという。これもう末期だからね⁉︎ だってアイデンティティが発揮されてないんだから! 俺の唯一の長所が消滅してんだから!

 それぐらい大役に参っているってことなんだから! 俺は働きたくないんだ! なんでだよ! なんで出世しなくちゃいけないんだ! くそうレティファめ! この恨み、絶妙なセクハラで返してやる! 死刑罪を言い渡しにくい微妙なラインで攻めてやる! 

 新世界のヒモを敵に回したことを後悔するがいい!!!!!

「俺はセクハラ王になる!」

「もうなっております」

「うるせえ! だいたいセレスさんは大丈夫なの? 王都と孤児の転移。孤児院の執務、G7監督室の秘書だよ?」

「転移についてはリディア様から魔術特許を取得した転移法陣を特別に使わせていただいております。これにより孤児院⇄王都の移動は最小限の魔力で済みますので問題ありません。次に孤児院の執務ですが、失礼ながら大した量ではありません。正直に申し上げますと朝飯前です」

 なんだその言い方! まるで俺が執務で苦労して無能みたいじゃないか! まあ、今ではサインするだけの給料泥棒定年間近オジさんみたいになってるけどさ!

「でも忙しいって言ってたじゃん!」

「あれは毎日時間を忘れて幼女と戯れるレオン様への嫌味です」

「こいつ! 言うに事欠いて……!」

「なので今回新たに与えられた秘書はちょうど良かったのです。この程度であれば並列思考を発動するまでもありません」

「くそ! さすがダークエルフ! 優秀が過ぎる! しかもエロい褐色毒舌お姉さんとかチートじゃん! クソッ、G7総監督さえなければ!」

「逆にお聞きしますが、そんなに神セブンのみなさんにお会いするのが億劫なのですか?」

「そんなわけないじゃん! むしろ毎日会って目の保養をしたいよ!」

 神セブンの娘たちは成人を迎えて全員が美少女・美人になった。もはやこの時点でハーレム形成の下準備は整ったと言っても過言じゃない。しかし、悲しいかな、彼女たちのスペックに俺のそれが全くと言っていいほど追いつかない。待ってよみんな! 置いていかないで!

 もはや天と地の差である。つまり接すれば接するほどメッキが剥がれ落ちていく!

 一応、叡智を授ける院長を演じ続けてきたわけで。それっぽいこと、中身がないまま、薄く、とにかく抽象的な発言しかできないことを彼女たちが理解してしまったとき、俺はいよいよ見捨てられてしまう。いや、もうそれとほとんど同じような状況だとは思うけど。

 つまり美しく、それでいてエッチな躰つきになった神セブンを毎日でも眺めていたいのに、会えば会うほど好感度が下落していくというジレンマ。なんだこのクソみたいな反比例。普通会えば会うほど好感度が上がるのが異世界転生の醍醐味だろうが! なんでヒロインと顔を合わす回数が多くなれば多くなるほど下げっていくような状況になってんだ!

 というようなことを補足すると、

「なるほど。これは本当に――とても面白いですね。この状況を楽しみつつ、逆転勝利を狙える立ち位置。まさしく漁夫の利ですね」

 なんかよく分からないことをおっしゃるセレスさん。とりあえずとても面白くない。この状況も全然楽しめない。過労死するかもしれない現状を楽しめと? ドMの域突破してるよ、それ。

 もちろん逆転勝利も狙えない。むしろ崖っぷち。漁夫の利……? まさかセレスさん、俺を利用して孤児院の助手から女王の右腕にでもなろうとしていらっしゃる?

 なんてこった……! レティファの野郎、俺の周囲にいる優秀な人材を次から次にヘッドハンティングするつもりか?

 ふざけるな!

「美人で優秀の毒舌褐色お姉さんは俺のもんだ! 誰にも渡さん! セレスさんには悪いけど一生俺の傍にいてもらうからね!」

「……はい? 突然どうされたのですか? 何を言われたのか理解できなかったのでもう一度お願いできますか?」

「セレスさんは俺のものなの! たとえ女王のレティファが欲しがっても譲るつもりは毛頭ない!」

「……ぉふ」

「セレスさん?」

「さて、それでは業務に取り掛かりましょう。こちらがレティファ様からお預かりしている資料です。どうやら神セブンにもじり、各々が抱える『七つの課題』解決がG7監督室に与えられた最初の仕事のようです」

 みんなが悩みや課題を抱えているということでしぶしぶ資料を受け取り俺でも解決できそうなものがないか、確認作業に入る。

 改めて言うまでもないことだけど、どう考えても無理ゲーだ。そもそも俺【天啓】という他人の才覚を開花させる能力しかないんだよ? 

「――へえ。いつの間にか、レオモンド商会から独立してたんだな、シオン」

 まず目に入ったのはシオンについてまとめられた資料である。

「噂では十倍の給金を断ってレオモンド商会から独立されたようです」

 セレスさんの言葉を聞いてもう一度資料に目を落とす。ふむ。ふむふむ。

 前世の我輩、中小企業診断士の資格持っておりましたのよ。商売はやったことのないのに、企業からの聞き取りで経営革新計画を書き上げた数だけは優に千を超えるという。

 商売の才能はないが、読み取りや計画作成にはそれなりに馴染みがある俺は――、

「なるほど。シオン商会の目玉商品――ブランド力の向上か。これなら異世界から転生した俺でも役に立てそうだな」

 おそらく俺が目にしている資料は他ならぬシオンが作成したものだろう。上述の経緯から簿記や経営計画の作成というガワだけは教えることができた俺はシオンにそれらを叩き込んでいる。

 俺の癖がついた計画書である。

 過去、実体験が必要ということで、あらゆるコネをこねくり回してレオモンド商会に話をつけるところまできた俺はシオンを本当の意味で弟子にしてくれと頼みに言ったことがある。もちろん王都でその名を知らない大商会。その代表に直接話をできただけでも行幸ではあるのだが、俺の『土下座』にはなんの価値もなく。

 結果、なんとシオンが自ら己を売り込み、交渉した結果、弟子入りが叶うことになった。ちなみに数年前までレオモンド商会はリバーシによる膨大な収益が上げており、その遊戯を最初に考案したのは俺だ。懐かしいな。

「独立すればレオモンド商会を始め、あらゆる猛者たちと肩を並べて商売をしないといけない。レオモンド商会で培った技術と目利き、才覚でルーキーのシオンも『大商人』はまだまだ名前負けしているってところか」

「あらゆる分野で魔窟である王都で十六歳にして独立。収益を上げていること自体凄まじい奇跡とも言えますが」

「まあ、そうだよね」

「次にクウは――ん?」

 続いて七つの課題の一つ、クウの資料に目を通す俺。明らかにクウが作成したものとは違う。これはおそらくレティファだろう。

 要約すると国営の工房・研究所長を務めるクウだが、その研究費・維持費には莫大な予算が必要であり、ただ知的好奇心を満たすだけでなく、お金に変わる成果が必要とある。

 なるほど。研究者の肩身が狭いのは日本と変わらないわけか。

 クウはドワーフの先祖帰りだ。本来知識と知恵を突き詰めて錬金術を極める存在だが、才能だけで完成させてしまう超天才。

 作りたいから作る。知りたいから調べる。実験したいから実験する。良くも悪くも欲望ストレート。

 しかし、国の予算から研究費が出ているとなると、悲しいかな、やはり国益として還元できるだけの何かを求められるわけで。

 レティファの優しい性格から大天才であるクウに思う存分実験をやらせてあげたいと思う気持ちがある一方、女王としては国民に還元できるだけのなにかが必要というわけか。

 そういった事情に精通しているレティファが作成した資料の一番最後にクウ特有の丸い字で『またお父さんと一緒にたくさん実験したい、なの!』と書かれている。可愛い。

 クウの課題はただのお願いだ。

「よし。決めた」

 俺がそういうとセレスさんがご命令を、という顔をする。彼女は毒舌ではあるのだけれど、命令となるとすごく忠実なのだ。

 セレスさん、マジ優秀。響さんとはまた違った大人の魅力を感じるぜ!

「視察を兼ねてシオンとクウに会いに行こう」

「かしこまりした。それではお手を。転移します」

 シオン商会とのパイプを太くしておくのはこれから俺がレティファにセクハラを迫る上でも重要なプロセスになってくる。

 絶対にどちゃシコエロボディをグラビア撮影してやる! 響さんやセレスさん、いや神セブン全員のな! そのモチベーションだけで働くよ! 働けばいいんだろ!

 その代わりタダでは起き上がらないからな! 

 ふふふ。シオン商会はレディファーストだ。ランジェリー、服、化粧品、モデル撮影、写真集、デザイン。

 男尊女卑の風潮が残っているせいで、まだまだブルーオーシャンだ。

 熱い季節がやってきたときに薄着のお姉さんが街を歩くようになれば引きこもりの俺とて出歩きたくなるというもの。

 ふへははははは! レディファーストレオン! 今こそ始動してやるぜ!


 ☆

 

 むろんこのときのレオンは知らない。

 己がただ可愛い女の子を目に焼き付けたい、薄着やエロい格好を見たい。写真集が欲しい。グラビア撮影をしたい。水着が見たい。より美しく、可愛くなるために化粧品やおしゃれを次々に開発していくことで女性の心を鷲掴みにし。

 初の女王誕生と相まりレオン王子誕生の礎が出来上がってしまうことなど夢にも思っていないのであった。

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