第39話【レオン視点】

「大変申し訳ございませんでした! 衝動を抑えきれず、レオンさんの好意に甘えたあげく、あろうことか意識を失わせるほど吸血してしまうなんて……!」

「だっ、大丈夫ですから! 大丈夫ですから頭を上げてください」

 意識が戻るや否や『土下座』で謝罪してくる響さん。

 どうやら貧血を起こして倒れてしまっていたらしい。

 本当はエリスを呼びに行きたかったらしいのだが、意識を失った俺は顔面を豊満な胸にダイブし、鬼の響さんでも引き剥がせないほどのチカラで抱き着いてしまっていたとかなんとか。

 どんだけおっぱい好きやねん。くそう、残念過ぎるのはおれが意識を失ってからの感触に覚えが一切ないことだ。

 響さんの豊かな双穣の女神が胸に押し当てられ、ぐにゃりと歪む感触は至高の一言。

 これから吸血の度にあの感触を味わるのかと思うと、

 ……つー。

 いかん。さっき吸われたばかりにも拘らず鼻血が垂れてきた。あれがおっぱいまんじゅうの感触。凄すぎる。家畜に進化した甲斐があったってもんだ。

 しかし俺には釈然としないことがあった。響さんの謝罪の理由である。

 元はと言えば彼女は俺を殺すつもりだったわけで、血を飲み干したところで死という結果は変わらなかったはず。

 にも拘らず、まるで何かを誤魔化すかのように必死に頭を垂れている。しかも『土下座』をしてまで、だ。

『土下座』は謝罪や感謝の意を伝える俺特有の礼儀方式である。それを響さんが知らないわけがない。なにせ一番近くで何度も見てきた鬼だからである。

 最も土下座を見られたことがあるのが、愛しい異性ってどういうこと? 泣くよ俺。

 いや、この際、院長情けなさ過ぎワロタはどうでもいい。いや笑えないが、ひとまず棚に上げておく。

 俺は足りない脳みそを振り絞り、響さんの真意を熟考してみる。

 真剣を取り出して俺を切り捨てご免しようとした鬼である。

 味見が目的だったとはいえ、ちょっと血を多く飲み過ぎたぐらいでこの取り乱しよう。ここまで露骨な手のひら返しをされれば、さすがにピンと来る。

 やれやれ。まさか変態ドスケベ院長に弱みを見せてしまうとは……これからあーんなことや、こーんなことをされても文句は言えませんよ。

 なにせ俺は強力な切り札を手に入れた。エロ三途の川を往復した甲斐があったってものだ。

 だが、これはあくまで推理の域を出ない。

 まずはちゃんと言質を取らせていただこうか。

 俺は右目にパワハラ(通称、『パ』)を発動、その目で響さんを見下ろしつつ、左目にセクハラ(通称、『セ』)を開眼する。『パ』と『セ』のオッドアイである。

「――正直に告白していただけますか。私の血は美味しかったですか?」

「! ……はい。とても」

 

 きちゃあああああああああああああああ!

 にゃーはっはっは! これでいつでも響さんのおっぱいは俺の手の中だ!!!!!

 エネミーコントローラ! 左右A B! 

 ずっちょ、俺のターン!!!!!!!!!

 ふぅん。響さんよ、変態ドスケベ院長に弱みを握られたのが運の尽きだ。

 これからは存分にそのドスケベボディを堪能してやる! 全速前進DA!

 俺は左目の『セ』で響さんの凹凸ボディをマジマジと凝視する。

 普段は女性の敏感な視線察知能力を気にして神セブンと遊んでいるときしかチラ見できないのだが、今なら堂々と鑑賞することができる。


 一体何が起きたのかだって?

 いいだろう。説明してやるZE。

 結論から言えば響さんは俺を殺すことができなくなった。邪険に扱うことも難しくなったはずだ。

 それはなぜか。

 ――

 

 響さんは暗殺部隊を抜けてからというもの吸血衝動はずっと輸血パックで抑えてきた。

 言うまでもなく孤児からは補給できない。そんなことをすれば孤児院は家畜を育てる施設になってしまうからだ。

 しかし、俺の策略により生き血を味見することになり、その味はまさしく絶品だった、と。

 久しぶりに味わうそれは鬼としての本能を覚醒させ、忘れたくても忘れられない感動として強烈に脳内に残る。それはまさしく麻薬の依存のごとく。

 

 響さんは間違いなく思ったはずだ。

 この血を毎日飲みたい、と。仮に毎日とは言わずとも定期的にいただきたい、と。

 彼女には特殊な経歴もあり、孤児院の寮母長という肩書きもある。

 おいそれと他人に「吸血」させてくださいとは申し出にくいだろう。というか、ほとんど無理な領域だ。

 心優しい彼女なら寮母長が吸血鬼などとあらぬ噂が流れることを良しとしない。何がなんでも体質のことは隠し通すだろう。なにせそうしてきたのだから。


 しかし、ここで事情に精通し、一応は同じ志で孤児院を運営する仲間が現れた。

 そう家畜の変態ドスケベ院長だ。

 孤児院の院長という肩書き。しかも俺には巣立った彼女たちから寄付を募る計画まで示している。

 それをどこまで深読みした上で俺のことを響さんが泳がせているのかは想像の埒外ではあるが、それ故に吸血衝動のことは言いふらさないと確信していることだろう。

 

 なにせ院長というポスト、首が飛べばロリヒモ光源氏スパイラルが破綻するからだ。

 すなわち早い話が運命共同体というわけだ。

 なるほど。下半身で物事を考える変態狸が美少女や美人の弱みを握り、それを出しにして関係を迫る薄い本のような展開が現実でも起きるわけだ。

 多少強引ではあるが、「おやおや血が吸いたいのですか。構いませんよ。その代わり私も響さんのを吸わせていただきますが。ぐへへ」と迫ることも可能なわけで。

 

 もちろん嫌がるレディに無理やり関係を迫るのは犯罪だ。俺とてそこまで堕ちるつもりない。

 あくまで俺が目指すのはイチャイチャハーレムエッチである。

 響さんのことは純粋に一人の女性として意識している。さすがの俺も血だけで迫るつもりなど毛頭ない。正統にアタックし続ける所存である。

 というか、調子に乗らなければFカップの感触をいつでも堪能できるのだ。童貞の俺には十分すぎる幸運。それをみすみす手放すつもりはない。

 まあ、響さんからすれば、いくら俺の血が美味とはいえ、元は直接手を下そうとしていた人物であるわけで。

 肉体関係を強要すれば容赦無く切り捨てご免だろう。

 俺を殺せなくなったというのは正確に言えば許容範囲が格段に広がった、ということだ。

 

 だが、それでも俺は内心で盆踊りをせずにはいられない。なにせ響さんとどこでも密着ぱいおつ券(無期限)というドリームチケットをゲットしたのである。

 死にかけてみるものである。やはりピンチはチャンス。よもやこんな棚ボチが落下してくるとは……! 人生なにがあるものかわかったものじゃない。


 俺は『セ』と『パ』を継続することにした。どうでもいいけど、相手の弱みや弱点を掴んだ途端にイキるやつって本当に小物だよね。

 院長マジ小物! やかましいわ! 内面は否定しないが、息子は大物だよ!

 息子「現実を受け止めてくれよ父さん!」

 うるせえ! 大物って言ったら大物なの!


「いずれにせよこれで理解できたはずです。吸血衝動は鬼としての本能、生理現象。抑制すればするほどその反動も大きくなると」

「――はい。返す言葉もありません」

 本当に反省しているかのような響さん。

 よし。言うぞ。言うからな。ふー、準備はいいか。これから己の欲望に忠実な言葉を口にするぞ?

 これを言語にしたら最後。今度こそもう絶対に後戻りはできない。響さんを騙すんだ。その十字架は墓まで持っていかなければいけない。

 これが男の罪というなら俺は肌身離さず背負ってやる。


「これに懲りたら鬼であることを無理に抑えようとしないでください。少なくとも私と二人きりのときには素のままで接していただけませんか。だから血が飲みたくなったら遠慮なく言ってください。私は孤児たちも大切ですが、一緒に働くパートナーの貴女のことも大事なんです。だいたい生き血を吸いたいことがそんなに悪いことですか? 私はそうは思いません(だっておっぱいの感触すごいし)。これからは存分に私に甘えてください(おっぱいを押しつけてください)」


 響さんの肩に手を置き、できるかぎり優しく微笑む。

 俺の下心も見透かしたなら、響さんに取ってこれは強請ゆすりとも取れる。

 とはいえ、吸血衝動問題は現実としてあるわけなので、せめてできるかぎり不快にさせないよう、ガワだけは変態紳士を装ったつもりだったのだが、

 ――つー。

 響さんのお美しいきゃわわな顔から涙が滑り落ちていく。

 ――あかん。また泣かせてしまった。しかも今回はセクハラによるもの。罪悪感がこれまでの非じゃない。

 これはダメだ。これはマジでダメだ! さっきまで血を出しにして肉体関係どうこう思考していたが、マジ泣きされると俺のメンタルの方が持たない!!! 

 どうやら弱みを握って無理やり関係を迫るのは俺には無理だったようだ。

「あっ、あの泣かないで! 泣かないでください! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

「うっ、ううっ、ぐすん、う……!」

 両手で隠すように咽び泣く響さん。

 血が吸いたかったらおっぱいを押しつけやがれ、と言われたことがよっぽどショックだったのだろう。

 あっ、ああ……、俺は一体なんてことをしてしまったんだ!

 みっともなくあわあわと取り乱すことしかできないでいると、


「「「「「――えっ⁉︎」」」」」

 

 突然、執務室の扉が開いたかと思えば、神セブンがゾロゾロと入ってくるではないか。

 間違いなく男女の修羅場――もとい俺のパワハラ・セクハラ会議による響さんの号泣という光景に入ってきたみんなも唖然としている様子。


 とりあえずこれだけは言わねば死んで死に切れないので言わせて欲しい。


 ――オワタ。

 

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