第36話【レオン視点】

 ハッと意識が戻る俺。

 大人リディアちゃんのなんかもうすごいアレを目にしたよう気がしたんだが……クソッ! 記憶にもやがかかった思い出せない。むちゃくちゃ性癖に刺さる何かだったことは間違いないんだが……。

 さっきまで夢を見ていたことは自覚している。なにせ響さんの突き放しから記憶が欠如している。あそこで意識を刈り取られたことは明白だ。

 こうして無事に現実に帰還できたわけだが、さっそく訳がわからないことが二つある。一つ。後頭部がやたらと柔らかい。

 というより目が醒めたときの心の第一声は「でっか」である。大きな二つのお山が俺を見下ろしていた。世界一柔らかいそれで知られるマシュマロ山だ。

 なんと俺はリアル響さんから膝枕されていた。

 フオオオォォォォォォォォォォォォォ! 

 やった! やったぜ! ついに勝ち組だ!

 凄まじい柔らかさと弾力で俺の後頭部はとにかく幸せだった。しかも、なんかチョーいい匂いがすんの! 

 あぁー、仰向けじゃなくてうつ伏せになりてえ! 思う存分顔面を太ももに潜り込ませたいよ。このまま仰向けなら耳かきも捨て難い。綺麗になったらふぅーしてもらうの! FUUUUUU!

 ……黄そりゃ泉の響さんも良かったけどやっぱ本物リアルはダンチだぜ! やったねレオンちゃん! ありがとうリディアちゃん!

 と絶賛感謝する俺だが、内心冷や汗をかいていた。

 響さんの端正な顔がグングンと俺に迫っているからだ。

 きゃわわわわわわわわわわわわわわわー!

 響さん、顔面偏差値高えぇぇぇぇぇぇぇ!

 はい、俺の嫁決定。最優先事項です!

 ……これはひょっとしてアレだろうか。

 アレ?

 いやいや、鈍感かね君たち。アレといったらアレだよ。ほらアレだよアレ。クソが、名前が出てこねえ! 老化の進行が早過ぎる!

 いや、ラブコメでよく見るやつだよ! 意識を失っている主人公を介抱しに来たヒロインがキスしようとするアレ。

 で、直前に主人公が目を開けて「なにしてんだよ」「まだなにもしてないわよ!」という甘酸っぱい光景が繰り広げられるやつだ。

 やれやれ。そういうことだったんですね響さん。まさかこれほどまでに乙女だったとは。

 なるほど。表面的な態度は「嫌よ嫌よも好きのうち」だったわけですか。まさか内心じゃ、変態ドスケベ院長にホの字だったとは。

 天使「男の趣味が悪過ぎますよね」

 うおい! 脳内天使! なにさらっと毒吐いてやがんだ! てめえも俺の一部だろうが。なにが男の趣味が悪いだ! こう見えて俺は『土下座』が得意で、何一つカッコいいところがないと評判なんだぞ⁉︎ 

 俺が言うのもなんだが、マジで男の好みが悪いな響さん。だっ、ダメ男が好きなのか?

 いや、みなまで言わなくても分かります。

 俺も月に三十冊ほどのラブコメで青春を経験してきた男ですから。

 貴女がなにをしようとしているかなんて問いただしません。

 このまま響さんが両目を閉じていることをいいことにサイレント状態でぶちゅっとイッテやりますよ!

 いやぁ……良かった良かった。あのまま響さんと三途の川温泉『セイシの湯』に混浴しなくて良かったぁぁぁぁ! 

 そりゃ童貞卒業は何事にも変え難い幸運だけどやっぱりナマ響さんの唇の感触だよね! 

 まさか宇宙世界に行っても助けに来てくれるなんて……今度大きくなったら穿いてみたい下着のデザインをリディアちゃんに聞いてあげようっと。成人したらプレゼントしてあげなくちゃ。

 と幸せな気持ちになれていたのは響さんのお美しい顔が目と鼻の先にまで迫ったところまで。

「むー! むー!」と唇を尖らせる俺であったが、響さんは逸れるように口角を上げる。

 キランと吸血牙を剥き出しにしてきた。

 さて、みなさんここで問題です。

 響さんの正体は何だったでしょうか。レディGO。

 A お嫁さん

 B 恋人

 C 鬼

 D エッチなお姉さん

 アンサーチェック! 正解はC! 

 鬼、でした! 

 って、やっべ! やっば! マジでやっべ! あれ? もしかしてこれってラブコメで良く見るベロチューじゃない? 

 もっと殺伐としたホラー的なやつだった⁉︎

 せっかく蘇ってきたのに、物理的に天に召されようとしてんじゃねえか! あれだろ?

 ドスケベ院長の全身の血液を飲み干す気だよなあ⁉︎ 一滴残さず搾り取る気ですよね⁉︎

 ほらっ! 響さんの顔がグングン首筋に向かってるんですけど⁉︎ なんでやねん! なんでこうなるんや!

 誰がどう考えてもここはラブコメするところだろうが! 

 そりゃ鈍感系主人公のように奇跡的なタイミングで声をかけるというお約束こそ破ろうとしたが、前提を崩しちゃダメでしょうよ! 

 嫁さんから首筋に噛みつかれて血を飲み干そうと迫られるとかジャンルが違うだろ! これじゃラブコメじゃなくてホラーだよ!

 くそが! 前世で三十代後半になっても女の子とキスしたことがない俺の人生よりもホラーじゃねえか⁉︎ 嫌なことを思い出させんなよな!

 さて、宇宙世界で生死を彷徨ったかと思えば今度は現実世界で死路に立たさせるという。

 俺はラブコメ主人公を目にする度にずっと『バカだなこいつ』という感想を抱いていた。

 だって、そのまま気づかないフリをしていたら美少女ヒロインとぶちゅぶちゅぶっちゅできるんだぜ? 

 普通女の子のきゃわわな顔が迫っていながら「ちょ待てよ」なんて言わんでしょ。口にするとしたら月9バカぐらいだ。

 だが、今の俺になら数多のラブコメ主人公たちの気持ちが手に取るようにわかる。

 ああ、そうか。君たちもこういう気分だったんだね。

「あの……響さん? なにをされようとしているので?」

 ピクンッ、と全身を震わせたあと、硬直する響さん。吸血牙が俺の首に突き刺されようとする寸前のことである。

 冷静に聞いてみたのはいいとして……いや、あの本当に何をしようとしているので⁉︎

 種族、状況から考えて誰がどう見ても俺の息の根を止めようとしているようにしか見えないんですけど⁉︎ 

 えっ、怖! こっわ! 

 意識を失った院長の全身から吸血で搾り取ろうとかマジで怖っ!

「おっ、おおおお起きてたんですか、レオンさん!」

 ――ゴロゴロゴロゴロ、ガッシャーン!

 はーい、お約束入りましたー!

 意識を失っていると思われていた主人公が実はバッチリ目が醒めていることを視認し、ヒロインが突き飛ばすやつ入りました!

 ――ゴロゴロゴロゴロ、ガッシャーン!

 チカラ加減! 響さん、チカラ加減!

 咄嗟のことにパニクって鬼の馬鹿チカラが出ちゃったんでしょうが、こっちは生身の人間であることを忘れられちゃ困りますよ。

 転がすようにして突き飛ばされた俺は盛大に転げ回りながら壁にめり込むように激突。

 痛ったぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁ!

 ……痛ってええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

 あの、俺はこんなことぐらいで響さんの好感度パロメーターが下がることなんて絶対にありませんけど、暴力系ヒロインってファンを減らしますよ?

 ほら、見てくださいよ。メキメキって。壁がメキメキって亀裂の音を出しながら俺をようこそしてるじゃないですか。暗いよ。冷たいよ。誰かここから出してよ! 助けてよ!

「みっ、みみみみ見られて……いや、いやぁぁぁぁ! もう生きれられない!」

 なんか壁の後ろ側で悲鳴を上げて悶絶している響さん。

 とりあえず引っこ抜いていただけませんか。『増える』『戦う』『食べられる』はどれもできませんけど。最後のは性的になら大歓迎ですが。 

 というか、いくらなんでも展開が怒涛過ぎやしないだろうか。

 シオンの『商売』を覚醒させたことを咎められ、レティファは王都に戻ることを間接的に聞かされ、意識を失い、宇宙世界に旅立つ。無事に戻ってきたかと思ったら夢にまでみたラブコメ展開――ではなく殺人未遂。

 俺の目が醒めていたというお約束も無事クリアし、気がついたら壁にめり込む変態ドスケベ院長。

 あかん。泣きたい。不遇すぐる!

「衝動に飲まれて、あろうことかレオンさんを襲おうとするなんて……!」

 あっ、やっぱり俺のこと襲うつもりだったんですね。それを口にしちゃう響さん。マジすげえ。なんか逆に可愛く見えたきちゃうから不思議だよね。これが吊り橋効果……!

 ぎゅぅぅぅぅ、すぽんっという擬音が聞こえてきそうな感じで壁から顔を出すと響さんが剣を手に取り鞘から抜き去ろうとしていた。

 おいおいおいおいおいおい! なにしてんの響さん! というか剣なんかどこから取り出してきたの⁉︎ ここ執務室だよね⁉︎ 

「もう生きていけない……!」

 怒髪天を突くと言わんばかりに顔を真っ赤にして真剣モード(意味深)の響さん。

 あかん。吸血に失敗したから斬り殺される! 切り捨て御免をされるに違いない!

 くそっ! こんなことになるぐらいなら黄泉の響さんとくんずほぐれずしとくんだった! ひぃぃぃぃっ、こっ、殺されるぅぅ!

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