第24話【第三者視点】
レオンの誘拐事件により激震が走る孤児たち。
響の纏う雰囲気が一変する。
それは宮廷の暗殺部隊で働いていたときのそれだった。
彼女の異変とレオンの不幸に当てられた孤児たちは困惑するが、事態は急を要する。
それを幼いながらに理解したのは神セブンの中でも王の器を持つレティファである。
彼女は響の視線をいち早く察知。命令――指示を促す。
己の役割は響が下した判断に納得できずとも他の娘を諭すことだと瞬時に理解したのである。
「これからレオンさんを救出しに向かいます。私というものがありながらこの失態。あとでいくらでも責めてくれて構わない。だからリディア、本当に申し訳ないけれど探知をお願いしてもいいかしら」
響が救出チームに選んだのはレオンに魔術師としての才能を見出されたリディアである。
(あのバカ……だからあれだけ護衛をつけろって言ったのに! なんで院長が誘拐されてんのよ⁉︎ 普通私たちの方でしょうが! あーもう!)
名指しされたリディアはレオンの居場所の特定に入るため、遠見系の魔術を複数発動する。
余談だが彼女はレオンの本心――彼が自他ともに認める変態ドスケベ院長であることを把握している唯一の孤児である。
(これはきつーい、お仕置きが必要ね)
「響さん! 私も連れて行っていただけませんか? 戦闘ではお役に立てないですが、法医術ならレオンさまの怪我を――」
「――ダメに決まってるでしょ」
とはリディア。
「こっちは人質を取られてんの。これ以上足手まといはごめんだっつーの。それにあんたほどじゃないけど、あーしも法医術は使えるし」
「ですがリディアさん――!」
「待機です。リディアの言ったとおり、私たちは絶対に救出しなければいけないレオンさんを人質に取られています。万が一、エリスまで捕らえられては身動きができません」
「そんな……」
「それじゃクウを同行させるの。クウなら闘えるの。お父さんを助けられるの」
「無理に決まってんでしょ」
即断したのはまたしてもリディア。
「遠見系魔術で確認したかぎり、孤児院には怪しい人影はなさそうだけど――でも、本命が
神セブンの中で最も早く才能に目覚めたのは錬金術師であり、先祖帰りしたクウである。
美少女に養ってもらうことが夢であるレオンが真っ先にクウの才能に目をつけたのは当然であった。
と同時に幼女たちの安全を確保するため、クウの錬金術により地下室を考案。
さらにリディアの魔術師としての才能が発揮されるようになるとそこに魔術罠が施されていた。
つまり地下室に避難することで身の安全が確保されるということである。
魔術罠をいつでも発動することができ、さらには構造さえも瞬時に変更できるクウの存在は大きい。
「こちらもリディアの提案を採用します。クウ、申し訳ありませんが地下室で待機してください。レオンさんは私が命に変えても救出しますから。ですからみなさんを守ってあげてください」
「……わかった、なの」
納得はできていないものの、母親役の響に頭を下げられてことで、駄々をこねるわけにはいかないと理解した様子のクウ。
地下室を創設した際、レオンから「ピンチのときはこの地下室にみんなを避難させて欲しい。それはクウにしかできない大事なことだ」と声をかけられていたことも大きい。
クウは目に涙を溜めながら、頷く。
そんな彼女の頭を優しく撫でるのはレティファ。
神セブンでもリーダー的存在であり、姉である。
「響さんとリディアなら何も心配ありませんわ」
「何言っているのよ。私も行くに決まっているじゃない。レベッカが抜けているわよ」
「「「「⁉︎」」」」
レティファの言葉に食い気味で乗っかってきたのはレベッカである。
彼女はまだ剣を握ったばかり。響との修行も一時間程度しか行なっていない。
しかし――。
彼女の纏うオーラはもはや駆け出しのそれではなかった。熟練の剣士しか発せないような雰囲気である。
それはレオンの固有スキル【天啓】による〝覚醒〟
――人生を指し示した者に対する忠誠心――この人のために尽くしたい、役に立ちたい――好かれたい、愛されたいという想いの強さに応じて、才能を磨き上げるために本来必要であった努力という工程をすっ飛ばすチカラである。
今のレベッカはただの幼女などではなく。
潜在していた剣術――天賦の才を発揮できる一人の剣士。
そしてそれは数えきれないほどの罪人を切り捨ててきた響ならば一目見れば本能で理解できるものだった。
(これは――来るなと言っても無駄かもしれませんね。いずれレベッカにはレオンさんを――みんなを守る剣になってもらうつもりでしたし……仕方ありません。初陣を許しましょう)
「わかりました。レベッカは連れて行きましょう。その代わり命の危険を感じたら無理をしないこと。いいですね?」
「ええ、大丈夫よ。今ならなんだってできるような気がするの」
「レッ、レベッカが行くなら私も――」
とシオン。
神セブンが次々に覚醒していく中、レベッカと彼女の二人は遅れを取っていた。
しかし、いよいよレベッカが剣術の才能に目覚め、いても立ってもいられなくなったのだろう。
頭脳派が救出に駆けつけたことで役に立てないことは他ならぬシオン自身が理解できないわけではなかったが、焦燥からそんな言葉が出てしまったのだろう。
「「「ダメ」」」
響、リディア、レベッカが即座に否定する。
「シオン。気持ちはわかりますわ。レオンさまの救出に向かいたいのは私とて同じこと。ですが、焦らなくとも貴女が羽ばたく日はそう遠くありませんと思いましてよ。わたくしが保証しますから我慢ですわ」
優しくシオンの手を握るレティファ。
レティファは王女という特別な素性こそあれど、レベッカのような剣術、クウの錬金術、スピアの小説家のような才能はない。
人を惹きつけるカリスマ性。人身掌握こそあれど、それは王族として生活したときに発揮する。
つまりこの場において彼女は一般人と化している。きっと心情は複雑に違いない。
しかし、だからこそシオンの気持ちを誰よりも理解することができていた。
そんな彼女に留まるようお願いされてはシオンも納得するしかなかった。
こうしてレオン救出チームは響、リディア、レベッカの三人となる。
☆
リディアは探知系の魔術を発動し、主にレオンの残留思念を追っていた。
余談だが、リディアはレベッカに肉体強化系の魔術を発動している。
おかげで響とリディアの高速移動にも着いて来れている。
《このハゲー!! ちーがーうだーろーっ! 違うだろーォッ!! 違うだろっ!!! お前、頭がオカシイよ!
この◯◯◯◯が!
これ以上、俺の心を傷付けるな!》
「監禁されている場所が近いかも! どう? 声のする方向がわかる?」
とリディア。
彼女はレオンの残留思念を読み取る魔術を己に発動していた。
一方、響とレベッカにはレオンの声が拾うことができる魔術を付している。
これは残留思念を読み取る方が高等であり、声を拾う方が付与しやすいからである。
と言っても、己に高等魔術を発動しながら、他者に――それも二人に付与するのは超絶技巧であり、リディアが大魔導士に上り詰める片鱗が垣間見える光景であった。
(思っていたより元気そうね……これならそんなに急がなくても――)
《「どういう意味だ?」》
「「「⁉︎」」」
突然レオンの声が脳内に流れ込んできた三人はすぐに足を止める。
近い。この近くに彼がいる――!
周囲を見渡すが、彼女たちは森の中。視界いっぱいに広がるのは生い茂った木々だけである。
「リディア! なんとかレオンさんの居場所を特定できませんか⁉︎」
「天才なんだから早くしなさいよ!」
焦る響と急かすレベッカ。
「うっさい! もうやってるつーの! 二人もあーし任せじゃなくて、声がする方向を見極めなさいよ!」
「チッ。これだからギャル魔女は。お得意の魔術もこの程度なのかしら?」
「火も出せないようなあんたには言われくないわよ!」
《俺はできれば愛されたい!
たとえ呆れられようともなんだかんだ慕われたいんだ!
ジト目を向けられながら、「バカなの?」と毒を吐かれたい!
「仕方ないわね」「ほんと節操がないんだから」「何回出せば気が済むのよ」と呆れられながらも相手をしてくれる関係になりたい!》
(こっちはこっちで、なんで誘拐されて変な思考してるわけ⁉︎ もうマジ意味わかんないんですけど! 今日という今日ばかりは絶対許さないから! いつもいつもいつもエッチなことばかり考えて!)
《「取り消せ」》
((レオンさん⁉︎/レオン⁉︎))
脳内に直接流れてくるレオンの肉声に反応する響とレベッカ。
怒りを含んでいるそれに彼女たちの平常心がガリガリと削られる。
《「取り消せと言ったんだ三下。響さんが殺人鬼? ああ、たしかに彼女はかつてたくさんの魔術師を殺めてきた。けれど切り捨ててきたのは罪人だ。心優しい彼女はそんな彼らを手にかけるだけでも精神をすり減らしてきた。お前たちのような他人を傷つけることしかできない人間が殺人鬼なんて言葉を使っていい女性じゃない」》
(まさか誘拐されておきながら私のために怒ってくださって――⁉︎ そっ、それに女性って! 殺人鬼の私のことを女性って――!)
レオンの下心など一切知らない響は己を醜い鬼としてではなく、一人の女性として想ってくれていることに胸が温かくなっていた。
場違いな喜びであることは十分理解しているのだが、愛しい男に異性として見られていたことに頬が緩みかけてしまう。
レオンにとって響はタイプど真ん中。下心も相まって言動は紳士的になり、好感度を上げるために必死である。
彼が響を女性としてしか見ていないことが彼女の心を射抜くという奇跡が起きていた。
(もし、レオンさんが私のことをそういう目で見れるならその……男爵との一件を許す代わりに手料理を振る舞って欲しいとおっしゃっていましたし……でっ、デザートは私ですなんて迫ったら喜んでくださるでしょうか? いやいやいや! 何を考えているの響! レオンさんの窮地なのよ⁉︎ 本当に何を考えているのかしら! 恥を知りなさい!)
これまで鬼として生きてきた彼女は初めて経験する恋に溶かされていた。
暗殺部隊に所属していた精神力により、ギリギリのところでよじりかけた身体を元に戻す。両手でパチンと頬を叩く。
(うわぁ……こんな響さんは見たくなかったかも)
と、なんとなく妄想していることが理解できたリディアはドン引きである。
肌が触れ合った対象の心が読み取れるということはすなわち――響の本心も丸見えであることを意味する。
《「がはっ!」》
「「リディア!」」
声しか聞こえない響とレベッカはレオンが暴力を振われたことを瞬時に理解。
己が暴力を受けるよりも悲痛な表情を浮かべていた。
一方、思考そのものが流れ込んでくるリディアはと言えば、
《痛ってえええええええぇぇぇぇ! マジ痛ってええええええぇぇぇぇ!
ざけんな! マジふざけんなよてめえ!
こちとらほとんど一般人だぞ⁉︎ 手加減ってもんを知らねえのか!
あー、もう怒った。俺をキレさせるとは大したもんじゃねえか。
覚悟しておくんだな! 神セブンがここを嗅ぎつけたときがてめえらの最期。
ほんとマジで覚悟しておくんだなぁ!》
(いや、あんたも他力本願すぎでしょ! 少しは自分で逃げ出そうとしなさいよ!!!! なにが神セブンがここを嗅ぎつけたときがてめえらの最後。ほんとマジで覚悟しておくんだなぁ! よ。全然ちっともカッコ良くないわよ!)
「「リディア!!!!!!」」
ピクピクと頬を痙攣させるリディア。レオンに骨抜きにされている二人は黙っている彼女に痺れを切らし始めていた。
《「みんなが性奴隷だぁ⁉︎ バァカか! 彼女たちはいずれ王都で輝かしい活躍をする才女たちだ! 両親に見捨てられ、身内に不幸があったにも拘わず、毎日を笑顔で懸命に生きている。彼女たちの未来は性奴隷なんかじゃない! 私の可愛い弟子であり、妹であり、自慢の娘たちだ! 私の目の前で悪く言うのはやめていただきたい!」》
「お願いリディア! 場所を特定できるなら私はなんでもするから! 何をしてもいいから! だからお願い! 早く見つけて!」
レオンの言葉に拳を握りしめるレベッカ。
噛み締める唇からは血が流れていた。
《彼女たちは俺のパトロンだ!》
(レベッカ。あんためちゃくちゃ騙されているからね⁉︎ いま、俺のパトロンだ! とか最低なこと考えてたヤツのために血を流してんのよ⁉︎)
《痛ってええええええええ! やっぱ痛ってええええええええ!
ちょっ、早く! 神セブンのみんな早く! 院長がまたボコられてますよ⁉︎
いいんですか! 一応、みんなと楽しい日々を過ごさせてもらった自負はあるんですけど⁉︎ もうそろそろ救出しに来ていただけませんか!》
(はいはい。わかってる! わかってるってば! 天才リディアちゃんが懸命に探してるから! だから悲鳴を上げるのはやめて。心が乱れちゃうでしょうが!)
「――いた! 北東、距離にして一・五メトラ! 古びた小屋があるわ――ってちょっと! 最後まで聞きなさいってば!」
場所が特定されるや否や一目散に駆けつける響とレベッカ。
その光景にツッコむもリディアも全速で追いかける。
勢いそのままに見張りの瞬殺。
そこに容赦という文字はない。返り血で真っ赤に染まっていくレベッカと響。
敵を「ぎゃぁ」「ぐはっ!」「どうしてここが――!」と次々に蹂躙していく。
響に限っては額に長い角を二本生やし、熱を帯びた――蒸気のような息をゴォォと吐いている。
師が師なら、弟子も弟子。初めて他人を斬ることになったにも拘らず、そこに一切の躊躇がない。
そこにはレオンに対する盲目なまでの忠誠心とまさしく剣聖になるにふさわしい精神力。
「レオンさん――あとでお説教ですからね」
レオンの無事を確認するや否や、今度は怒りが湧いてくる響。
自分の命を優先しなければいけない状況で愚弄を許せなかった彼の心遣いが嬉しくもあり、それが原因で暴力を振われたことに我慢ならなかったからである。
《なんで?
なんで俺が折檻なん?
いとも簡単に誘拐されたから?
男爵にボコられた後すぐに誘拐されたから?
自分で尻拭いせず、神セブンに救出されるまで待っていたから?
そんなんイジメやで?》
(ほら、またそうやってバカなこと考えてる。響さんもレベッカも――というか神セブンのみんなもこんなダメ男のどこかいいんだろ?)
「――レベッカ。ちょうどいい機会です。一撃で仕留めなさい。ただし、殺してはなりませんよ」
「わかったわ」
《いや、レベッカたん。ヒロイン補正エグない?
さっきやで? 君剣握ったんさっきやで?
俺じゃ逃げ出すこともできひんチンピラを峰打ちで――それも一撃で仕留められるように成長したん? ちょっと早すぎんへんやろか。どんな成長補正してるん?》
(……ふーん。やっぱ【天啓】使ったんだ。なんだろ。なんかムカつく。次から次に才能を覚醒させてさ……)
「あとで話があるから」
私はバサバサとチンピラを片付けていく二人を横目に『瞬間移動』を発動する。
《ギャルに脅されるオタク。夢が広がるよね》
「あんたまたしょうもないこと考えるでしょ? あとで二人で話あるから。返事は?」
「……はい」
《心なしかご機嫌斜めのようだ》
(当然! 節操なさ過ぎんのよ!)
《全力で許しを乞おう。俺はまだロリヒモ光源氏計画を諦めたくない》
(はっ、はぁっ⁉︎)
「今度という今度は絶対許さないから」
《そこをなんとかリディアちゃん……!》
(ダメったらダメ!)
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