第21話【レオン視点】

 どうもみなさんこんにちは。

 いずれ命を狙われるレオンさんです。

 今夜は眠れそうにありません。

 響さんが口にした事前予告の何が怖いって――断言したところだと思うんですよね。みなさんはどう考えます?

 これが、命を狙われるかもしれない、ならまだ話は変わってきたと思うんですよ。

 可能性は低いけど、なら、まだ良い方に考えられたから。いや、命を狙われるかもしれない時点で全然良くないんだけど。

 けど、いずれ命を狙われる、です。

 はい、その通り。断言です。

 まるで俺の命を狙う犯人のような口ぶりだったわけですよ。

 結婚してえな、と常々考えている愛しい女性から言われてみ? 震え上がってしょんべんチビっちまったよ。

 怖くてセクハラもできやしねえよ。俺生きている意味あるのかな? もう疲れたよパトラッシュ。君も疲れたろ? 僕もなんだがとっても眠たいんだ。

 で、俺の数少ない長所って何か改めて再考してみたの。やっぱ現実逃避かなーって。

 というわけで深く考えないことにした。

 響さんの真意を探らないことにした。

 日本人お得意の――生産性が低い原因――先延ばしを執行することにしたよ。

 そのときがきたら『土下座』しようと思ってる。

 命乞い?

 違う、違う。そっちはもう諦めている。

 死にますから、どうか筆おろしだけさせてくださいってお願いするつもり。これが本当の後生の頼み――やかましいわ!

 

 というわけで男爵家から孤児院に戻って来た俺はレベッカを呼び出す。

 チラッと響さんを確認したところ、コクッと頷いてくれました。

 よぉぉぉぉっし! 延命できたようだ。

 それにしても殺害予告しておきながらどうしてあんなにいい笑顔を向けられるんだろう?

 まるで私はレオンさんの味方です。レオンさんのやろうとしていることはわかっています。任せてくださいね、とでも言いたげな表情。

 一見、目と目を合わすだけで分かり合える以心伝心風だけど、ただの脅しですからね?

 やはりドスケベ院長に居場所なんて最初からなかったのか。

 くそ! どこでミスったんだろうか。

 やっぱり男のくせに男爵にフルボッコされている光景が情けなかったのだろうか。

 でも「もっとお体を大事にしてください!」って声かけてくれたじゃん。あれは嘘だったの? 

 もしかして「綺麗な顔してるだろ。ウソみたいだろ。死んでるだぜ。それで」をやるつもりなのかな? 全身傷まみれじゃ、全然綺麗な顔じゃないもんね。

 ため息は一万回ついたので、とりあえずブーケを一万本用意しておきます。

 泣きっ面に蜂だ。本当に泣けてきた。 

 残敗兵のごとく心身ともにズタズタの俺は今すぐエリスたんの法医術を受けたいのに我慢したよ。誰か褒めて!

「心配させてごめんね。でも大丈夫。ただのかすり傷だから。そんなことよりも――レベッカ。少しだけいいかい?」

 俺に名前を呼ばれただけで泣きそうなレベッカたん。

 これがキモ親父に名前を呼ばれたせいでこうなってしまったわけではないことを切に願いたい。

 ……えっ、違うよね? お説教されるかもしれない恐怖だよね?

 さすがに「レオンに呼ばれたんですけど。マジムリ」とかだったら俺がマジムリ。号泣すると思う。みっともなくわんわん泣き喚いてやる。これが娘に嫌われる父親の気持ちなのかな? あかん、辛い。

「ごめんねみんな。レベッカと二人きりにさせてくれるかな」

「……ぐすっ」

 ……めっちゃ嫌そうやん。俺と手を繋いで二人きりになるの、めっちゃ嫌そうやん。

 男爵に暴力を振るわれ、愛しい女性に殺害予告されて、娘からは嫌悪されるとか、地獄じゃねえか。なんて日だ!

 ひとまずレベッカたんを山奥に連れてきた。そこには大きな岩がある。

 実はこの岩、タネも仕掛けもある。孤児のみんなに喜んでもらいたい一心でマジックショーの真似事をするつもりだったものだ。

 腰を落としてレベッカたんを見据える。

 視界に入った彼女は奥歯を噛み締め悲痛の表情を浮かべていた。

 悲痛なそれは男爵の子に暴力を振るい、俺から折檻されるかもしれない恐怖――だと信じたい。

 俺はレベッカたんを優しく抱きしめることにした。

「――――――――えっ?」

になってくれてありがとう」

 俺はいつだって手札が少ない。【天啓】を除き、俺にできることは『褒める』『撫でる』『髪を梳く』『抱きしめる』『手を握る』『セクハラ』『土下座』である。

 これをレオンの七つ道具といいます。

 弱すぎ。ワロタ。

「うっ、ぐすっ、バカなの? どうして怒らないのよ……?」

「怒る? どうして?」

 本当にどうして? 

『父親代わりの院長を嫌悪するなど言語道断だ!』と、怒れと?

 いや、さすがにそれは大人気なさ過ぎんだろ。変態ドスケベ院長の俺でもさすがにそれは言わないよ。凹むだけさ。

「ひぐっ、うっ、うっ、だって、だって私が――私が手を出したから!」

「ああ、そういうことか」

 良かったぁぁぁぁ! 

 マジ良かったぁぁぁぁ!

 涙と震えの理由が俺に対する嫌悪じゃなくてマジ良かったぁぁぁぁ!

 ほんと「キモい」とか言われたらどうしようかと。内心バクバクだったんだから。

 ライフだってとっくにゼロなのにこれ以上追い討ちされたら『レオン、死す』デュエル・スタンバイ! しなくちゃいけないところだった。

 もしくは『追伸。探さないでください』って置き手紙するところだったからね?

 ……いや、わかってたよ? さすがのレベッカたんも反省しているって。レオン信じてた!

 レベッカたんに面と向かって「キモい」と言われなかっただけで、驚くほどの全能感を得る俺。赤いオジサンが星を手に入れたときの気分である。まさしく無敵。ヒャッフゥ!

 俺はレベッカたんの燃えるような紅い頭を撫でる。そう七つ道具の一つ『撫でる』発動である。

 今のところ神セブンのみんなには一人を除き効果抜群だ。例外のその子は土タイプに十万ボルドを放っているかのように効果がない。あれは凹む。

 ちなみに上位互換『髪を梳く』は『かみなり』に当たるため、やっぱり効果がありません。おのれリディアめ……!

「いいかいレベッカ。私は貴族がうら――じゃない。嫌いなんだ」

「……嫌い?」

 うおっと危ねえ⁉︎ あやうく貴族が羨ましいという本音が漏れそうだった。

 努力は報われるなんて耳触りのいい言葉は半分嘘だ。

 人間には努力が報われるための下地が必ず必要だというのが俺の持論。

 貧乏な家庭に生まれた子どもと優秀な遺伝子を受け継ぎ、英才教育という経済力ある家庭に生まれた子ども。

 どちらが恵まれているかなんてのは一目瞭然だ。貴族の生まれ、というのは滅多なことでマイナスにはならない。たいていプラスに作用する。異世界に馬小屋で生まれた俺が言うんだから説得力あるだろ?

 だいたい戦闘系チートもなく平民スタートの異世界生活とかハードモード過ぎ。鬼かよ。

 あっ、鬼は響さんか。

 どうして「怒ったかんな。許さんかんな。お前殺すかんな」って告げられたんだろう。

「ああ。もちろん中には人格者――なるべくして生まれた人もいる。けれど権力を盾にして威張り散らし、義務を果たさないような貴族は許せない。だからレベッカが私の代わりに懲らしめてくれて助かったよ。私が手を出したら孤児院が回らなくなっちゃうからね」

 これは本音。

「でもそのせいでレオンが――」

「――こんなのツバをつけときゃ治るよ。なんならレベッカが舐めてくれてもいいよ?」

「ばっ、ばばばバカ! 舐めないわよバカ! 変なこと言わないで!」

 そんな必死に否定しなくても……やはり幼くてもレディということか。生理的に無理だから、とか思われたんだろうか。

 なんだろう。世の中のお父様がすごくカッコ良く思えてきた。娘にキモがられ、女房の尻に敷かれ、そんな家族の生活費を稼ぐために職場という戦場に毎日出動する。

 ――狂戦士バーサーカーかな?

 あれ、レベッカたん、りんごみたいに真っ赤じゃない? まさしく怒髪天をつくと言わんばかり。

 もしかして俺の『セクハラ』に怒り心頭だったりする?

 ごめんね。でも俺の数少ない七つ道具の一つだし、これを手放したら俺の個性は消えてなくなっちゃう。

 とりあえず咳払い。取り繕うように笑みを顔面に貼り付けておく。

「……ごほん。まあとにかく、子どものレベッカが気にするようなことは一切ないってことだ」

「うっ、うん」

 ……あれ、なんかまた泣きそうになってんだけど⁉︎ レベッカたんがまた泣きそうになってるんですけど⁉︎

 もしかして嫌われた?

 セクハラど変態院長ことレオンと離れたいって思っちゃった?

 やべえぞ。これ以上俺を嫌悪する女の子を増やしてみろ。命がいくつあっても足りやしねえ!

「よく聞いてくれレベッカ。君には無限の可能性がある。今は思うように結果が出ていないだけできっと輝かしい未来が待っているだろう。だからこそ歩むことができる道を限定しまうのはすごく躊躇らわれるんだが――」

「――私、頭が良くないからわかんないわよレオン。もっとハッキリ言って!」

 ふご! なんか良いことを言ってますよ、的なことをしようと思ったら逆に怒られてしまった。

 こういうズバッと一刀両断してくるところがレベッカたんの長所だ。

 ちなみに俺の心もズバッと切られました。

「レベッカ。君には才能がある。磨けば必ずその分野で輝くことができるほどの才覚だ。けれど、私はそれを薦めていいかずっと迷っている。それはもちろん現在もね」

 だって、君、いずれ剣聖にまで上り詰めちゃう才能の持ち主だし。

 仮に甘美な性生活を送れるようになったにも拘らず、夜道で鬼と剣聖に挟まれてみ?

 殺人鬼と殺人鬼に剣術を叩き込まれた弟子やで?

 そんなん無理やん。逃げられへんやん。

 言うといてや殺すつもりなんやったら。

「教えて! みんなの背中を追いかけ続けるのは嫌なの! 私も肩を並べて歩きたいの! レオンの――響さんの――みんなの! 孤児院の役に立ちたいの! レオンがどうして躊躇しているかは知らない! でも必ず期待に応えてみせるから! もう二度と裏切るようなことはしない! だからお願い――お願いします! 私にそれを教えてください!」

 なんかめっちゃ必死やん。必死の嘆願やん? レベッカたんと俺の熱量、引くぐらい違えへん?

 って、おいおいおい⁉︎ 君なにしてんねん!

 それ『土下座』やないか! 俺の七つ道具をパチリおったでこいつ!

 そっ、そそそそんなに潜在している才能知りたいん? 覚悟はあんの? 俺はないよ。

 斬り捨てられる覚悟なんか俺はないって。

 しかし、ここでレベッカに剣術の才能があることを隠し通してみろ。

 響さんは乗り気、レベッカたんは真剣そのものだぞ?

 つまり俺に剣術を伝えない選択肢はない。

 覚悟を決めろ――レオン!


「――わかった。私も覚悟を固めるよ。レベッカ。君の才能は――」


 ごくり。

 生つばを飲み込む。

 カラカラの喉で俺は続けた。



 ――剣術だ。


 これがレベッカたんが剣聖に至り、近衛騎士として俺を監視することになった元凶である。

 

 ちなみに。このあと俺はめっちゃ説いた。めちゃくちゃ説いた。暴力はいけませんよ。ましてや人殺しはもっといけませんよって。

 こっちも命が掛かっているんだ。

 必死になって何が悪い。

 レベッカたんには大切な人を守るために剣を払って欲しい。騎士道を忘れないで欲しいと。要するに俺を殺さないで欲しいと間接的に説いておくことにした。

 ……俺の想い、届いていたらいいな。

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