第20話【レオン視点】

 俺は内心迷っていた。

 レベッカたんの矯正は急務だ。それは間違いない。

 彼女は焦りと不安からじゃじゃ馬娘に拍車がかかっている。このままでは手に負えなくなるだろう。

 しかし、彼女の才覚は――剣術である。

 俺を飲み込まんばかりに沸るオーラから考えるにおそらく剣聖まで上り詰めるそれだ。

 言うまでもなく彼女の進路先は騎士団になるだろう。

 ……ここで改めて告白しておくが俺はクズだ。ゲスのどすけべだ。

 幼女たちを立派に育て上げ、寄付を募る形で貢いでもらい、あわよくばにゃんにゃんを画策している。

 俺がみんなと一戦を超えるためにはラスボス響さんの目を盗んで事に及ぶ必要がある。

 ベロチューして、下着を脱がせ、ぱいおつを揉み、全身を舐め回して、合体するのが俺の夢である。

 娘であり、弟子であり、妹でもある彼女たちに手を出せば、響先生が黙っていないだろう。

「あははは! 死ね! 死ねええええ!」などと口にしながら殴られ続けるのはごめんである。

 つまり、エッチに持ち込むためには慎重な行動が求められる。

 レベッカたんは間違いなく騎士道を駆け上がる。俺の眼に狂いはない。

 いずれ王国内のVIPを護衛、場合によって騎士団を先導する立場になるだろう。

 そして自慢じゃないが、俺が神セブンと名づけた彼女たちは全員王国の主要人物になられるお方だ。

 平民で、ドスケベで、他人の才覚を見抜くことしか能のない俺など足元にも及ぼない存在になること間違いなし。

 立場が逆転したことで、俺のことを慕ってくれていた彼女たちも「脚を舐めなさい」と命令される日が来るかもしれない。

 ……えっ? 舐めていいんですか?  店長、足舐め入りま〜す! 喜んで!

 ごほん。脱線した。

 俺が言いたいことは神セブンとにゃんにゃんするためには王都で活躍する彼女たちが帰省したときがチャンスだということだ。

 成人した彼女たちならお酒も飲めるようになっているだろう。

 あんなことがあったね、と懐かしむように思い出す過去話。火照る身体。服が着崩れ、目は異性を求めるようにうろんとなり。

 朱色に染まる頬。熱を帯びた息が耳にかかり、絹を扱うかのように優しく触れる俺。

 やがて訪れる一夜の間違い。それは背徳で――二人を燃え上がらせ、理性がとろとろにとろけるまで互いを求め合う。

 そういう男に私はなりたい。レオを。

 つまり、一夜の間違いを犯すためには護衛に付き纏われてはそういう雰囲気になったとき邪魔なのだ。

 レベッカたんは良くも悪くも仲間思いの優しい女の子。成人した彼女たちの誰かが帰省する度に一緒に戻ってこられたら、エッチに持ち込めない。

 くんずほぐれず、局部を交わらせる関係になるためにはレベッカたんから先に堕とさなければいけないというわけだ。

 しかもレベッカたんが強くなれば戦闘力は大幅に向上するに違いない。チカラでは決して敵わなくなってしまう。

 男の威厳など俺には不要だが、彼女を押し倒そうとして張り倒されるような無様な経験はしたくない。

 ……一人ぐらい、普通の女の子がいてもいいんじゃないだろうか。

 錬金術師のクウ、作家のスピア、まさかの王女さまであることが発覚したレティファ、聖女まっしぐらのエリス、頭脳派のシオン、魔術の才能に長けたリディア。

 才女はもう十分である。わざわざ俺をいつでも切り捨てられる少女に育てる必要があるだろうか。

 そんなのは響さんだけで間に合っている。

 脳をフル回転させる俺。

 レベッカたんの才覚に見て見ぬふりをする大義名分が欲しい。

 罪悪感に押しつぶされないような言い訳があればベストだ。

 考えろ。考えるだ俺。

 何か――何かないか? 

 レベッカたんが剣を握らずに普通の少女として生きていける道が。俺が良心の呵責に苛まれない都合の良い理由が!

 熟考する俺。

 やがてそのときがきた。

 ――見えた!!!! これだ! これしかない! 

 思いついたのは天才的な閃き。何が素晴らしいって責任の所在を有耶無耶にできる点だ。言い逃れや無責任は十八番である。

 不祥事や大問題が発生したにも拘らず、責任者が不透明でいられるのは日本人の特権である。

 俺はそれを今――行使する!

 余談だけど、無責任って言葉めちゃくちゃエロいよね。俺も響さんに無責任ピーしたい。

「ダメです、ダメ! いやぁっ」なんて鳴く声で耳を幸せにしながら無責任ピーしたい。

 いや、響さんならむしろ責任を取らせて欲しい。孕ませたい。

 ……あかん、また脱線した。

 とにかくレベッカたんが才能を発揮できなかった責任を早く手放そう。

 そのためには――。

 俺はチラリと隣にいる響さんを見る。

 彼女はどうかしましたか、と首を傾げて俺の言葉を待っていた。

 なあ、うちの嫁さん可愛いすぎない? 血を見て興奮する体質さえなかったらすぐに押し倒しているところだ。

 俺はまだ汚い花火になるわけにはいかない。

「実は――響さんにしか相談できないことがあるんです」

「れっ、レオンさんが私にしか相談できないこと……? わっ、私気になります!」

 なぜ異世界人である響さんがその台詞を? と疑問に思った俺だが、ひとまずスルーして、

「もしかしたら二人で墓まで持っていくことになるかもしれません」

「二人で墓まで⁉︎ ちょっ、ちょちょちょっと待ってくださいね! すーはー、すーはー。はいっ! どっ、どどどうじょ! 心の準備はできています!」

 見るからに動揺する響さん。まっ、まさか話す前から無責任ピー作戦を嗅ぎ取って……⁉︎

 くっ! なんという嗅覚の鋭さ! 警察犬かよ!

 だが、ここで怖気つくわけにはいかない。俺はにゃんにゃんしたいんだ! 童貞を卒業したいんだよ! そのためだったら俺は――悪魔にだって魂を売ってやる!

「レベッカの今後についてなんです」

「はい! 末長く――レベッカの今後⁉︎」 

 俺が打ち明けると先ほどよりも慌てふためく響さん。

 末長く……? いま末長くって言ってなかった? どっ、どういう意味だろうか? ダメだ、考えれば考えるほど意味不明だ。

 とにかく今は無責任ピー作戦を成功させなければ。

 俺の狙いは、レベッカが剣を握ることを響さんに反対してもらうことだ。

 彼女は特殊な過去の持ち主だ。罪人をバッサバサ切り捨ててきた――剣を握るしか道がなかった女性である。

 しかし俺は知っている。響さんが心優しいことを。血を好むのは鬼の性質であり、本音では争いを好まない性格だということを。

 それは孤児たちと過ごしているときに浮かべる幸せそうな笑顔がなによりの証拠だろう。

 俺と響さんにとってレベッカは娘だ。

 彼女の活躍を祈る一方、危険な目に遭わせたくない親としての想いもある。

 レベッカの戦闘力がリミットブレイクする、俺の息子がブレイク(何かがちぎれるという意味――何かってナニよ⁉︎)する危険が高まってしまう。

 どうせならテクノブレイクを希望だが、使い道がないままブレイク(破壊)されることになりかねない。

 嫌だぁぁぁぁ! 童貞は、童貞だけは捨てさせてくれ!

 そんな内心はおくびにも出さず、顔面に深刻を張りつけて響さんに聞いてみる。

「――レベッカの才能は剣術なんですが……打ち明けるかどうか悩んでて。響さんの率直な意見を聞かせてください」

 だっ、駄目だ…まだ笑うな…

 こらえるんだ…

 し…しかし…

 響さんは剣を握ることの残酷さを身をもって経験している。

 血で血を拭う戦場を知っている彼女なら愛しい娘が同じ運命を辿るかもしれない才能を手放して喜べるだろうか。

 三十五秒で勝ちを宣言しよう。

 内心で真っ黒な笑みを浮かべる俺だが、本当に悩んでいることや葛藤、本音の部分も包み隠さず話す。

 三流の詐欺師は全てを嘘で塗り固める。しかし、一流の詐欺師は本音の中に下心を隠すのが上手い。俺もそれに習う。

 剣術の道に進むことでレベッカが危険な目にあう可能性は高くなるだろう。

 しかし、だからといって自衛の手段を持たないこともまた危険。

 一方、レベッカが剣を握ることで冒険者としての道も開けてくる。

 正直に告白すれば、これはもうレベッカがどちらを選ぶか、だろう。

 その前段階で響さんの意思を確認しているに過ぎない。

 だが、この後どいういう結末が待っていたのかは前述のとおりだ。以下、響さんの反応抜粋だ。

「なっ……!」

「はぁ……」

「まさか男爵に手を上げられているときにそんなことを考えられていたのですか?」

「本当に貴方という人は――」

「レオンさんの身近にいる人の気持ちも考えてあげてください!」

「こういうことはちゃんと私にも相談してください。あの子たちの問題は私たち二人の問題でもあるのですから」

「自分ばかり思い悩んで肝心な事は相談してくれない。そんなに私は頼りないですか(ぶつぶつ)」

「レオンさんにはがっかりしたとそう言ったんです!」

 予想外過ぎて「なん……だと……」と霊圧が消えかかっている俺に響さんは迷う事なく宣言する。


「レベッカに剣術の才能⁉︎ 素晴らしいじゃないですか! いずれ命を狙われるレオンさんにとっても決して悪い話じゃありませんよ? そうと決まれば話は早いです! 帰ったら是非レベッカの意思を確認した上で教えてあげてください。後のことは全て私が責任を持って鍛え上げますから! ふふっ、期待しててくださいね?」

 

 ……いずれ命を狙われるレオンさん?

 決して悪い話じゃない?

 頓智とんちかな? すごく悪い話を耳にした気がするのは気のせいかな。

 それと勝手に話を進めないでいただけます? 全然話は早くないと思うのレオン。

 この喜びよう……あれ、もしかして響さん、サイコパスですか。人を切り捨てる快感を娘にも教えてあげたいとか思うヤバい女性ですか?

 いや、わかってます。わかってます。

 この世界って男尊女卑ですし、女の子が一人で生き抜くためには何かしらのチカラが必要ですもんね? うん、それはレオン知ってた。 

 ……けど、即決しちゃうんだ。ふーん。

 てっきり複雑な表情を浮かべると思っていた俺は響さんの言動に戸惑わずにはいられなかった。

 

 ……ごめん。

 やっぱり、いずれ命を狙われるレオンさんって何? えっ、ちょっ、えっ……?

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