第22話【レオン視点】

「立ちなさいレベッカ……!」

「うっ、うう……!」

 遠く離れた先で響さんとレベッカが木刀を結んでいた。

 果敢に挑むレベッカは容赦なく弾き返され、何度も何度もぶっ倒れている。

 遠目からでもスパルタ教育という単語が脳内に浮かぶ。

 ……怖え。

 鬼修行怖え……!

 戦闘狂を思わせる響さんの一面に鳥肌が立つ。

 レベッカは俺から剣術の才能があることを聞くや否やすぐに響さんに弟子入りをお願いした。

 そこに一切の迷いはなかったように思う。

「まさかもう立てないのですかレベッカ。その程度でレオンさんを――みんなに迫る魔の手を払いのけられるとでも思っているのですか。いいですか。今後レオンさんは貴女たちの才能を見抜き、育て上げた賢者として命を狙われる立場になるでしょう。彼もそれを覚悟してか、滅多なことでは表舞台に立ちません。顔を覚えられることを避けているのでしょう。王都は魔窟です。極悪非道の錬金術師、魔術師が息を潜めています。騎士になるということはそういうゲスを相手にするということです。命を落とす覚悟、命を奪う覚悟を見せなさい!」

「……はいっ! 私は必ずレオンを魔の手から――みんなを守る剣になってみせます!」

「いい返事です。さあ来なさい!」

「行きます!」

 縮こまったように丸くなるレベッカは全身にムチを打つように――生まれてきた子鹿のように足腰を泳がせながらも立ち上がり、再び響さんに立ち向かっていく。

 それを躊躇なく叩き潰す響さん。

 いくら修行をレベッカが望んだとはいえ、見ていられない光景だった。

 俺の胸中は、やめてー。やめたげてー。

 レベッカたんが、うちのレベッカたんがぁぁぁぁぁ、である。

 いくら自衛手段を身につけるためとはいえ、鬼教官過ぎやしないだろうか。

 まるで神セブンの護衛に命を賭けているような執念が感じられる。

「危ないですからレオンさんはこの線から先に入らないでくださいね」と注意され、遠く離れた先の光景なので、二人がどんな会話をしているのか、いまいち聞き取れない。

 しかし、両者、並々ならぬ執念である。

 野望や使命を感じさせる光景とでも表現すればいいのだろうか。

 少なくとも、覚悟がなければ色んな意味で折れてしまいそうな鬼修行である。

 俺は二人の会話――もとい、覚悟が気になっていたので、遠隔地の音を拾う風魔術『同調聴覚』を発動する。

 これは聴覚を同調させることで、風が触れた音を拾うことができる遠見系魔術の一つである。

 中等に分類される魔術。自他認めるザコの俺がなぜこの魔術を習得しているかといえば――水浴びや衣擦れ、嬌声を楽しむためである。

 本当は透視や透明化といった定番のそれを習得したかったのだが、万年Eランクの俺に高等魔術を覚えられるわけがなく。

 穴という穴から血を垂れ流すような地獄の修行により習得した。

 エロは偉大である。なにせ不可能を可能にしてしまうのだから。

 英雄はHERO。

 HとEROだ。

 つまり俺は英雄ということになる。QED証明完了。

『同調聴覚』により風が拾った音が直接脳内に流れ込んでくる。

 ここで一つ残念なお知らせをしなければいけないのだが、俺は『同調聴覚』を完全に習得できたわけではない。

 あくまでもどきであることはご容赦願いたい。

 しかし、孤児院に新設された浴室(クウがリフォームしてくれた)で効果は確認済み。

 響さんのシャワータイムを盗聴したところ終始「ザアァァァァァ!」というお湯が流れる音を聞いている。

 えっ、それただの放水音じゃね?

 ツッコんだら負けである。

 ちなみに俺は脱衣所で「んっ」と下着を脱いだときに発せられたであろう響さんの声一つで大満足である。

 コキコキと首を鳴らす俺。

 さて、万年Eランクにも拘らず、王都の魔術学校を卒業した俺様の実力を見せてあげるとしますか。

『まさかもう立てない…その程度でレオンさん――迫る魔の手…払いのけられる…思っているのですか…今後レオンさんは…極悪非道…息を潜めています。騎士になるということは…ゲスを相手にするということです…命を奪う覚悟を見せなさい!』

「……はいっ! 私は必ず…魔の手から――みんなを守る剣になってみせます!」

 ???????????????

 えっ、はっ? うん? はっ?

 ???????????????

 響さんとレベッカの使命を盗み聞きした俺は大きく首を傾げずにはいられなかった。

 なんかめちゃくちゃ物騒な会話を耳にしてしまったのは俺の勘違いだろうか。いや、勘違いだと信じたい。お願いだから勘違いだと言ってくれ。

 ここで俺は響さんの言動を振り返ってみた。

 ①「レオンさんの身近にいる人の気持ちも考えてあげてください!」

 周囲は女の子ばかり。なのに唯一の男が俺のような変態ドスケベ院長ときたもんだ。

 つまり女の子たちは俺のことを気持ち悪がっている……? 気持ち悪い男に育てられているこちらの身にもなって欲しい。

 そういう意味だろうか?

 ②「レオンさんにはがっかりしたとそう言ったんです!」

 いよいよ表現が直接的なものになった瞬間である。

 あの表面的には優しかった響さんが鈍感な俺に分からせるために放った一言。

 俺は唯一の男だ。相手がいくら男爵とはいえ、先にちょっかいを出したのはクソガキなのだから、ガツンと男らしいところを見せて欲しかったのかもしれない。

 ようやく活躍できる機会が訪れたにも拘らず、フルボッコ。

 男爵を血祭りにしたのは俺の不甲斐なさに対する怒りも混じっていたのだろうか。

 もしそうなら男爵はとんだと八つ当たりだ。御愁傷さまである。そして俺はただただ辛い。泣きたい。

 ③「――覚悟して、くださいね」

 処刑が決まりました。

 俺に制裁を与えるようです。

 殺るならひと思いにやって欲しい。苦しみながらは嫌だ。

 考えてみれば響さんは俺のロリヒモ光源氏計画を落とし込んだ資料を一目見た瞬間から腹の底が煮えくりかえっていたに違いない。

 だからこそ、覚悟して、くださいね、だろう。

 とはいえ執務が苦手な響さんも孤児院の運営が綺麗事だけでは成り立たないことを身を持って知っている女性である。

 卒院した娘たちから寄付を募る形で回していくことを反対すれば代案を求められる立場になる。

 つまり、響さんは俺の経営方針に屈辱を覚え、軽蔑しながらも孤児たちを育てていくためにゲス計画を飲み込んだことになる。

 それ故の――台詞。私も罪を背負う覚悟ですが、いずれは罰を与えます――ということだろうか。

 どうせ二人で地獄に堕ちるなら、先に童貞卒業で天国に寄ってからお願いしたいものである。

 ④「もっとお体を大事にしてください!」

 制裁を加えるんだから、それまでは五体満足でいろよ。不満足にするのは私たちなんだから……。

 ひぇっ⁉︎

 ――やっぱり響さんって殺人鬼なんだ。

 やり方や手口がエグいよ。

 綺麗な花には棘があるっていうけど本当だったんだ。外見と表面上の言動はめっちゃタイプなのにな。

 よくこんな美人を抱けるなら死んでもいいって聞くじゃん? 俺にとって響さんってそういうタイプの女性なんだよね。

 だからこの際、死ぬのはいいとして(なんかもう感覚がマヒしてきたのかな?)エッチだけはさせてくれないだろうか。

 ⑤「……最低です」

 はい、その通りです。マジですみません。

 響さんとエッチしたい。響さんに筆下ろしして欲しい。響さんに孕んで欲しいとか思って申し訳ございませんでした。

 下心で幼女たちを育てるとか、マジ最低ですよね俺。

 間違っていたのは俺だ! 世界の方じゃない! 反逆のレオン閉幕です。

 ⑥「レベッカに剣術の才能⁉︎ 素晴らしいじゃないですか! いずれ命を狙われるレオンさんにとっても決して悪い話じゃありませんよ? そうと決まれば話は早いです! 帰ったら是非レベッカの意思を確認した上で教えてあげてください。後のことは全て私が責任を持って鍛え上げますから! ふふっ、期待しててくださいね?」

 へえ……響さんってば、よりにもよって天誅は娘にさせるつもりなんだ。

 いや、それぐらい神セブンのみんなの鬱憤が溜まっていることなのかな?

 ……胸の奥深くに閉まっていたドス黒い欲望は別にして表面上は優しいお兄さん、カッコいいお父さんを演じられてきたと思ったんだけど……剣術の才能を聞いて、嫌っている俺に微笑みかけてしまうぐらい嬉々としちゃうかー。

 とうとう「いずれ命を狙われる」「話は早い」「私が責任を持って鍛え上げますから」「ふふっ、期待しててくださいね」だもんな。

 それを総合的に勘案し、響さんが言い放った言葉を補完してみると、

『まさかもう立てない《んですか》その程度でレオンさん《から》迫る魔の手《を神セブンのみんなから》払いのけられる《とでも》思っているのですか。今後レオンさんは極悪非道《セクハラ三昧》《貴女たちが成長するまで》息を潜めています。騎士になるということはゲスを相手にするということです《レオンさんの》命を奪う覚悟を見せなさい!』

『……はいっ! 私は必ず《レオンの》魔の手から――みんなを守る剣になってみせます!』

 なんなん。俺がなにしたん? 

 才覚溢れる幼女を育てて、貢いでもらって、美味しいものを食べて、幼女たちとたくさん遊んで「すごい!」「カッコいい」「天才!」と無条件で称賛してもらって、あわよくば崇拝してもらって、美少女に育った彼女たちが嫌じゃないなら夜の相手をしてもらおうとしただけじゃん! 

 それの何が悪いんだよ! 

 ひどいよ! みんな寄って集って俺のことを嫌悪して!

 響さんをついつい目で追っちゃうのだってシコい身体をしてるのが悪いんじゃん!

 俺だけが悪いんですか? 俺だけが罪なんですか? あーもう、やってらんねえよ!

 大粒の涙を流して踵を返す俺。

 当てどころもなく森の中を疾走する。

 やがて体力のない俺はすぐにバテていると突然視界がブラックアウトした。

 黒い何かを被せられたのだ。

 結論から言う。



 ――俺は何者かに誘拐された。

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