第24話 図書室の怪 ⑧
「すずしろー」
灰色の空間にわたしの声がひびく。
ほんとにすずしろが来るのかなあー?
そう思った瞬間、『は――い』というかわいらしい返事と一緒に、わたしの目の前にすずしろが現れた。
ほんとにあらわれた!
わたしはびっくりして目をぱちくりした。
腕に感じる、ふわふわっとしたすずしろの柔らかい感触。すずしろの温かさが、わたしの勇気になる。わたしは、「あのね……」と手短に説明をする。
『ふううん。いろいろよくわからないけど、なずなの頼みならきいてあげる。あとで、帰ったら、金平糖ちょうだいね! プリンでもいいよ。なんなら、なずながお菓子を作ってくれても……』
「今日はもう遅いから、明日、白玉団子を作ろう! それなら、わたしでも作れる!」
『契約成立だね! なずな、呪文、覚えている?』
「うん」
わたしは、首にさげている首飾りをとりだして手に持った。そして、おなかに力をいれて呪文を唱えるために息をすう。目の前には、
「ちちんぷいぷいごよのおたから、ではれ!」
首飾りの月長石がきらきらと輝きだす。
その光は、一直線に
灰色の世界に、色とりどりの紙吹雪が舞う。そして、紙吹雪が収まると、そこには、黒い長い髪、黒い瞳、
そして、世界はさっきまでいた図書室にもどっていた。
◇
「もう、イケメン……。これ以上……、なずな……」
普段図書委員が座っている貸出カウンターの上につっぷしてリサちゃんが眠っていた。幸せそうな顔をしていて、寝言まで言っている。カウンターには小さな籠が置かれていて、その中で体中包帯でぐるぐる巻きになっているテンがおなかのあたりを上下させて眠っていた。
よかった。
「……リサちゃん」
わたしは、カウンターの中に入ってリサちゃんの手を触った。
「そ、そんな……うひゃひゃひゃ……ん? ……なずな?」
「ハハ……終わったよ」
リサちゃんが、はっとしたように顔をあげた。わたしの顔を見ると、手をのばして、ペタペタと体を触った。
「よかったぁ。無事だったぁ。リサも柳井センパイについていこうとしたら、ここで待っているように言われたの。テンもケガしていたし、足手まといにしかならないって……。あれ? すずしろ?」
「リサちゃんが柳井センパイを呼んできてくれたから、すずしろを呼べたわ」
すずしろがカウンターの上にひらりとあがった。得意そうにしっぽをぴんと立てている。
「それで、さっきの物の怪は? 退治したの?」
「さっきのは……、手紙とかを運ぶのに使った
「え? すずしろってそんなことができるの? すごいじゃん! かわいいだけじゃないくて、かっこいいんだ。すごいじゃん!!」
『でしょー! ボクってすごいんだよ』
「あー見たかったなぁ」
リサちゃんが心底残念そうな顔をした。ふふふっとわたしとすずしろが笑った。がやがやしていたせいで、眠っていたテンが目を覚ました。
「テン、けがをしたの?」
『リサが手当てしてくれたナ。もう大丈夫ナ』
テンは立とうとしたけれど、また、へなへなっと籠の中に倒れこんでしまった。
「触ると痛がるから、リサが応急処置をしたの。明日、獣医さんに見せるわ」
リサちゃん、それは無理じゃない?
テンは一見狸に見えるけど、れっきとした物の怪よ。
そう言おうとして、わたしは、いいことを思いついた。ひらめいちゃった!
「ねえ、すずしろ。すずしろの癒しの力は、悪霊になった物の怪を癒すだけではなくて、テンのケガも治せる?」
『お安い御用だよ!』
『そ、そんな、おやかたさまに力を使わせてしまうなんて……』
恐縮するテンをするっと無視して、すずしろがわたしの方にやってきた。目を大きくして、ぺろりとなめずりをしている。
『じゃあさぁ、明日の白玉団子、三好堂であんこを買ってきて、うんと、甘くしてね!』
「うん、いいよ。でも、今日みたいにおなか壊さないでよ?」
『おなかなんか壊さないよ。今日のは仮病だよ。仮―あっ』
言ってしまってから、すずしろがまずいと思ったのか大きなあくびをしている。
へぇ……。仮病だったんだ。
じゃあ、すずしろは、最初から、今日の物の怪退治は安倍くんのお芝居だってこと知っていたんだ。へぇ……。
わたしが、じとっとした目ですずしろを見ると、すずしろがさっと視線をそらした。そして、『じゃあ、三好堂のあんこはなしでもいいよ』とそっぽを向きながら小さな声で言った。
かわいすぎる!!
リサちゃんも口を手に当てて真っ赤になっている。すずしろの態度は、メロメロになるだけの力があった。もう、許すしかない。
「大丈夫だよ。おばあちゃんに頼んで買ってきてもらうから!」
わたしの言葉を聞いて、すずしろのしっぽがぴんと立つ。
『なずな! 呪文!!』
わたしは、呪文を唱えるために息を吸う。すうっと体に力が入ってくるよう。テンのケガが治るように祈りながら、呪文を唱える。
「ちちんぷいぷいごよのおたから、ではれ!」
首飾りの月長石がきらきらと輝きだす。その光は、一直線にテンに伸びていき、テンを包み込む。そして、ゆっくりとその輝きをなくしていく。
『どこも痛くないナ! ありがとうございますナ!!』
テンが籠から出てくると、すずしろの前で頭を下げている。すずしろがテンに何か耳打ちをした。テンの目が一瞬大きくなって大きく頷いた。そして、きょろきょろとまわりをみだした。
『なずな、アオは?』
「安倍くん? 安倍くんなら、あっちで、柳井センパイにすっごく怒られている」
わたしは、リサちゃんたちが抜け出した非常口の方を見た。二人は扉の向こうにいるから、二人の話し声はわたしたちのいるカウンターまで届いてこない。
『ユウはいつも怒っていて怖いナ。おらも怒られるかナ?』
「もし、柳井センパイがテンを怒るようだったら、リサが文句言ってあげるから大丈夫よ」
『リサはユウより怖いナ?』
「そんなことない! ない!!」
リサちゃんが顔を真っ赤にして、右手をぶんぶん振って否定する。わたしとすずしろはそんなリサちゃんを見て、笑った。そのうち、リサちゃんも一緒になって笑った。
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