第23話 図書室の怪 ⑦
『
安倍くんの胸に、体を預けている女性の形をした何かの髪がどんどん伸びて、真っ黒な闇が広がっていく。ぞっとする寒気が襲い掛かってくる。
「あ、安倍くん、お、お芝居の続きなのかな……?」
お願い。そうだと言って!
わたしは両手で自分を抱きしめながら、かすかな期待を込めて安倍くんを見る。安倍くんが唇をかすかに揺らした。声がでてこない。そして絶望的な顔をして首をふった。
そんなぁあ――!
どうすればいい? わたしは、陰陽師のようなことはできない。すずしろもいない。柳井センパイもいない。どうすれば――。
パニックになりそうな頭をフル回転させる。
女性の形をした何かは真っ白な指で安倍くんのほほをなぜ、頬ずりをする。安倍くんの顔色がどんどん悪くなっていく。
『アオから離れろ――!!!』
テンが女性の形をした何かにとびかかって、その顔をひっかこうと爪をとがらせた。
『去ね!』
女性の形をした何かが軽く右手をあげると、テンは投げ飛ばされた。ドサっとリサちゃんのそばに落ちる。リサちゃんが、ぐったりとしたテンにかけより、抱きかかえる。
「ちょっと! なんてことするの! 弱い者いじめじゃない! こんなに小さなムジナを投げ飛ばすだなんてひどい!! 」
リサちゃんが怒って、女性の形をした何かに息を荒くして喋った。
『誰じゃ? 愛しい人の新しい恋人か?』
女性の形をした何かが安倍くんから手を放し、リサちゃんの方を見る。呪縛から解放されて、安倍くんは膝をついて、「ゲホゲホッゲホッ……」と、大きくむせている。
テンを抱いて睨みつけているリサちゃんを見て、女性の形をした何かが唇の端を大きくあげた。袖の中から、巻物を取り出す。
まずい!
どう考えても、あの巻物を使ってリサちゃんを攻撃するつもりだ。
リサちゃんは身を守る方法を持っていない。
とっさに、わたしは女性の形をした何かに思いっきり体当たりをした。
わたしに体当たりされた女性の形をした何かはよろめいて、数歩後ろに下がる。手にしていた巻物が床に落ち、蛇のようにうねうねと動き出した。どんどん長さが伸びていく。
「なずな!!!」
「柳井センパイを呼んできて!」
リサちゃんが一瞬目を大きくしてから、口を開きかけ……最後に大きく頷いたのを確認すると、わたしは、女性の形をした何かを睨みつけた。
「あなたの相手はわたしよ!」
『ほほう。愛しい人の想い人はお前か?』
真っ赤な目がリサちゃんからわたしへとターゲットを変えた。
よし! ノープランだけど、なんとかする!
リサちゃん、柳井センパイをここへ連れてきてね! 頼んだよ!!
わたしはさっきの安倍くんの手刀を思い出して、左手の中指と人差し指を伸ばし、親指でほかの指の爪を隠すようにして手刀を作る。女性の形をした何かが『ほう』とつぶやくと、彼女の足元でうねうねしていた巻物の先が蛇の釜のように首を持ち上げた。自在に動く巻物はどんどんその長さをのばし、一直線にわたしたちのほうへ向かってくる。
やられる!!
わたしは思わず目をつぶった――と同時に、「
「ありがとう。安倍くん」
「借りを作りたくない性格だからね。それよりも、その手、僕の真似をしたつもりだろうけど、右と左が逆だよ?」
「へ? 左手じゃなかったっけ?」
「右手」
安倍くんは馬鹿にしたように言うと、左手でわたしの手をひっぱって、自分の後ろに隠した。
「たぶん、ダメだと思うけど、一応聞いておく。お前、呪は使えるのか?」
わたしは首をふる。使えるのは『ちちんぷいぷい』のおまじないくらい。でも、あれはすずしろがいないとできないおまじない。
「なんで、そんなお前がお世話係なんだ? あー。腹が立つー」
『愛しい人。なぜ、そやつを守る? やはり、我を選ばす、そやつを選ぶのか? なぜじゃ? なぜ? 我はこんなにも愛しているのに、あいしぃてぇ――』
ごおーっと音を立てて、女性の形をした何かの闇が深くなっていく。闇はわたしたちに迫り、五芒星の壁がどんどん押され気味になる。安倍くんが肩で息をし始めた。苦しそうに顔をゆがめる。
どうか、柳井センパイが来るまで持ちこたえて。
祈るしかできない自分が歯がゆい。せめて、わたしの祈りが安倍くんの力になるように、念じ続けた。
突然、バンと大きな音を立てて、世界が一転した。
図書室にあった色彩が色を失い、そして、何もなくなってしまった灰色の空間に、わたしと安倍くん、そして女性の形をした何かがいた。苦しいのか、自分の顔を覆って、『うう…』とうめき声をあげている。
「そこまでだ。
「や、柳井センパイ?」
「優?」
後ろから聞こえてきた聞き覚えのある声に、わたしと安倍くんが振り返る。
「遅くなってすまない。鈴木さんから話は聞いた」
「優。文車妖妃なら、もう少し優しい感じがするけど?」
「悪霊化している。調伏しか手がないな。
「もう、すっからかんだよ。初めにだいぶ吸い取られてしまったんだ。僕としたことが油断していた」
「そうか。仕方ないな」
柳井センパイが、自分の腕から指先まで巻きつけていた包帯をぱらりと外す。わたしは柳井センパイの腕を見て、声を失う。
びっしりと小さな文字の刺青が入っている腕。何も知らないわたしでもわかるほどのまがまがしい力がこぼれている。――呪いだ。
「優。それを使ったら、優が動けなくなる」
「仕方ない。今夜は西園先生がいない。結界を張るためにかなりの力を使っている」
「ごめん。僕が……」
「その話の言い訳はあとでじっくりと聞く」
ふたりで話をどんどん進めていく。
「あの……」
わたしは遠慮がちにふたりに声をかけた。二人がわたしを見る視線には震えあがりそうな怖さがある。不用意なことは言えない。でも――。
「なんだ?」
「目の前にいる文車妖妃って、調伏するしかないのですか?」
「はあ? 何を言っている?」
安倍くんが馬鹿じゃないかこいつという顔をしてわたしを見た。
がんばれ。わたし。
負けるな。わたし。
「悪霊になってしまっているなら、もとに戻せないかなぁって思ったんです。でも、すずしろがいないから、なにかいい方法はないかなと思って……」
「呼べばいい」
柳井センパイが「その手があったな」と言うと、一度外した包帯を再び手に巻き始めた。
「?」
「芹沢、月長石を持っているか? あれがあれば、どんな場所にいても、呼べばすずしろは必ずくる」
「そうなんですか?」
「そうだ」
なーんだ。もっと早く知っていればよかった……。
わたしは大きく息をすうと、白くてかわいい大好きな友達の名前を呼んだ。
「すずしろー」
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