第22話 図書室の怪 ⑥
「どういうことか説明してもらえる?」
わたしは、なるべく冷静な声を出した。
「こ、これは……、だいたいお前たちが、飛び出すからだろ! 後ろで見とけって言ったじゃないか!」
「はぁああああ? 『降参』と白旗をあげていたじゃない!! それなのに、呪を放とうとした!!」
リサちゃんがぎゃんと怒鳴った。
「ハハ……、馬鹿か? 僕がほんとにそんなことするわけないだろ……」
安倍くんがひどく馬鹿にしたような顔をしてリサちゃんを睨み返す。わたしも同じように怒っているけど、リサちゃんが怒っているから少しだけ冷静になれた。
よく考えたらわかること。
図書室の怪は図書委員が言いふらしていた。意図的に。
ということは、今回の安倍くんの行動は誰かにむけたデモンストレーション。
何重にも何重にも嘘と安倍くんの思惑で塗り固められたお芝居。
でも、まだ、リサちゃんは真っ赤になって怒っている。
「でも、さっき、この子にむかって『微塵』がどうのこうのと言っていたじゃない!」
「あの呪はこいつにはぶつけないつもりだったし、こいつもうまく隠れる予定になっていた」
「はあ? なにそれ!!」
安倍くんの袖に手をのばしていたムジナが、わたしたちの方をみた。にこにこ笑っている。
『今のは『陰陽師の晴明くんはのんびりスローライフを送りたいのに、みんなが許してくれません!』のお芝居ナ。おら、上手に悪役の悪霊を演じれたナ?』
そして、誰かを探すようにきょろきょろとあたりを見回している。
『……あれ? おやかたさまは? おやかたさまに褒めてもらおうってアオと言っていたのにぃ』
「あなたね! あなたはこの――」
「リサちゃん」
わたしは、リサちゃんの言葉をさえぎる。きっと、リサちゃんは、安倍くんがムジナを利用してすずしろに自分の実力を見せようとしたんだと言おうとしたに違いない。でも、そんなことを言ったら、この子は混乱して、鳴釜のりんりんが悪霊になりそうになった時みたいなるかもしれない。わたしの勝手な推測だけど、物の怪は、人間とは違って言葉には嘘を含まない。嘘を含んだ言葉の裏側を理解できない。
わたしはかがんで、ムジナの目線まで自分の目線を下げる。
「ごめんね。せっかく、上手にお芝居をしてくれたのに、すずしろはわたしのお家でお留守番をしているの。それより、ケガはない? いくらお芝居っていっても、呪を受けたんだもの。痛いところはない?」
『大丈夫ナ。アオはちゃんと約束通り、竹籠の紐だけを切ったから。……アオってすごいんだよ。あの『陰陽師の晴明くんはのんびりスローライフを送りたいのに、みんなが許してくれません!』に出てくる清明くんみたいに「裂破」とか五芒星とかできるんだよ! 服もアオが自分で作ったんだよ』
「服も? それは、すごいね。……そうだわ。わたし、まだ、あなたの名前を聞いていなかったわ。わたしはなずな、こっちはリサちゃん、あなたは?」
『おら、テン』
「テンって言うの? 可愛らしい名前ね」
わたしは、テンの頭をそっとなぜる。テンの目が細くなって、耳がぺたんとなる。
「なずな、ずるーい。わたしも触りたい!」
リサちゃんもしゃがんで、わたしのそばに並んだ。
「じゃあ、リサちゃん、テンと一緒に、散らばった竹籠の中身を集めてもらってもいい? テンもそれでいいかな? わたしは、安倍くんと少し話をしなきゃだから……」
リサちゃんとテンがうなずくのを確認すると、わたしは立ち上がって、安倍くんのそばに歩いて行った。安倍くんは、嘘がばれて叱られた時の子どものような顔をしていた。
「安倍くん、テンってとてもいい子ね」
「まあな。僕が小さなころ、三日月森でケガしているのを見つけてたんだ。手当てをして、それから、ずっと一緒にいる。古いものを集めたり本を読むのが好きなんだ」
安倍くんの顔が少し柔らかくなる。
「そうだったんだ」
「テンは嫌いじゃない。でも、僕は兄さんみたいに猫もどきのお世話係になりたいんだ。優に何度も頼んでも『ダメだ』しか言わない。なんでだよ。僕だってちゃんと呪が使える。物の怪だって退治できる。勉強だって頑張った。何が問題なんだよ??」
そうか。だから、柳井センパイは、「くだらない。やめとけ」と言ったんだ。
なんか、今、点と点がつながったような気がしてきた。
「なぜ、猫もどきはお前を選んだ? なぜ、僕は選ばれなかった? こんなに選ばれたいと願っていたのに。こんなに頑張っているのに……」
「それは、安倍くんにはテンがいたからじゃないの?」
「猫もどきを手に入れられるなら、テンはお前にやる。だから――」
その時、リサちゃんの声が聞こえてきた。
「ねえ、なずなぁ! なずなが探している釜ってこれじゃないのかなぁ? ここに古くて錆びついた釜があるよ!」
わたしが、リサちゃんの方をみると、リサちゃんは左手に古ぼけた釜を持っていた。UFOのような胴のまわりには羽と呼ばれるツバ。あの少し赤く黒ずんだ色は鉄が錆びついた色。
「あっ。そうかも! 安倍くん、あの釜ってどうしたの? 今、鳴釜の釜がどこかにいっていて探している最中なんだ。もしかしたら、あの釜が鳴釜の釜かもしれない」
「知らない。テンはすぐにいろんなものを拾ってくるんだ。焼却炉のそばだったり、道端だったり、……テンに聞いた方がいいと思う」
「そう……」
わたしは、リサちゃんの方へ歩き出した。
「あれ? この釜、中に紙が入っている。これって、手紙かなぁ? でも、ところどころ焦げてるわ。だれかが燃やしたのかなぁ。ねえ、テン、これ知ってる?」
『知らないナ』
「開けてみようか。もしかして、恋文だったりして……」
ぱらり。リサちゃんが、手紙らしきものを広げる。
「あ、残念。これ、昔のくずした文字で読めない。でも、手紙よ! これ!!」
ぞわり。急に背中に悪寒が走る。手のしびれどころじゃない。ガタガタ震えが走る。
「おい! その手紙、こっちによこせ!!」
安倍くんも異変に気づいて、とても焦った声で叫ぶ。
「なに? リサ、まだ安倍くんのこと許していないんですけど!!」
リサちゃんが言い終わらないうちに、――手紙から、黒いモヤが突如大量に湧き出し安倍くんのところに飛んできた。そして、そのモヤは、安倍くんのところで、女の人の形になった。乱れた長い髪、血の気のない美しい顔、今日古典の時間に資料集でみた服装。これって、
その女性の形をした何かが細くて真っ白な指を安倍くんの胸にあてて、顔をうずめている。
『愛しい人。お会いしたかった……』
その声は、地獄の底から響くような低くて恐ろしいどろどろとしたものだった…………。
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