第21話 図書室の怪 ⑤

「安倍くんって、柳井センパイに告白したの?」


  やだー。わたしったら!!

  なんてことを!


 わたしは自分の不用意な言葉に、安倍くんが、狐のような目が見開いたかと思うと、わたしを睨みつけてきた。


  そりゃ、怒るわ……。ま、、、まずい……。


 あわてて、リサちゃんがフォローを入れてくれた。


「今日の安倍くんの服って、陰陽師スタイルでしょ? かっこいいなぁってなずなと話していたんだよ。それでね、安倍くんが安倍晴明あべのせいめいの生まれ変わりだって言っていたなぁという話になり、それで、そのことを理科部の柳井センパイに言ったのかなぁって話をしていたの」


 安倍くんがちょっとほほを緩めて、鼻でふんと笑う。そして、気をよくしたのか、自分の前髪の先をいじり始めた。少し得意げだ。


「ふん。優は僕のことを知っているよ」

「そうなんだ。…… て、安倍くんって、柳井センパイを名前呼びする仲なの?? やっぱり、そうなの??? 二人って、つ――」


 だめだー。

 リサちゃん。それ以上言っちゃあ。

 火に油を注いでしまう!


 わたしはあわてて、リサちゃんの口をふさいだ。


 そっと安倍くんの様子を見ると、わなわなと震えた手でわたしを指さしている。


 やばい。怒ってる。

 わたしが余計なことを言ったばっかりに――。


 わたしが謝ろうと口を開きかける前に、安倍くんの怒りを含んだ押し殺した声が耳に届いた。


「……、優に、猫もどきのお世話係は僕にしてって頼んでいたんだ。それなのに、優のやつ、僕じゃなくて、芹沢―お前を選んだ。成績も普通、顔も普通、鼻は低いし、とろくさい。いつもぼぉっとしていて、今日だって古典の授業の時に『烏帽子えぼし』をなんて読んでた! 方違えの説明もできなかった! それなのに、お前が猫もどきのお世話係なんて、僕は認めない! よく見てろ!! 僕の実力を! 図書室にいる物の怪なんかすぐに調伏してやる。調伏したら、お前、お世話係を僕に代われ!」


 え?

 え?

 ええええええ?


 いろいろわたしのことを言われたような気もしないでもないけど、そんなことを気にしている場合じゃない。混乱する頭を整理して、今度は間違った質問をしないようと考えていると、自分の口をふさいでいるわたしの手をどかして、リサちゃんが聞いた。


「もしかして、安倍くんが、リサたちを誘ったのって、自分のすごいところをなずなに見せるため?」

「ちがうな。 猫もどきに、僕の実力をわかってもらうつもりだった」


 安倍くんの目がぐぐっと細くなる。


「……それなのに、芹沢はわざと連れてこなかった。自分がお世話係をしたいために! そういうところは頭が回るんだな。しかし、僕と芹沢では格が違うというのを見せつけてやる! みてろ―!!」


 走り出し、ばん!と図書室のドアを雑に開けた。





 わたしとリサちゃんは、そぉっと安倍くんの後から真っ暗な図書室にはいった。リサちゃんが、出入口そばにある電気のスイッチを入れる。


 ……?

 あれが物の怪……?


 

 モフモフ大好きリサちゃんのほほがゆるんで、ひくひくしている。穴の開いている鍋や壊れたざるや欠けたポットや壺などいろんなものが顔をのぞかせている竹籠を背負った小汚い小さな狸(?)が安倍くんと対峙していた。手には古ぼけた本を持っている。


 対する安倍くんは、右手で手刀を作り、それを胸元に添えて戦闘態勢。「本物の陰陽師みたい」というリサちゃんの声を無視して、わたしは安倍くんに声をかけた。

 

「あれが、図書室にいた物の怪……?」

「そうだ。ムジナだ。古いものや壊れたものが好きで集めるたがる。図書室に蔵書されている古い地図や図鑑を持ち出した」

『だって、あれはアオがいいって……』

「問答無用!」


 安倍くんが「裂破」とつぶやいて手刀を振る。ムジナめがけて白い小さな刀がとび、ムジナの背負っていた竹籠の紐が切れた。竹籠の中に入っていたものが音を立てて床に転がる。あるものは割れてしまい、あるものは転がり……。


『よ、よ、よくもやったなぁ。さすが陰陽師。おらからもプレゼントだナ』


 ムジナは手に持っていた古ぼけた本を安倍くんに向かって投げた。

安倍くんは「禁」とつぶやくと素早く手刀で星の形を空中に描いた。それは星形の壁になり、投げられた本がそこにあたって床に転がる。


『こ、降参ナ!!』


 ムジナがしゃんと背を伸ばして両手をあげる。それなのに、安倍くんは手刀をムジナに向けて、「微塵とな……」とつぶやきだした。首にかけている首飾りの石が白く光り始めた。


「ま、待って!!」


 わたしは思わず飛び出して、ムジナと安倍くんの間に立った。


「ちっ」と安倍くんが舌打ちをする。


「どけ。お前がそこにいては、そいつを調伏できない」

「あ、あ、あの! 物の怪を調伏するってことは存在を消すということだと聞いたわ。この子は、存在を消すほどの悪いことはしていないと思うの。集めるのが好きというなら、どこかに隠しているはずよ。だから、返してもらって、それで、二度ともっていかないって約束をすればいいだけじゃないの?」

「そうよ!! こんなに可愛いのよ!! モフモフは許されるべきよ!」


 リサちゃんもわたしのそばに駆け寄ってきた。ふたりで、ムジナを守るように立つ。安倍くんが、ぷいっとそっぽをむいた。


「ふん。好きにすればいい。その代わり、猫もどきは僕がもらうからな!」

「安倍くん、それはできないよ。すずしろはものじゃない」


 わたしもこればっかりは譲れない。わたしと安倍くんがにらみ合っていると、


『……アオ……、おら、上手にできたナ?』


 ムジナがわたしたちの足元をすりぬけて安倍くんに近寄って行った。そして、安倍くんの狩衣かりぎぬの袖をひっぱる。


 え?

 

「なに?」ととなりでリサちゃんもつぶやいている。


「よせ!!」


 安倍くんがひどく戸惑った顔で、ムジナを追い払おうと腕をふる。狩衣の裾がひらりひらりと揺れる。すると、ムジナはその袖を捕まえようと、ぴょんぴょんとはねた。


 わたしとリサちゃんは顔を見合わせた。


「もしかしなくても、そのムジナは安倍くんと知り合いなの?」

『うナ!! アオはいろんなものをくれるおらの親友ナ! 』







 「なんだってぇ!!!! 」


   わたしとリサちゃんのとてもとても驚いた声が図書室に響いた……。


 



 

 




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