第16話 給食室の怪 ➉
「でね、給食室に釜のお化けがでるという噂は、『鍋の物の怪』なっしぃと『鈴の物の怪』ちりと、『杓文字の物の怪』しゃもじいと『玉杓子の物の怪』しゃくじいが懐中電灯で影遊びをしたり、騒いでいたのが原因みたい。給食室ってガラス張りになっていて廊下から丸見えだから、それで見えちゃったんだと思う。たしかに、物の怪たちの仕業だから、お化けがでるっというのはそうなんだけど、なんとなく、笑っちゃっえるよね。でもさ、理科の西園先生って何者なんだろう?」
「さあねぇ。……お前と同じように、お世話係なのかもしれないよ」
静かに編み物をしながら聞いていたおばあちゃんが、かぎ針を机の上に置いた。今日は、かぎ針で小さなマスコットを作っている。作業台の上には、色とりどりの毛糸がまあるいボール状になって転がっていた。すずしろは、わたしに背をむけて前足でそれをいじって遊んでいる。
「そうなのかなぁ……」
「必要になったら話してくれるだろうから、しばらく、様子をみてはどうだい? それよりも、なずなはカモミールティでいいかい? すずしろは……、ミルクかい?」
「うん。おばあちゃんが入れるカモミールティ、大好き!」
『ボク、金平糖!! なずなったら、なっしぃとちりにはあげたのに、ボクにはくれなかったんだよぉ! ひどくない? なずなはボクのお世話係なのにぃ』
理科室を出てから、ずっと機嫌が悪かったのはそのせいだったんだ。
「だって、すずしろはその前にアイス最中食べたじゃない? それに、あの時は、なっしとちりから話を聞きたかったのよ」
『そんなのしらな――ぃ』
すずしろがわたしのそばにやってきて、猫パンチをする。
「まあまあ。今日は、お客さんに、三好堂の和三盆をいただいたから、それをだしてあげよう」
『わーい!』
◇
おばあちゃんの入れてくれたカモミールティを一口、口に入れる。ふわっと花の香りがして、おもわずほおっとため息がでる。
すずしろは、ピンク色の小さな花の和三盆をもらって、ご満悦だ。
「ねえ、おばあちゃん、おばあちゃんは『ぬらりひょん』って知ってる? なっしぃとちりを給食室に閉じ込めたぬ~べ~って『ぬらりひょん』なんだって。 ぬ~べ~が連れていなかきゃ、こんなお化け騒ぎにはならなかったわ。それに、ふたりに声をかけるんじゃなくて、釜を持った人を捕まえてくれたらよかったのに。それとも、ぬ~べ~って、りんりんの釜を持って行った人とグルなのかしら?」
「そうさねぇ」
おばあちゃんは、ゆっくりとハーブティを口元に持っていく。
「……『鳴釜』ちゃんの釜も早く見つかるといいねぇ」
「ねー。せめて、『ぬらりひょん』のぬ~べ~から話を聞くことが出来たらもう少しわかるのにね」
「……それなら、直接、聞いてみてはどうだい?」
「ん?」
「そこにいるじゃないか……」
おばあちゃんが、意味ありげに、作業台の向こうを見た。すると、さっきまでは気がつかなかったけれど、そこには、シャレたシャツを着た白髪頭のおじいさんがティーカップに口をつけている。気配を消していたのか、さっぱり気づかなかった。
「?」
『なずなどのに会うのは二回目ですな』
とても優しそうに眉を下げている。
「もしかして、ぬ~べ~?」
『はい』
落ち着いた渋い声で、にっこりと笑った。
えー??
え―――??
え―――――――――??
「い、い、いつから、いたの――?」
声が裏返ってしまった。
『夕食の後、なずなどのが由紀さまとここに来た時からおりました』
「全然、気づかなかったよぉ!!」
『まあ、そんなものです』
にっこりと笑っている。ぬらりひょんって、家の中にいても気がつかない物の怪だということを思い出した。
「すずしろは知ってた?」
『もちろん』
すずしろは、得意げに答えた。
「おばあちゃんも知ってたの?」
「まあねぇ。なずなが、ぬ~べ~のことを悪く言わないか、ひやひやしていたよ」
「そうなら、そうといってよぉ」
「そうなんだけど、こればっかりはねぇ……」
おばあちゃんが肩をすくめて、小さく笑った。
わたしだけ気がつかなかったなんて……。
わかっているけど、なんとなくしょんぼりな気分だわ。
気持ちをとりもどして、ぬ~べ~に聞きたいことを聞くことにした。
「あなたは、りんりんの釜を持って行った人をみたの?」
『見ましたよ』
ぬ~べ~は、お茶うけに出された黄色いお花の形をした和三盆を口に入れて、ふっと笑った。
「じゃあ、どんな人だったの?」
『教えませんよ』
「どうして? あなたはその人の仲間なの?」
『ばかばかしい』
ぬ~べ~が一瞬怖い顔つきになって言い捨てた。すずしろが身じろぎをすると、すぐにもとの優しい笑みを浮かべなおした。
『推理小説の途中を読まずに最後の数ページを読んで、その本を読んだ気になってもつまらないではありませんか。それに、私にものを尋ねるにはそれなりの対価をいただかなくては……』
「でも……」
『鳴釜は自業自得なのです。すこし、反省する必要があるので放っておけばいいのです』
ぬ~べ~がちらりとおばあちゃんの方をみる。
『……、ただ、由紀さんのいれたハーブティと三好堂の和三盆がおいしかったから、東雲中学の男子学生だったとだけ教えましょうか』
東雲中学の男子学生?
『それではこれで。それでは、由紀さん、お願いしましたよ』
優雅に立ち上がると、椅子に掛けてあったブレザーの袖に腕を通し始めた。
おばあちゃんも『またいらっしゃい』と小さく手を振る。わたしはあわてて、もう一つの疑問をぶつける。
「ま、まって! じゃあ、どうして、なっしぃとちりを給食室に連れて行ったの?」
『おもしろくなるからです。やっと、おやかたさまもお世話係をつれておもどりになったのです。今までのようにのほほんと過ごしていくわけにはいきません』
「おもしろくなる? 学校はユウレィの噂でもちきりになったわ」
『それは、人間が勝手に騒いでいるだけのことです。私達には関係ないことです。
それでは、今日はこれで失礼いたします。由紀さまの入れるハーブティは相変わらず、とてもおいしゅうございました。おやかたさまも、猫のフリばかりしていないで、少しは働いてくださいませ』
そういうと、ぬ~べ~はすうっと消えた。
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