第16話 給食室の怪 ➉

「でね、給食室に釜のお化けがでるという噂は、『鍋の物の怪』なっしぃと『鈴の物の怪』ちりと、『杓文字の物の怪』しゃもじいと『玉杓子の物の怪』しゃくじいが懐中電灯で影遊びをしたり、騒いでいたのが原因みたい。給食室ってガラス張りになっていて廊下から丸見えだから、それで見えちゃったんだと思う。たしかに、物の怪たちの仕業だから、お化けがでるっというのはそうなんだけど、なんとなく、笑っちゃっえるよね。でもさ、理科の西園先生って何者なんだろう?」

「さあねぇ。……お前と同じように、お世話係なのかもしれないよ」


 静かに編み物をしながら聞いていたおばあちゃんが、かぎ針を机の上に置いた。今日は、かぎ針で小さなマスコットを作っている。作業台の上には、色とりどりの毛糸がまあるいボール状になって転がっていた。すずしろは、わたしに背をむけて前足でそれをいじって遊んでいる。


「そうなのかなぁ……」

「必要になったら話してくれるだろうから、しばらく、様子をみてはどうだい? それよりも、なずなはカモミールティでいいかい? すずしろは……、ミルクかい?」

「うん。おばあちゃんが入れるカモミールティ、大好き!」

『ボク、金平糖!! なずなったら、なっしぃとちりにはあげたのに、ボクにはくれなかったんだよぉ! ひどくない? なずなはボクのお世話係なのにぃ』


 理科室を出てから、ずっと機嫌が悪かったのはそのせいだったんだ。

 

「だって、すずしろはその前にアイス最中食べたじゃない? それに、あの時は、なっしとちりから話を聞きたかったのよ」

『そんなのしらな――ぃ』


 すずしろがわたしのそばにやってきて、猫パンチをする。


「まあまあ。今日は、お客さんに、三好堂の和三盆をいただいたから、それをだしてあげよう」

『わーい!』


 

 

 おばあちゃんの入れてくれたカモミールティを一口、口に入れる。ふわっと花の香りがして、おもわずほおっとため息がでる。

 すずしろは、ピンク色の小さな花の和三盆をもらって、ご満悦だ。

 

「ねえ、おばあちゃん、おばあちゃんは『ぬらりひょん』って知ってる? なっしぃとちりを給食室に閉じ込めたぬ~べ~って『ぬらりひょん』なんだって。 ぬ~べ~が連れていなかきゃ、こんなお化け騒ぎにはならなかったわ。それに、ふたりに声をかけるんじゃなくて、釜を持った人を捕まえてくれたらよかったのに。それとも、ぬ~べ~って、りんりんの釜を持って行った人とグルなのかしら?」

「そうさねぇ」


 おばあちゃんは、ゆっくりとハーブティを口元に持っていく。


「……『鳴釜』ちゃんの釜も早く見つかるといいねぇ」

「ねー。せめて、『ぬらりひょん』のぬ~べ~から話を聞くことが出来たらもう少しわかるのにね」

「……それなら、直接、聞いてみてはどうだい?」

「ん?」

「そこにいるじゃないか……」


 おばあちゃんが、意味ありげに、作業台の向こうを見た。すると、さっきまでは気がつかなかったけれど、そこには、シャレたシャツを着た白髪頭のおじいさんがティーカップに口をつけている。気配を消していたのか、さっぱり気づかなかった。


「?」

『なずなどのに会うのは二回目ですな』


 とても優しそうに眉を下げている。


「もしかして、ぬ~べ~?」

『はい』


 落ち着いた渋い声で、にっこりと笑った。


 えー??

 え―――??

 え―――――――――??


「い、い、いつから、いたの――?」


 声が裏返ってしまった。


『夕食の後、なずなどのが由紀さまとここに来た時からおりました』

「全然、気づかなかったよぉ!!」

『まあ、そんなものです』


 にっこりと笑っている。ぬらりひょんって、家の中にいても気がつかない物の怪だということを思い出した。


「すずしろは知ってた?」

『もちろん』


 すずしろは、得意げに答えた。


「おばあちゃんも知ってたの?」

「まあねぇ。なずなが、ぬ~べ~のことを悪く言わないか、ひやひやしていたよ」

「そうなら、そうといってよぉ」

「そうなんだけど、こればっかりはねぇ……」


 おばあちゃんが肩をすくめて、小さく笑った。


 わたしだけ気がつかなかったなんて……。

 わかっているけど、なんとなくしょんぼりな気分だわ。

 

 気持ちをとりもどして、ぬ~べ~に聞きたいことを聞くことにした。


「あなたは、りんりんの釜を持って行った人をみたの?」

『見ましたよ』


 ぬ~べ~は、お茶うけに出された黄色いお花の形をした和三盆を口に入れて、ふっと笑った。


「じゃあ、どんな人だったの?」

『教えませんよ』

「どうして? あなたはその人の仲間なの?」

『ばかばかしい』


 ぬ~べ~が一瞬怖い顔つきになって言い捨てた。すずしろが身じろぎをすると、すぐにもとの優しい笑みを浮かべなおした。


『推理小説の途中を読まずに最後の数ページを読んで、その本を読んだ気になってもつまらないではありませんか。それに、私にものを尋ねるにはそれなりの対価をいただかなくては……』

「でも……」

『鳴釜は自業自得なのです。すこし、反省する必要があるので放っておけばいいのです』


 ぬ~べ~がちらりとおばあちゃんの方をみる。


『……、ただ、由紀さんのいれたハーブティと三好堂の和三盆がおいしかったから、東雲中学の男子学生だったとだけ教えましょうか』


 東雲中学の男子学生? 


『それではこれで。それでは、由紀さん、お願いしましたよ』


 優雅に立ち上がると、椅子に掛けてあったブレザーの袖に腕を通し始めた。

おばあちゃんも『またいらっしゃい』と小さく手を振る。わたしはあわてて、もう一つの疑問をぶつける。


「ま、まって! じゃあ、どうして、なっしぃとちりを給食室に連れて行ったの?」

『おもしろくなるからです。やっと、おやかたさまもお世話係をつれておもどりになったのです。今までのようにのほほんと過ごしていくわけにはいきません』

「おもしろくなる? 学校はユウレィの噂でもちきりになったわ」

『それは、人間が勝手に騒いでいるだけのことです。私達には関係ないことです。

 それでは、今日はこれで失礼いたします。由紀さまの入れるハーブティは相変わらず、とてもおいしゅうございました。おやかたさまも、猫のフリばかりしていないで、少しは働いてくださいませ』


 そういうと、ぬ~べ~はすうっと消えた。


 

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