第15話 給食室の怪 ⑨

「……、ということで、なっしぃ、ちり、どうして、給食室に行ったの?」

『……、あにきの後をつけて行ったら……』

「ちょ、ちょっとまって、後をつけて、って……、もしかして、あなたたち、りんりんが釜を渡した相手を見たの?」

 

 わたしはあわてて、なっしぃの言葉をさえぎる。


『見たっち』


 かたりと音がする。音の方をみると、柳井センパイが氷のうをずらして起き上がっている。思わないところで、手がかりがみつかりそうだと思ったのはわたしだけじゃなかったみたい。わたしは、よしっと右手をにぎる。


「どんな人だった?」

『ユウみたいな恰好をしていたなべ』


 柳井センパイみたいな恰好? わたしは、柳井センパイのほうを振り返る。


「となると、東雲中学の男子学生ということか……?」

「それとも、白衣を着ていたということか……?」

「物の怪の存在を知っているとなると、理科部員かあとは……誰だ?」



 柳井センパイのが聞こえてきた。なっしぃがぴくりと背筋をのばす。


 センパイ、こわがられているよ。

 今、質問攻めにするべきじゃないよ!


 わたしは、そう言いたいところをぐっとがまんして、柳井センパイを睨みつけた。柳井センパイが気まずそうに肩をすくめて椅子に座りなおして口をつぐむ。


「それで、その人はどんな感じだった?」

『? 人間はみんな同じなべ』


 なっしぃが首をかしげた。確かに、物の怪は個性豊かだ。鍋をしょったり、イタチだったり、猫だったり……。それに比べて、人間は多少凸凹していたり、色が違ったりするけれど、あまり変わらないといえば変わらないかも。


「そっかぁ。そう考えればそうかもね。……、そういえば、りんりんは相手は暗くて見えなかったって言っていたけど、……なっしぃたちはどうして見ることができたの? ……、あっ、りんりんとその人が別れてから見かけたの?」

『なべ』

『その人、兄ちゃんの釜を手にさげてたっち』

『だから、追いかけたなべ』

『でも、急に目の前にひょんと現れたぬ~べ~に『おいしいものをあげるからおいで』って言われて……』

「え? ぬ~べ~って……」


 ぬ~べ~ってぬらりひょんの名前だったよね?

 この前、理科準備室で倒れた時に、部屋にいたと柳井センパイから聞いているけど、どんな物の怪か思い出せない。たしか、ぬらりひょんって、その場にいても記憶に残らないって聞いたことがある。



「……、それで、あなたたち、ついていったの?」


 あきれて少し高くなったわたしの声に、なっしぃとちりがはっとしたように、口に手をあてた。もう片方の手で手をおさえて、二重に口をふさぐ。そして、柳井センパイの方を見て、ぎゅううっと目を閉じた。わたしも柳井センパイの方を見る。柳井センパイが手に持っていた氷のうがぷるぷると揺れている。わたしの視線に気がついて、どさっと椅子に倒れこんだ。

 

「……、柳井センパイ、怒らないって」とわたしが言うと、なっしぃとちりはそっと目を開けた。


『ほんと?』

「ほんとよ。……、それで、……、あなたたち、その……ぬ~べ~についていったの?」

『今日の給食の残りだっていって、プリンくれたなべ』

『おいしかったっち』

『なべ』

『プリンってぷるぷるしてるっち』

『三好堂でも作ればいいなべ』

『ねー』


 なっしぃとちりが、プリンのおいしさについて語り合っている。となりで、りんりんとすずしろがうんうんとうなずいている。


 どうして、ここにいる物の怪達は甘い食べ物に目がないんだろう?

 

 アイス最中もいい、金平糖といい……。


 わたしは思わず、遠い目になる。


『……、気がついたら、あの場所にいたっち』というちりの言葉で、はっと我にかえった。


『鍋がいっぱいいたなべ。でも、みんなぴかぴかして、つんとすましてたなべ』

『でも、ちょっとは笑ったち』

『なべ―』

「? ……じゃあ、ふたりは給食室に行きたくて行ったわけではないの?」

『なべ?』

「人間にいたずらしようと思ってあの場にいたわけではないの?」

『?』

『『人間にはいたずらしない』ってユウと約束してるっち。だから、絶対しないっち』


 なっしぃとちりが顔を見合わせて、えへんと胸をはる。


「じゃあ、なんで、懐中電灯を持っていたの?」

『あの筒で照らすと影がおおきくなるなべ』

『おもしろいっち』

『しゃもじいとしゃくじいも来て、お祭りになったなべ』


 しゃもじいとしゃくじって、みりん酒でへべれけになっていた物の怪ね。

 どんな物の怪なんだろう。


 そう思ってまわりを見ると、それらしきご老人も西園先生もいない。なっしぃとちりの話がおわったら、柳井センパイに聞いてみよう。


『しゃもじい、おもしろかったなべ』

『くるくるおどってたっち』

『しゃくじいのお玉ダンス、笑えたなべ』


 なっしぃが、しゃくじいの真似をしたのか、立ち上がってくねくねっと腰をふる。


『また、やりたいっち』

『ねー』


 なっしぃとちりは、給食室のことを思い出して、ふたりでわきゃわきゃと笑い出した。りんりんとすずしろも一緒になって笑い出した。柳井センパイがとうとう頭を抱えてしまった。


 ……、これが給食室の怪の真相ということになりそうね。


 噂とは少し違う気からちょっとだけひっかかるけれど、噂は噂だし、そんなものかな……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る