第17話 図書室の怪 ①

 給食室のお化けの噂は、期末テストという一大イベントの前にあっさりと消えてしまった。人の噂話なんてそんなものかもしれない。


 あいかわらず、『鳴釜』りんりんの釜は見つからない。西園先生が、釜は東雲中学のどこかにあるからゆっくり探せばいいだろうと言ったし、わたしはテスト勉強でそれどころじゃなかったというのもある。


 それにしても、なんで、柳井センパイに笑われなきゃいけないのよぉ!!!

 柳井センパイが、わたしの散々な結果のテストを見つけた時ににやりと笑ったのをわたしは忘れない。

 でも、柳井センパイをぎゃふんといわせるものもないしなぁ……。


 わたしは頬杖をついて、教室の外を眺めていた。わたしの席からは、校庭がよく見える。東雲中学の運動場の隅には、園芸部が管理しているハーブ園がある。ハーブの名前と効能だったら、スラスラ言えるのになぁ……。あと、石の名前! おばあちゃんに教わったものは忘れないのになぁ。


「なずな、何見ているの?」


 ぼーっとしていると、帰り支度を終えたリサちゃんが声をかけてきた。


「ううん。なんでもない……」とわたしが言うのに、リサちゃんは窓から身を出して校庭を見た。


「? 柳井センパイでも歩いているかと思ったのに、誰もいないわ」

「どうして柳井センパイ?」

「なずなが見ているとしたら、柳井センパイでしょ?」

「はぁ? なんで?」

「そりゃ、なずなが、柳井センパイのこと、気になっているからよ?」


 リサちゃんは勝ち誇ったように言う。なんとなく、にやにやした顔をしている。


「いや、リサちゃん、それって、絶対に違うから……」とわたしが全力で否定する前に、リサちゃんが黄色い声をあげた。リサちゃんの視線の先を見ると、男の子が両手で本を抱えて歩いていた。


「きゃー、安倍くんよぉ」

「安倍くん?」

「C組の図書委員の男の子。思った以上にイケメンじゃない? 期末テスト、すべて90点以上で、学年1番だったんだって」

「へぇ……」


 期末テストが散々だった私からすると、うらやましい限りなことで。

 それにしても、リサちゃんの情報網はすごい。

ちなみに三年の学年トップは、柳井センパイらしい。(理科室から出ないのに!)


「ねえねえ、なずな。これから、図書室行かない?」

「? なんで? 今日はまっすぐ帰るって……」

「安倍くんが、向かった先って図書室だと思うのよね。放課後って図書室解放しているでしょ? 夏休みに読む本を探すふりして、安倍くんと話すのよ。お近づきになれるいい機会じゃない?」

「へ?」

「なずなには柳井センパイがいるからアレかもしれないけど、リサの頼みだと思って! ね? それに、なずなもまだ、夏休みに読む本、決まっていないでしょ?」

「ま、まあね……」

「なら、決まりね! さあ、いざ、図書室へ!!」


 リサちゃんが、わたしの腕に腕をからませて、歩き出した。リサちゃんのうきうきした気持ちがわたしにも伝わってくる。ふたりでふふふと笑いあいながら図書室へ歩いて行った。


 

 あれ? なんでだろう。指先がぴりぴりする……。




「でね、安倍くん、夏休みには何を読めばいいと思う?」

「好きな本を読むといいと思うよ」


 カウンターに座って、パソコンから目を離さずに安倍くんが答えた。


 そう言われても、わたしもリサちゃんも本を読まないタイプなんだけどなぁ。


「でも、どれ読めばいいかよくわかんないしぃ。ねー。なずな」


 リサちゃんもわたしの顔をみて、首をかしげる。

 『なずな』ということばに、安倍くんの肩がぴくんと動く。そして、ちらりと、来館者名簿に目をむけた。


  1-A 鈴木リサ  

  1-A 芹沢なずな


 安倍くんがわたしとリサちゃんの名前を見つけると、にっこりと笑って私たちのほうに向きなおった。


「……鈴木さんはどんなジャンルを読むの?」

「え? どうして、リサの名前を? あっ……。名簿ね」


 リサちゃんがちょっとだけ驚いた顔をしたけれど、カウンターの上に置かれている来館者名簿に気がついて、笑顔になった。


「う――ん。あんまり本って読まないかな。読書週間に数冊と夏休みの課題図書くらい。だからさ、安倍くんのおススメってある?」

「そうだね。僕の個人的なおススメよりも、こちらのコーナーにある図書委員会おススメの本はどう?」


 安倍くんが、カウンター横にディスプレイされた展示コーナーをゆびさした。薄い水色の布が敷かれていて、その上に本が乗せられている。丁寧に1冊ずつ手作りのPOPが添えられている。


「『暑さを吹き飛ばす涼を探そう』? 夏にぴったりなテーマだね。このPOPって全部図書委員の手書き?」


 リサちゃんが展示コーナーに置かれているPOPがついている本を一冊手に取る。


 『夏はやっぱり冷たいお菓子! ゼリー! アイス!』と書かれたPOP

 可愛らしい、アイスクリームや星形のゼリーのイラストも描かれてる。


「そうだよ。今月のテーマは『暑さを吹き飛ばす涼を探そう』ってことで、物の怪の物語、陰陽師の本、心霊現象の本、冷たい食べ物のレシピ本、海の本などを集めてみたんだ。ほら、もう、最近、下火になったけれど、『給食室に釜のお化けがでる』なんて噂が流れただろ? そういう、学校の怪談系の物語もあるよ」

「そーいえば、そんな噂あったわねー。テストですっかり忘れちゃってたわ」

「テストだったということもあるけれど、案外、理科部が解決してしまったのかもしれないよ。ねえ、芹沢さん?」


 リサちゃんと話していた安倍くんが、わたしのほうをむいた。その口元は意地悪く、すこし上がっている。


「え? そうなの? なずな、そんな話、全然してくれなかったじゃない」

「あ……。テスト期間だったし……。わたし、……」

「で、結局、なんだったの?」

「調理室に落ちていた懐中電灯が原因だったって柳井センパイが……」


 急にふられて、しどろもどろになってしまう。


 ごめん! リサちゃん!! いつか、ちゃんと話す!!


 心の中で手を合わせて全力で謝る。


「そうなのかなぁ? 僕はてっきり、この本に書いてあるような物の怪達のせいだと思ったんだけどなぁ」

「??」


 この人、何が言いたいんだろう?

 

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