第10話 給食室の怪 ④

「三好堂のアイス最中だぞ? いらないのか?」


 柳井センパイが床に倒れているりんりんのほほにぴたっとアイス最中もなかをあてる。


『アイス最中?!』


りんりんはぴょこんと飛び上がると、柳井センパイからアイス最中をひったくった。


「ほらな。問題ないだろ?」


 柳井センパイがわたしのほうを見てにやりと笑った。


 あー。よかった。


 わたしはほっと息をはく。

 でも、さっき、ペンダントから出た光っていったいなんだったんだろう?

 あの光のおかげで、りんりんは悪霊にならなくてすんだって思っていいのかな?


 その答えを聞こうと、すずしろのほうを見ると、机の上で口のまわりにアイスをつけて、アイス最中もなかに夢中だった。あらかた最中もなかの中のアイスは舐めてしまい、わたしと目が合うと、ばつが悪そうにしっぽを揺らして、『こほん』と頭を動かした。


『りんりん、ボク達に話すことがあるんじゃないの?』


 りんりんがきょろきょろとまわりを見る。眉をよせている柳井センパイの顔を見つけて、ひゅうっと首をすくめた。


『お、お、怒るりん?』

「怒るを通り越して、あきれている」


 柳井センパイがあきれたような顔をして椅子に座った。怒られないとわかったりんりんは、ちびちびとアイス最中を食べ始めた。


「芹沢も疲れただろう。アイス最中をひとつ食べるといい」

「あ、ありがとうございます」


 わたしは、机の上にある三好堂の箱からアイス最中を一つとると、二人から少し離れたところの椅子に座った。


 このアイス最中のどこがいいのだろう?


 わたしはしげしげとアイス最中を眺める。おいしいのは知っている。お土産に何を持っていくかと聞かれたら、三好堂のアイス最中が必ずあがる。三好堂のアイス最中は、牛乳もお砂糖も特別なものを仕入れていて、合成甘味料などを使っていない。中に入っているあんこも、お店の裏手にある工房でじっくりコトコト炊いている。お店の裏を通ると小豆を炊くいいにおいがする。そして、アイス最中自体はお店の奥で一つ一つ手作りしているから、一日にできる数は30個。すぐに売り切れてしまう。


 たしかに、特別だけど……。


 視線を感じてまわりをみると、自分の分は食べ終わったすずしろが、わたしのそばで上目遣いにわたしを見ていた。わたしは、半分に割ると、すずしろの前に置く。

 

 「さっき、わたしを護ってくれたお礼ね」と小さい声でささやく。


 すずしろが、しっぽをふってアイスをなめ始めた。


 ここにいる物の怪って、ほんと三好堂のアイス最中に目がないのねー。

 不思議だわー。


 りんりんが半分くらい食べたところを見計らって、柳井センパイが、ずいっと椅子を動かして、りんりんのそばに寄った。


「落ち着いてきたようだし、話をきこうか。大方、僕にだまって理科室から出て行ってインチキ占い師に会った。そいつに、あれこれ言われて、そこにある両手鍋と釜を交換した。そんなところだろ?」

『そ、そ、そんなこと……』


 りんりんがあきらかに動揺して、アイス最中を落としそうになる。あわてて、口の中に放りこんだ。


「どうして理科室から出た?」

『……理科室の外から『給食室にはおいしいものがあるんだって』って話し声がしたなりん』

「話し声?」

『りん! それで、理科室の外をのぞいたんだけど、誰もいなかったりん。でも、おやしきの匂いが少ししたなりんよ。だから、おいら、おやしきの誰かがぬけがけして給食室へ行ったんだと思って……』


 りんりんが少しくちびるをとがせて、きょろきょろっとまわりを見る。そして、子犬のようなすがりつく目でわたしを見た。りんりんの視線の動きにつられて、柳井センパイもわたしのほうを見てくる。


 ひゃー。

 柳井センパイと目が合った。刑事ドラマで犯人を追い詰める警察官みたいなこわい顔をしている。


「芹沢はどう思う?」


 そんなこと言われても、わたし、全然わかんない。

 ちろっとすずしろを見たけど、そ知らぬふりをして前足をなめている。

 

「え…、えっと…、りんりんは誰かにだまされて呼びだされた?」

『そうなりん! そうなりん!! なずなりんの言うとおりなりん!!』


 りんりんがぴょんぴょん飛び跳ねる。


「何のために?」

「お釜が欲しかったからでしょうか?」

「なぜ?」


 古い釜、古い釜……、古……、古道具、あっ、リサちゃん!


「最近、駅前に500円か古道具を持っていくと占いをしてくれるという占い師がいると聞きました。彼のところに持っていくとか?」

「はぁ? そいつは古道具を集めているのか? なんのために? 駅前のなんという占い師だ? 店は?」


 柳井センパイが椅子からのりだして、矢継ぎ早に質問を始めた。


 ひゃー。今度はわたしが質問攻めじゃない??


 柳井センパイって説明くんでもあり、質問くんでも有名……。ねちっこい質問攻めにあって、西園先生がタジタジしている場面をみたことがある。柳井センパイに完全にロックオンされたわたしは、完全にヘビに睨まれたカエル状態。


「ごめんなさい。くわしいことは……。わたしもさっき、リサちゃ……友人に聞いたばかりだし……」


 わたしはしどろもどろになり、言葉が消えそうになる。


 そんなこと言われたって、わかんないよぉ。


「わ、悪かった。ついクセで……」


 泣きそうに真っ赤になっているわたしの顔をみて、柳井センパイが困ったように頭をかいた。



 


『ねえ、なずな。ほかに気になったことないの?』

 

 すずしろが、わたしのそばに寄ってきて、ひざの上にのぼってきた。

 

 あっ。助かった。

 

 なんとなく、気まずくなった空気がかわる。あからさまに、柳井センパイがほっとした顔をした。



「ほか?」


 そう言われて考えてみる。

 

「……さっき、りんりんが言っていたしゃらららんって音は、もしかして、メルヘンクーゲルじゃないかな」

『メルヘンクーゲル?』

「不思議でキレイな音がする鈴。手の中でならせるから、隠しておいてならすことができるわ。それに、りんりんが言うように、しゃらららんってきれいな音がするし。

 オルゴールボールとも言うかな。おばあちゃんがいくつか持っているから、家に帰ったらおばあちゃんに見せてもらおう?」

『うん』

「それは普通に売っているものか?」


 柳井センパイが、あごに手をあてて聞いてきた。わたしはすずしろから柳井センパイの方をみる。


「はい。おもちゃ屋さんで売っていますよ」

「それでは手掛かりにならないな」


 柳井センパイが、残念そうに首を振った。


「あ……。そっかぁ。そうですね……」


 手掛かりになるものを思いついたと思ったのになぁ。

 

「りんりん、イケメン占い師のことで、ほかに何か覚えていることはある?」


 わたしは、りんりんのほうをむいて聞く。


『えー。階段下って暗くてよくわかんないよぉ。あっ、でも、おいらのこと、ソンケーしてるって言ってた』


 わたしと柳井センパイは顔を見合わせた。


「お前、それはリップサービスというものだ」と柳井センパイ。

『リンサービス?』

「お世辞ともいう」と柳井センパイ。

『そんなことないりん!』

「そうね。わたしは、りんりんの占い、可愛くてステキだって思ったわ。今度、また、お願いしてもいい? 」

『なずなりん!!』


 りんりんが、ぱたぱたっとわたしに走り寄って、飛びつこうとした瞬間――。

すずしろがわたしの膝から飛びおりると、りんりんを押さえつけてがりがりとひっかき始めた。


あっ。さっきもみた光景だ……。


『なずなにくっつこうなんて、100年早い。成敗してくれる!!』




 

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