第9話 給食室の怪 ③
『りんりん。その最新式釜では、占いはできないよ』
すずしろが、ぱたりとしっぽをふる。りんりんがムキになって答える。
『そんなことないりん。ちゃんと、しゃらららんといういい音がしたなりん!』
『なら、やってみせてよ』
すずしろが鼻でふふんと笑う。『
『ちゃんとできるりん!』
りんりんはすずしろを睨みつけると、わたしのほうにやってきた。
『なずなりん。おいらの占いは、吉か凶かは自分で判断するなりん。おいらが釜に蓋した時になる音で吉か凶か考えるりん!』
ポンと音を立てて、りんりんが後ろに宙返りをして、一瞬で白い
おおっ! 神社の神主さんみたい。
りんりんは両手で金ぴかの両手鍋を持ち上げると、
占いをしてもらったことのないわたしはドキドキしてきた。
ドキドキ……ドキドキ……。
りんりんはゆっくりと一礼をして、すうっと息をすいこむように上を見上げると、可愛らしい歌声で歌を歌いながら、踊りだした。
♪ちょろちょろ ぱっぱ ちょろぱっぱ
ねずみ ちょろちょろ ねこ にゃーにゃー
じゅうじゅう おとたて あちゃいき こっちゃいき
ちょろちょろ ぱっぱ ちょろぱっぱ
ねずみ そろそろ ねこ ぐーぐー
ねこがいなきゃ このよは ごくらく 極楽
ややこがないても ふたとるな
赤子がないても ふたとるな
さあ どっちだ?? ♪
『さあ どっちだ?』という言葉と同時に、りんりんが、ぴょんとはねて目の前のお鍋の中に頭から飛び込んだ。お鍋の中に頭をつっこんで、逆立ちしているりんりんの姿にびっくりして、目をぱちくりする。
し――ん
? 何も音がしないんだけど?
りんりんの姿に驚いて、音を聞き逃しちゃったのかなぁ?
わたしは助けを求めるように、柳井センパイの方を見る。柳井センパイは、怒ったような困ったような顔をしている。
「えっと……、わたし、聞きそびれちゃったのかな……?」
すこし首をかしげながら、あいまいに笑って、りんりんの顔をのぞきこむ。目をつぶって難しい顔をしていたりんりんが、ひどくあわてたようにお鍋から頭をはずすと、『……? 赤子が泣いても ふたとるな さあ どっちだ??』と唱えながら、もう一度、目の前のお鍋の中に頭を突っ込んだ。
し――ん
もしかして、これって、すずしろが言うように、吉凶を占うことが出来ないんじゃないかな……。
りんりんも、わたしと同じことを思いついたみたいで、『どっちだ? どっちだ?』と唱えながら何度も何度も目の前のお鍋の中に頭を突っ込み始めた。
でも、何度頭を突っ込んでも、うんともすんとも言わない。
「……り、……りんりん。もういいよ……」
わたしの声はりんりんには届かない。りんりんは、何度も何度もお鍋の中に頭をつっこむ。
よく見ると、だんだん、りんりんの黒色の姿があいまいになり、黒いモヤをだしながら大きくなり始めた。
『占いはできないんだから、あきらめたほうがいいよ』
すずしろがすとんと、わたしとりんりんの間に降りてきた。しっぽをぷうっと膨らませている。
『りんりんのお釜は、霊力を備わった特別なもの。そのくらい、知っていたんじゃない?』
『……、そりゃ、おいら、あのお釜から生まれたから、……、でも、最新式お釜のほうがキレイだって。このところ、人間がおいらに鳴釜占いを頼まなくなったのは、お釜が古いからだって。時代が変わったんだって。だから……………………、なんで? なんで? なああんんでええええええ――――』
りんりんの声は地の底から響くような低くて大きな声に代わり、りんりんの姿は、天井に頭がつくくらいの大きな黒いかたまりになった。全身がぞわぞわっと波打っている。
息が止まりそうなくらい怖い。
すずしろがわたしの前に立ち、体をいからせ、前足の爪をぎんとだし、全身の毛をそばだてて、威嚇している。
りんりんだった黒いものから、黒い触手がにゅうっと伸びてきた。
『なずな! よけて!!』
わたしは、あわてて、一歩下がる。すずしろが飛び上がって、わたしの目の前で触手にかみついた。
『なずな。月長石の呪文をとなえて、ボクに力をちょーだい!』
「呪文?」
『なずなの好きな言葉ならなんでもいいよぉ。それが呪文になるから』
すずしろが、りんりんだった黒いものからのびる黒い触手と空中で追いかけっこをしながら、わたしのほうを見た。
「そ、そんなことを急に言われても……」
『なんでもいいよお。呪文なんてかけ声みたいなものだしぃ』
こんな状況で、何も考えられないよぉ。
おばあちゃん! 助けて!!
制服のセーラー服の胸当てのあたりが、ほわっとあたたかく感じた。胸元に目をむけると、首にかけていた
<<あきらめたらだめだよ!>>
わたしは、泣きそうな気持をぐっとこらえる。
「わ、わかった! 呪文ね!!」
呪文になりそうな言葉を考える。呪文、呪文、呪文……、
……、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞななくさ
頭の中には四辻の左大臣が唱えた春の七草がぐるぐるする。
これを呪文にしたら、柳井センパイに絶対に笑われる!
おばあちゃん!!
そう思った瞬間、おばあちゃんがわたしにかけてくれていたおまじないがふっと口からでた。
「ちちんぷいぷいごよのおたから、ではれ!」
わたしの首にさがっていた月長石がきらきらと輝きだす。
その光は、一直線にりんりんだった黒いものに伸びていき、りんりんだった黒いものを包み込んだ。
◇
パチパチパチパチ
手を叩く音がする。振り返ると、柳井センパイが拍手をしている。
「初めてにしてはなかなか上出来だったんじゃないかな。僕はてっきり、四辻の左大臣の『これぞ七草』を呪文にすると思ったんだけれどねー」
「そ、そんなことはありませんよ。それより、りんりんは?」
「問題ないね。ほら」
柳井センパイが指さした先には、もとの大きさにもどったりんりんがぐったりと倒れて動かない。
「……も、もしかして?」
「お前なぁ。相手は物の怪だ。調伏されたら存在を失う存在だ。あれはのびているだけだ。三好堂のアイス最中でも冷蔵庫からだせば、すぐに起きてくるだろうよ」
『三好堂のアイス最中?? ボクの分もある??』
「ある。しかし、りんりんが言っていたイケメン占い師の目的はいったいなんだろう? りんりんの釜も探さなくてはいけないし、忙しくなりそうだ」
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