第8話  給食室の怪 ②

『なずなりん!』


 脱兎のごとくかけてきて、わたしの腰に手をまわしてしがみついている黒い物の怪。


 ひぃ――。つ、つめたい!!


 物の怪特有のひんやりと冷たい感触がお腹に伝わってきて、ひゅうっと息が詰まりそうだ。わたしは両手で腕を抱いて、思わず目をつぶる。


 怖いよぉ!  助けて!!


  心の中でおばあちゃんに助けを叫んだ途端、『ぎゃー』という声と一緒に、お腹の周りの冷たさがひいた。

 おそるおそる目をあけると、床に頭をこすり小さくなっている黒い物の怪の上に、すずしろが乗って爪を立てて、がりがりとひっかいている。


 すずしろがわたしをまもってくれた?!


「すずしろ……」


 わたしのつぶやきがすずしろに届いたのか、すずしろがわたしのほうを見た。


『なずな! 安心しろ! こやつは、成敗してくれる!!』

『ぎゃー。ごりん。ごりん。ぎゃー。お許しくださいりん』

「自業自得だ」


 横で冷たい目をして柳井センパイが見ている。


『なずなりん! 助けてりん!! おやかたさまにどくように言ってくだ――』

『悪いのはお前だ!』

 

 すずしろがひっかき、黒い物の怪がぎゃーと叫ぶ。


『お許しくださいりん! あ、おやかたさま、最近、太ったりん? 重いで――』

『ああ゛!?』


 すずしろがかみつき、黒い物の怪がぎゃーと叫ぶ。


『おやかたさま、なんかくさいですよ。もしかして、加齢かれい―』

『!!』


 すずしろが後ろ足でけっとばして、黒い物の怪がぎゃーと叫ぶ。

 

「うるさい! いいかげんにしろ!!」


 柳井センパイが、眉間にしわを寄せて怒った。騒いでいた二人?二匹?がぴたっと動きをやめて柳井センパイを見る。


『……ふん』

『……ごりんなさい』




 この理科準備室では、たとえ物の怪であっても柳井センパイには逆らえないと知った瞬間だった。





『はじめましてだりん。鳴釜のりんりんだりん』


 椅子に座っているわたしの目の前には、わたしの目線よりもすこし背の低い―たぶん、1mくらいの背たけの全身真っ黒な人型の物の怪。もちろん、顔も真っ黒。あえて、いうなら、子どもの影が3D立体になったといえばいいのかな。


 くりりんとした目がかわいらしい。

 かわいいといえばかわいいんだけど……。


『なずなりん、おかしちょうだい!』


 黒い物の怪――鳴釜のりんりんが手をだした。

 あ、態度も小さな子どもなんだよなぁ……。

 

「ごめんね。持ってないんだ。学校は、おかし禁止なのよ」


 わたしは、小さな子どもに言い聞かせるように、少し困った顔をして肩を少しすくめた。


『えー、そうなりん? それは、残念なりん。ユウはくれないし、サイエンは出かけてるし……』


 りんりんは少し考えるように腕をくんでいたけど、ぴょんと跳ね上がった。いいことを思いついたかのように、そわそわしている。


『なら、おいら、給食室にいくなりん!』

「給食室?

 給食室をうろうろしているお釜のおばけがいるっていう噂の正体はりんりん?」


 リサちゃん達が言っていた給食室のでるって言う話のもとりんりん?


『お釜のおばけ? ちがうなりん。おいら、いつも、お釜は置いていってたなりん』

「……、置いていった?」


 鳴釜のお釜って、置いていけるものなの?


わたしは首をかしげた。


『そうなりん。給食室に行くときは、お釜は邪魔なりん』


 そう言ったあと、ハッとしたように口のあたりに手をあてて、りんりんがキョロキョロっとまわりを見た。


「お前なぁ。そんなことを言うから、釜がかまってくれないと家出したんじゃないのか?」


 柳井センパイがあきれたように首を振りながら言う。


 お釜がかまってくれないから家出? 


 それってダジャレ? 柳井センパイが? 真面目な顔をして?

 つっこむべきなのか、つっこまないほうがいいのか悩む。わたしが黙っていると、りんりんが指を立ててチッチッと左右に振った。


『ユウもだめだねー。お釜はもう時代遅れなんだよ!』

「はぁ?」


 柳井センパイが、へんな声をだした。わたしも首をかしげる。

 

 鳴釜って古くなったお釜の物の怪だよね?

 自分の頭にかぶっているお釜を使って、吉兆を占うって聞いている。

 お釜の物の怪が、自分自身であるはずのお釜を否定してる??


 

 わたしの動揺を無視して、りんりんが得意げに話を続ける。


『ご飯は炊飯器なる音が鳴るへんなやつで作るりん』


 私の家も普段は炊飯器でご飯を炊く。給食室は大きな機械で炊く。

 確かに、江戸時代は、どの家もかまどがあって、お釜でご飯を炊いていたと歴史の授業で習った。それが、ガスの普及で、かまどからガスで炊くようになり、さらに炊飯器という電気でご飯を炊く機械の発明によって、お釜を使う家庭も少なくなった。


 でも、だからといって、自分で自分を否定してしまうのは……。


「……、誰がそんなことを言ったんだ?」


 柳井センパイが、眉間にしわをよせて、難しい顔をして聞いた。


『三好堂のアイス真中をくれたイケメン!』

「イケメン?」


 わたしと柳井センパイの声が重なる。


『給食室に行こうと歩いていたら、階段下にいた』

「どんなやつだった?」

『暗くてよくわかんなかった』

「じゃあ、どうしてイケメンだってわかったの?」

『イケメン占い師って名乗ったからりん』


 りんりんが両手を腰にあてて、自慢げに答えた。

 

「なんだ? そのうさんくさいやつ。お前、なんでそいつのいうことを信じたんだ?」

『そりゃ、三好堂のアイス最中をくれたからなりん。それに、そこにある金ぴかの最新釜をくれたからなりん!』


 りんりんが指さしたのは、床に転がっている銅製の両手鍋。

 

 柳井センパイは頭を抱えている。


 そりゃ、そうだ。


 りんりん!!

 それは単なる両手鍋だから! 

 銅製だから金ぴか色しているだけだから!

 お釜とは全然違うから!


 わたしがどうやって、りんりんに説明しようかと悩んでいたら、すずしろがわたしのそばに飛んできた。





『りんりん。その最新式釜では、占いはできないよ』


  

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