第7話  給食室の怪 ①

「じゃじゃ――ん。なずな、見てみて! 新しいリュック!」


 リサちゃんがわたしの前で、腕を腰に当てて決めポーズをとった。


 東雲中学の通学用リュックは自分の好きなものを使っていい。ちなみに、女子の一番人気は、リサちゃんのリュックと同じブランドのもの。でも、青色のリュックはクラスにはいないかな。

 

「新しいリュックって、リサちゃん、この前、新しくしたばかりじゃないの?」


 わたしは、半分あきれて、リサちゃんを見た。入学してから、リサちゃんがリュックをかえたのはもう3回目だ。もうすぐ夏休みとはいえ、ちょっとばかし、かえすぎじゃない? そう言いたいところだけど、ぐっとがまん。リサちゃんの新しモノ好きは今に始まった話じゃない。


 「ま、そうなんだけど……」と、リサちゃんが、えへへっと笑う。 

 

「あのね……」


 リサちゃんが、リュックを机の上に置くと、思わせぶりに笑った。


「駅前にね、よくあたるって噂の占い師さんがいるの……」

「占い師?」


 話の展開についていけず、思わず聞き返した。


「この前、かおりに連れて行ってもらったの。噂通りのイケボだったわよぉ。顔はね、マスクをつけていてよくわかんないんだけど、……、きっとイケメンだと思うわぁ」

「そう」


 リサちゃんがほんのり頬を染めて言う。でも、リサちゃんのイケメン情報は微妙。


 だって、今、リサちゃんの中でイチオシは柳井センパイ。柳井センパイに長々と説明されても、顔を拝めたからラッキィって嬉しそうに笑うもん。


 わたしはちょっとだけ、遠い目をする。


「……、その占い師さんによると、夏休み、運命の出会いをするんだって!」

「夏休み?」

「そ、だから、リュックを新調しちゃった」

「?」


 いまいち、運命の出会いとリュックを新調した理由がわからず、わたしは首をひねった。


「占い師さんがくれたのは、こっちのキーホルダー。これをね、青いものにつけておくといいって言われたの」


 青いリュックのチャックには、小さな鈴がついた見慣れないキーホルダーと、わたしとお揃いのキーホルダーが並んでいた。


「へぇぇ……」

「それでね、その占い師さんって、500円払うか、古道具と交換で占いをしてくれるの! 良心的だと思わない? なずなも今度一緒に行……、あ、なずなのママ、占いとかだめな人だっけ……」

「うん。テレビの星占いも嫌がるかな……」

「そうだったねえ……」

 

 リサちゃんは、毎月欠かさず、10代むけのファッション&占いの月間雑誌を買うくらい占いが好きな子。


 でも、リサちゃんは、「まあ、占いは信じるのも信じないのも個人の自由だからね」とにっこりと笑った。


 そういうリサちゃんだから、小学校から付き合ってこれてる。わたしの親友。


「……、あ! そうだ!! なずな、最近、給食室に出るらしいって話知ってる?」


 両手を胸のあたりでゆらゆらさせながら、声をひそめた。


 あ、物の怪やユウレィの話ね……。


 リサちゃんはいつもどこからかそういうたぐいの話を聞いてくる。


「ううん。知らない」

「そっかぁ。なんでも、誰もいない給食室で、お釜が勝手に給食室の中をうろうろしているんだって」

「お釜?」


 私は思わず声を大きくしてしまった。


 お釜の物の怪と言えば、心当たりがあるような……。まさかねぇ……。


 帰り支度をしていた女子たちが、「なになに? 給食室にでるっていうやつ?」っと近づいてきた。


 なんで、そういう話ってみんなよく聞こえるんだろう?

 そっちのほうがわたしには不思議なんだけど。


「それ、うちも聞いたわ。しゃもじを持っていたって」

「自分は……」


 みんな自分が知っているお化けの情報を自慢し始めた。こういう時、わたしは聞く側にまわることにしている。下手に霊感が強いってばれたり、みんなの知らない情報をもっていることがわかったら、面倒ごとに巻き込まれるからね。


「そのお釜、真っ黒ですっごく大きかったって、バレー部の先輩が言っていた」

「自分は天文部の先輩から聞いたで」

「うちはB組の友達から……」


 すごい情報ネットワーク。「へぇ」としか言いようがない。


「それでね、なずな、真っ黒の人の大きさくらいあるお釜が、ぶつぶつ言いながら給食室の中を歩いていたんだって」


 あ、今、リサちゃん、話を盛ったな。


「あら、うちは、お釜をカンカン鳴らしてたって聞いたわ」

「へえぇ。それは怖いね」

「だから、なずなも職員室に行くときは、反対側の給食室を見ちゃだめだよ」

「どうして?」

「そのお釜のおばけと目が合ったら、お釜の中に入れられて、食べられてしまうんだって!」


 わたしのまわりの女子たちは、神妙な顔をして、うなずきあっている。

最近、クラスの女子たちが、職員室に行きたがらない理由がようやくわかった。






「という噂がたっているんだって」

『ふうん』


 すずしろは、退屈そうにからだをもぞもぞっと動かして、背中をふぅーと伸ばした。それから、前足をぺろぺろと舐めだした。

 せっかく、仕入れた情報なのに、すずしろは興味なさげだ。なんだか、肩透かしにあった気分。

 

「柳井センパイは?」

『理科準備室にいるよ』


 すずしろがちろっと、理科準備室の方に目を向ける。


「じゃあ、なんですずしろ、ここにいるの? わたしが来るまで理科準備室にいる約束だったんじゃない?」

『まあね。でもね……』


 歯切れ悪く、すずしろが言う。不思議に思いながら、わたしは理科準備室のドアに手をかけた。中からくぐもった怒鳴り声が聞こえてくる。


「なにかあったの?」

『はいればわかるさ』

 

 おそるおそる、そおっっとドアに手をかけた。そして、ドアを半分開けて、中をのぞく。


 理科準備室には、椅子に片手をのせて、床にへばりついている黒い塊を冷たい目で見降ろしている柳井センパイがいた。片方の指で机をコツコツと叩いている。明らかに怒っている。


 黒い塊――、よく見ると、全身真っ黒な人型の物の怪だった。頭と思われる部分を地面にこすりつけて、土下座している。


『ごりん。ごりん。許してくれりん』


 頭を下げて謝っているのは鳴釜のりんりん?


 この前、理科準備室にいた物の怪の中から、それらしきものを考える。

 でも、鳴釜っていう物の怪は、古くなった釜から生まれた物の怪。

 頭にかぶっている釜を使って、吉凶占いをすると聞いている。



 ―― 物の怪の横にあるのは、釜ではなくて、銅製の両手鍋。





 関わらない方がいいと、わたしの右手がぴりぴりとしびれている。

「お、お、お邪魔しましたー」と小さくつぶやくと、準備室のドアを閉めようとしたその時――。


『なずなりん!!』


 黒い塊が小さなわたしの声に反応して立ち上がると、わたしのほうに脱兎のごとく駆けてきた。


なに? なに? なに――――????


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