第2話 すずしろとのであい ②
『みゃあ……』
子猫のような鳴き声をあげながら、その翼の生えた白い子猫みたいな何かは、翼をゆっくりとひろげて、ふわふわと浮いた。
ぱたりぱたり
白くて小さな翼が動く。
ぱたりぱたり
リサちゃんが言ってた、理科室の白い物の怪の正体はこれだ。
ふわふわ空中に浮かんでいる姿を誰が見たんだ。
翼の生えた白い子猫みたいな何かはわたしの目の前で、止まった。ハチドリみたいに、翼をぱたりぱたりとさせて浮いている。手足がだらんとしていて、すごく可愛い。
『ユウ。この子だ』
しゃ、しゃべったぁ!
わたしが知っているユウレイの冷たくて陰気な声とは違って、声も可愛い。鈴のような可愛らしい声。
きらきらした目。
もふもふした毛並み。
物の怪なんだよね?
『ねえ、なずな、ボクに名前をつけて!! 契約して! 』
翼の生えた白い子猫みたいな何かは、空中で軽やかに一回転する。
『契約!』
翼の生えた白い子猫みたいな何かは、空中で、嬉しそうに、また一回転。
わたしは思わずうなずきそうになった。でも、これは絶対に面倒ごとだと頭の中でおばあちゃんが注意する。
「せ、契約を成立させなかったら?」
『末代まで
可愛らしい声なのに、末代まで祟るなんて怖いことを言うんだ。やっぱり、物の怪なんだなぁとへんなところで感心してしまう。
「……、それじゃあ、わたしに選択肢はないの?」
『ないよぉ。だって、ボクの三つ目の目がなずなを見つけたんだもん。だから、絶対なんだもん』
三つ目の目?
わたしはポケットから拾った石を取り出す。目だと言われてみれば、目かもしれない。月長石と同じ色の虹彩。真ん中の黒い部分は黒目だと言われても納得しそうだ。わたしは、翼の生えた白い子猫みたいな何かと自分の手の中の月長石を交互に見比べる。
『!! それそれ!! でもね、目っていうのは言葉のあやだよ。あや!! でもね、それを使ったら……ふふふふ、ボク、強くなるよ!! やってみる?』
「だめだ」
黙って聞いていた柳井センパイが、強い口調で口をはさんだ。メガネのふちに右手をあてて難しい顔をしている。
「芹沢、
そう言われて、わたしは、月長石をポケットの中にしまった。翼の生えた白い子猫みたいな何かがちょっとだけ残念そうな顔をして、『ちぇっ。ユウのケチ』とつぶやいている。柳井センパイが眉間にしわを寄せている。
「はやく契約しろ。お前はちゃんと読んでいなかったとはいえ、理科部に入部する時に誓約している」
いらいらしているのか、指で自分の腕を叩いている。
「えー。そんなぁ……。あの時は、センパイ達が見せるマジックが面白くてつい、入部希望を出したわけで……」
わたしは、とりあえず、抵抗を試みる。理科部にはいったのは、瓶の中の水の色が一瞬で変わるというマジックが面白かったわけで、それに、夏休みに行われるフィールドワークに興味があっただけで、物の怪のお世話とか聞いていないし……。
「理由はどうあれ、お前は理科部に入部した。お前に選択肢はないし、どうあがいても契約するしかない。悩むだけ時間の無駄だ」
「でも、……、契約したら、どうなるんですか?」
わたしの前に翼の生えた白い子猫みたいな何かが、わたしと柳井センパイの間に割り込んできた。
『ボクの飼い主になってお世話するんだよ。おやつを出したり、お菓子をだしたりして、お世話するんだよ。今、ボクの一番好きなのは三好堂のアイス最中だからね! 』
「三好堂のアイス最中……」
いま、おやつとお菓子って言った? それって、同じじゃない?
わたしが疑わしそうな顔をして見たのがわかったのか、翼の生えた白い子猫みたいな何かがあわてて、つけたす。
『それから、……、それから、おさわりオッケー。あと、裏理科部のお仕事をするくらいかなぁ』
「裏理科部? なんですか、それ」
『裏理科部っていうのはね、……』
「おい。契約してからだ」
柳井センパイが、翼の生えた白い子猫みたいな何かの言葉をさえぎる。
「……、お母さんがいいというかわからないわ。わたしのうち、ペット禁止なの。それにわたしのお母さんは……」
『契約すれば問題ないよ』
「おばあちゃんがいいというかわからないわ」
「おまえなぁ……。往生際が悪いぞ。お前はこいつの世話をしたくないのか? ほら、こんなにモフモフしているぞ。こいつがおさわりオッケーと言ったんだ。堪能できるぞ」
柳井センパイが翼の生えた白い子猫みたいな何かに近づいて、真っ白なモフモフとしたしっぽを持ち上げた。途端、翼の生えた白い子猫みたいな何かは、ギィーっと毛をそばだてて柳井センパイの頬をひっかいた。柳井センパイがいたたと言いながら頬に手をあてる。手にまかれた白い包帯にうっすらと赤い血がにじむ。
可愛いけれど、やっぱり物の怪なんだ。
柳井センパイと翼の生えた白い子猫みたいな何かがぎゃんぎゃん言い合っている。その光景をみながら、わたしは心の中で、翼の生えた白い子猫みたいな何かの世話をしたいかしたくないか考える。可愛いし、モフモフしているし、世話ができるなら世話したいなぁ。うちには猫も犬もいないし、わたしひとりっ子だし、おしゃべりしたりできる物の怪がいてもいいかもしれない。今以上に毎日が楽しくなるかも。
「わかったわ。…………、それじゃあ、すずしろでどう?」
『すずしろ?』
「鈴のような可愛い声と、その白い毛がきれいだからよ」
思いついた言葉を口にする。
『鈴のような声、白い毛……すずしろ……。うん! すずしろ!』
契約成立したら、ピカーと光がでたり、音が鳴ったりと、何か起こるのかと思って身構えていたけれど、何も起こらなかった。―― ちょっとだけ拍子抜け。
すずしろとなづけられた翼の生えた白い子猫みたいな何かがぽすんとわたしの腕の中におさまった。
『よろしくね。なずな!』
「こちらこそ、よろしく、すずしろ!」
突然、柳井センパイが声をあげて笑いはじめた。目に手をあてているから涙までだしてるじゃない!
「くっくっ……、お前ら、春の七草じゃないか。せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ。
しかし、そいつが大根とは、くっくっくっ」
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