なずなと空飛ぶ猫

一帆

第1話 すずしろとのであい ①

 あ……。

 何かがいる……。


 わたし、芹沢せりざわなずなは理科室のドアに手をかけて、動きをとめた。何気なく、ドアのところの窓から教室の中を見たら、実験机の上でが、もぞもぞっと動いているのが見えたから。


 物の怪もののけ


 放課後、理科室へ来る前に、「なずな知ってる? 理科室って最近、白いがでるって噂だよ。気をつけてね」と、親友のリサちゃんに言われた言葉が頭の中をぐるぐるする。


 引き返そうかな ――。 

 でも、西園にしぞの先生に、理科部の活動のことで話があるって言われたからなぁ。

 それに、わたしも西園先生に、昨日拾った石のことで聞きたいことがあるしなぁ。


 わたしは、ポケットに手を入れて昨日拾った乳白色の石を取り出した。ゆらめくように光る色が青みを帯びているから、月長石ムーンストーンかな? でも、すごく不思議。この石、時々チカチカ光っているような気がするんだ。色味も乳白色から赤みをおびたり青くなったりする。おまけに真ん中が闇のように黒い。まるで石の中に宇宙があるような(そう言ったら、リサちゃんに笑われたけど)不思議な石。理科の専任教諭の西園先生に相談したいなぁと思って持ってきた。西園先生は理科部の顧問だし、生徒の話をちゃんと聞いてくれるいい先生だし……。


 よし!

 あれこれ悩むのはわたしには似合わない。

 の場合は、まだ夕方だし、準備室には、柳井センパイもいるはずだから、大声を出せばなんとかなる!

 

 わたしは、大きく息を吸う。

 

「しつれいしまーすぅ!!」

 

 わたしは、右手の中の石をぎゅっと握りしめて、勢いよく理科室の扉をあけた。バタンと理科室のドアが大きな音をたてて柱にぶつかる。思った以上に大きな音が理科室と廊下に響く。は、がたりと音を立ててすうっと実験台の後ろに消えた。


 ふぅ。よかった。

 襲われることはなさそうだわ。

 第一関門クリアってとこね。


 石を持つ右手にぴりぴりっとしびれが走る。このしびれは、わたしの中の『面倒ごとが起こりますよ』センサーみたいなもの。ユウレイに会ったりする前には必ず手がしびれる。ふだんなら、その場から逃げ出す。でも、自分でも説明ができないけど、今日のわたしはいつものわたしとはちょっと違った。なにがあっても大丈夫って変な自信に満ち溢れていた。


 わたしはぐっとお腹に力をいれる。そして、理科室の入り口のところで、いつも以上の大声で先生を呼ぶ。


「1-Aの芹沢せりざわなずなでーす。西園先生、いらっしゃいますかぁ!!」


 すぅっと音もなく奥の理科準備室のドアが開いた。開いたドアの向こうにはいつもの顔。いつもの白衣。西園先生よりも理科室にいるんじゃないかって思うような人物。


「……芹沢。そんな大声を出さなくてもいいだろ? お前の今の声、90デシベルはありそうだったぞ? 90デシベルというのは、きわめてうるさい―おっと違った、目の前で犬に吠えられているくらいの音の大きさだぞ。普通の会話は60デシベルくらいだから、かなり大きいと言える。今のお前の声は、下の階である3階の教室まで届いたんじゃないか? ……、それほど大きな音をだして、何事だ?」


 出てきたのは、理科部部長の柳井やないゆうセンパイだった。腕から指先まで真っ白な包帯をしているところを除けば、背が高くて銀色の眼鏡をしていて、モテる顔立ちの三年生。ただ、かなりの理科オタクで、ほかの理科部のメンバーからも煙たがれている。もちろん、彼女はいない。


「はいはい。90デシベルの大声ですみませんでしたぁね―。ところで、西園先生は?」

「今、凝固点降下の実験をしていて手が離せなかったんだぞ? それをやめて、わざわざ出てきたのに、なんだその態度? 僕は大声の理由を聞いているのだが?」


 柳井センパイがむうっとした顔で聞く。わたしはめいいっぱい怖がっている風な態度で、実験机の上を指す。


「だってぇ、さっき窓から見たら、噂の白い物の怪が実験台の上に……」

「はぁ?」


 柳井センパイがわたしが指さした実験台の方に目をむける。


「理科室に物の怪がでるという噂でも聞いてきたのか? ……、それじゃあ、理科部員として失格だぞ? まずはどんなものでも、大声を立てずに、じっくりと観察をしただな、それからその正体を考えることが大切だ。例えば、希少動物に出会ったときにも、『きゃー』と叫んでは、逃げてしまうだろう? それといっしょだ」

「じゃあ、柳井センパイはその正体を知っているんですか?」

「ああ。『』という物の怪だ」

「はい? 猫もどき? 物の怪?」

「そう。西園先生がお前を呼んだのは、お前にお世話係を任せるためだ」

「はい? お世話係?」


 話が全く見えない。わたしが首をかしげていると、柳井センパイがふうっとため息をついた。


「お前、昨日、なんか拾わなかったか?」

「キレイな石を拾いました。メノウ浜を散歩していたらたまたま見つけたんです。きらっとしていて、……、これって月長石ムーンストーンですよね?? 西園先生に見てもらいたくて持ってきました」


 わたしは手に持っている石を見せた。柳井センパイは石に手をのばさず、腕組みをしている。わたしは、石をまた、ポケットの中にしまった。


「やっぱりな。その石をもっている奴が世話係をする。そういう約束になっている」

「約束?」

「そう、約束」

「なにを言っているかわかりません。そもそも、その約束をわたしは知りません」


 わたしの頭の中を疑問符が追いかけっこを始めた。


「お前、理科部の入部届を出すときに、約束事をちゃんと読まなかったのか? あそこに、月長石ムーンストーンの所有者が世話をすると書いてあったぞ」

「はい? 理科部の約束事って、するっとスルー……ゴホゴホ……、よくわからないことばかりだったので……斜め読みを……ごにょごにょ……。 だいたい、理科部の約束事の『差し入れのおやつは駅前の三好堂のアイス最中にすること』、とか、単なるセンパイの趣味でしょ?」

「ふん。三好堂のアイス最中に使われている牛乳の違いがわからないとは、お前もまだまだ子どもだな」

「そういう話ではないと思うのですが……」

「まあいい。とりあえず、お前があいつの世話係な。おい! 契約者が来たぞ!!」


 柳井センパイがが隠れた方を見て声をかける。


 もそり。空気が動く。

 ふわり。白いものが実験台の上に現れる。


 ふつうの猫の半分くらい小さな白い猫? 子猫なのかな? 小さく丸まっている。白い毛並みがモフモフしていている。ポケットの中にしまった月長石と同じ青白い目でわたしをじいっと見ている。


 か、可愛い!!

 白いしっぽがふわふわしているー。

 さ、触りたい!!


 こんなかわいい猫の世話なら嫌じゃない。わたしは、猫にふれようと右足をだしたところで、動きを止めた。


 ぱさり……。


 風をきる音がする。

 

 猫の背中に、……、小さな白い翼が生えてる!!

白い毛でおおわれた鳥の羽のような翼。風切羽も雨覆羽もふわふわした真っ白な羽。大きさは、それほど大きくない。だから、折りたたんでいると、翼だとはわかりにくいかも。でも、今はぱさりぱさりと翼を動かしている。

  


「猫じゃない……。物の怪だ……」

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