なずなと空飛ぶ猫
一帆
第1話 すずしろとのであい ①
あ……。
何かがいる……。
わたし、
放課後、理科室へ来る前に、「なずな知ってる? 理科室って最近、白い物の怪がでるって噂だよ。気をつけてね」と、親友のリサちゃんに言われた言葉が頭の中をぐるぐるする。
引き返そうかな ――。
でも、
それに、わたしも西園先生に、昨日拾った石のことで聞きたいことがあるしなぁ。
わたしは、ポケットに手を入れて昨日拾った乳白色の石を取り出した。ゆらめくように光る色が青みを帯びているから、
よし!
あれこれ悩むのはわたしには似合わない。
物の怪の場合は、まだ夕方だし、準備室には、柳井センパイもいるはずだから、大声を出せばなんとかなる!
わたしは、大きく息を吸う。
「しつれいしまーすぅ!!」
わたしは、右手の中の石をぎゅっと握りしめて、勢いよく理科室の扉をあけた。バタンと理科室のドアが大きな音をたてて柱にぶつかる。思った以上に大きな音が理科室と廊下に響く。白い何かは、がたりと音を立ててすうっと実験台の後ろに消えた。
ふぅ。よかった。
襲われることはなさそうだわ。
第一関門クリアってとこね。
石を持つ右手にぴりぴりっとしびれが走る。このしびれは、わたしの中の『面倒ごとが起こりますよ』センサーみたいなもの。ユウレイに会ったりする前には必ず手がしびれる。ふだんなら、その場から逃げ出す。でも、自分でも説明ができないけど、今日のわたしはいつものわたしとはちょっと違った。なにがあっても大丈夫って変な自信に満ち溢れていた。
わたしはぐっとお腹に力をいれる。そして、理科室の入り口のところで、いつも以上の大声で先生を呼ぶ。
「1-Aの
すぅっと音もなく奥の理科準備室のドアが開いた。開いたドアの向こうにはいつもの顔。いつもの白衣。西園先生よりも理科室にいるんじゃないかって思うような人物。
「……芹沢。そんな大声を出さなくてもいいだろ? お前の今の声、90デシベルはありそうだったぞ? 90デシベルというのは、きわめてうるさい―おっと違った、目の前で犬に吠えられているくらいの音の大きさだぞ。普通の会話は60デシベルくらいだから、かなり大きいと言える。今のお前の声は、下の階である3階の教室まで届いたんじゃないか? ……、それほど大きな音をだして、何事だ?」
出てきたのは、理科部部長の
「はいはい。90デシベルの大声ですみませんでしたぁね―。ところで、西園先生は?」
「今、凝固点降下の実験をしていて手が離せなかったんだぞ? それをやめて、わざわざ出てきたのに、なんだその態度? 僕は大声の理由を聞いているのだが?」
柳井センパイがむうっとした顔で聞く。わたしはめいいっぱい怖がっている風な態度で、実験机の上を指す。
「だってぇ、さっき窓から見たら、噂の白い物の怪が実験台の上に……」
「はぁ?」
柳井センパイがわたしが指さした実験台の方に目をむける。
「理科室に物の怪がでるという噂でも聞いてきたのか? ……、それじゃあ、理科部員として失格だぞ? まずはどんなものでも、大声を立てずに、じっくりと観察をしただな、それからその正体を考えることが大切だ。例えば、希少動物に出会ったときにも、『きゃー』と叫んでは、逃げてしまうだろう? それといっしょだ」
「じゃあ、柳井センパイはその正体を知っているんですか?」
「ああ。『猫もどき』という物の怪だ」
「はい? 猫もどき? 物の怪?」
「そう。西園先生がお前を呼んだのは、お前にお世話係を任せるためだ」
「はい? お世話係?」
話が全く見えない。わたしが首をかしげていると、柳井センパイがふうっとため息をついた。
「お前、昨日、なんか拾わなかったか?」
「キレイな石を拾いました。メノウ浜を散歩していたらたまたま見つけたんです。きらっとしていて、……、これって
わたしは手に持っている石を見せた。柳井センパイは石に手をのばさず、腕組みをしている。わたしは、石をまた、ポケットの中にしまった。
「やっぱりな。その石をもっている奴が世話係をする。そういう約束になっている」
「約束?」
「そう、約束」
「なにを言っているかわかりません。そもそも、その約束をわたしは知りません」
わたしの頭の中を疑問符が追いかけっこを始めた。
「お前、理科部の入部届を出すときに、約束事をちゃんと読まなかったのか? あそこに、
「はい? 理科部の約束事って、するっとスルー……ゴホゴホ……、よくわからないことばかりだったので……斜め読みを……ごにょごにょ……。 だいたい、理科部の約束事の『差し入れのおやつは駅前の三好堂のアイス最中にすること』、とか、単なるセンパイの趣味でしょ?」
「ふん。三好堂のアイス最中に使われている牛乳の違いがわからないとは、お前もまだまだ子どもだな」
「そういう話ではないと思うのですが……」
「まあいい。とりあえず、お前があいつの世話係な。おい! 契約者が来たぞ!!」
柳井センパイが白い何かが隠れた方を見て声をかける。
もそり。空気が動く。
ふわり。白いものが実験台の上に現れる。
ふつうの猫の半分くらい小さな白い猫? 子猫なのかな? 小さく丸まっている。白い毛並みがモフモフしていている。ポケットの中にしまった月長石と同じ青白い目でわたしをじいっと見ている。
か、可愛い!!
白いしっぽがふわふわしているー。
さ、触りたい!!
こんなかわいい猫の世話なら嫌じゃない。わたしは、猫にふれようと右足をだしたところで、動きを止めた。
ぱさり……。
風をきる音がする。
猫の背中に、……、小さな白い翼が生えてる!!
白い毛でおおわれた鳥の羽のような翼。風切羽も雨覆羽もふわふわした真っ白な羽。大きさは、それほど大きくない。だから、折りたたんでいると、翼だとはわかりにくいかも。でも、今はぱさりぱさりと翼を動かしている。
「猫じゃない……。物の怪だ……」
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