第3話 実はあやしい理科準備室 ①
「くっくっ……、しかし、そいつが大根とは、くっくっくっ」
わたしはむっとして、笑っている柳井センパイを睨みつけた。
「そんな風に、笑わないでください! 大根をイメージしたんじゃなくて、鈴のような可愛らしい声と真っ白な毛からつけたんですから! だいだい、名前をいじられたら、センパイだって怒るでしょ?」
「……、そりゃ……、まあな……。悪かった」
素直に柳井センパイが頭をさげる。
『だいこん? ボクがだいこん? だいこん?』
すずしろと名づけた翼の生えた白い子猫みたいな何かがわたしの腕の中でへんにゃりと耳をさげている。
―― やっぱ、ショックだったのかな?
ちくりと胸が痛む。
でも、すずしろってかわいい名前だと思うんだけどなぁ。
まあ、わたしも、なずなって自己紹介するたびに「あ、春の七草ね!」とか「ぺんぺん草じゃん」と言われるから気持ちはわかるけど……。
「だいこんは、オオネ,スズシロ,カガミグサとも言うんだ。スズシロは涼白とも清白とも書くが……」
柳井センパイがへんにゃりしているすずしろの気持ちに追い打ちをかけるように、どこからか植物図鑑を持ってきて説明を始めた。
「これが大根。春の七草の時は、すずしろと古い名前で売られていることが多いな。大根はいいぞ。鏡餅の上に備えられていたこともあるくらい、日本人の食生活にはかかせない食べ物だ。糖質も少なく、ダイエット向きだしな。そういえば、大根ダイエットというダイエット法もあったなぁ。おまけに、大根には、ジアスターゼやオキシターゼなどの酵素が含まれているから消化を助けてくれる。ジアスターゼというのは、でんぷんを加水分解する酵素に与えられる総称で、アミラーゼの日本薬局方名だ。だいこんを使ったでんぷんの加水分解実験はだな、……、説明するよりも実際にやって……」
「センパイ……」
わたしは、やっとの思いで、柳井センパイが説明するのをさえぎる。柳井センパイって、説明しだすと止まらないんだ。『空気が読めない説明くん』って陰で呼ばれているくらい、黙って聞いているとずうぅ―――っと話している。
「ん? どうした? 芹沢」
「……、わたしはそろそろ、おいとましようと……」
「そうか。残念だな。今日は、西園先生が差し入れに三好堂のアイス最中を持ってきてくれて……」
『三好堂のアイス最中??? 』
わたしの腕の中で、耳をたれさげてぶすっとしていたすずしろが、ぴくんと起き上がった。
『三好堂のアイス最中……』
わたしの腕の中から飛び出すと、ふわふわっとすずしろが空中を飛びながら準備室に入っていく。しろいしっぽがぱたりぱたりと揺れている。うきうきしているのが、後ろから見ていてもわかる。
柳井センパイがパタンと植物図鑑を閉じた。やれやれと両手を空中にひろげて、首をふった。
「だそうだ。芹沢も食べていけ。西園先生が芹沢の分も用意してくれている」
「西園先生が?」
「ああ。今は出かけていないけど、あいつの世話を頼むって言っていた」
柳井センパイも植物図鑑を片手に、歩き出した。わたしも後についていく。
「センパイ、すずしろのお世話って何をすればいいんですか? まさか、キャットフードをあげるわけにもいかないですよね?」
「だいたい、あいつは猫もどきという物の怪なんだ。普通の猫の世話とは違う。トイレとか、食べ物とか気にすることはない。よくお菓子をねだるが、適当に相手していればいい。お腹がすいているというよりも、気分の問題だ」
「そうなんですか……」
そういえば、すずしろ、さっき、お菓子とおやつのことを口にしていたっけ。
物の怪なのに甘いものが好きだなんて、かわいい。
わたしもお菓子が大好きだから、すずしろと話があいそう。
「ただ、最近のお気に入りは三好堂のアイス最中だ」
「三好堂のアイス最中ですか……」
「この前、西園先生にもらってから、ハマって……、あー! おまえら!!」
わたしとしゃべりながら準備室に入った柳井センパイが大きな声をあげる。わたしもあわてて、準備室の中にはいる。そこには――。
準備室の真ん中に置かれた実験台の上には、びびびりに破かれたアイス最中の箱と包装紙とすずしろ。
すずしろの口にはべったりとアイス最中の中のアイスがついている。
―― きれいに洗わなきゃ。あんなに体中にアイス最中をつけて……。
手には最中の欠片がついているし、まっ白な毛にはあずきが。おまけに、後ろ足では、最中を一つ踏んでいる。
「すずしろ。 すご……」
すずしろに声をかけようとしたわたしは、言葉を失って固まってしまった。
だって、――。
おおきな釜を帽子のようにかぶった黒い人形と、両手の爪がまるでカマのようにのびているいたち達がちょこんと椅子に座って、同じようにアイス最中をほおばっている姿が目にはいったから。
「おまえら! あれほど、勝手に出てきて食べてはいけないと言っただろうが!!」
柳井センパイの怒鳴り声がかすかに耳に届いたけれど、さすがのわたしも意識を飛ばしてしまった……。
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