どうして片山さんが知っているのかと、開いた口をそのままにしていると、当人が答えをくれた。

「見てたらわかる。だって佐藤さん、いつも吉田くんを見てるから」

「え――」

「いやあ、あたしは言われるまで気が付かなかったんだけどね。気持ちを聞いてから改めて見てみれば、確かに。苺樺、吉田のことめっちゃ見てるよ」

「ええっ!」

 無意識だった。わたし、そんなに吉田くんのこと見ているのかな……。

「安心して。誰にも言わないし、吉田くんのことはただのクラスメイトとしか思ってないから」

「う、うん……」

「そこで、苺樺。今年は、チョコ一緒に作りませんか?」

「チョコ作り?」

「皆で作ったら楽しいかなって。どう?」

 チョコを作って、吉田くんに……?

「どうしよう……緊張してきた」

「もう渡す想像したの? 苺樺ったら、気が早いんだから」

「えっ、あ、いや……その……」

「佐藤さん可愛い」

「そうなの、片山っち。苺樺ったら、すっごく可愛いの! 百ポイントあげる」

「ありがとう」

 ポイントとはいったい……そう思いつつも、楽しそうなので黙っておくことにする。

「まあ、そこまで想像できたなら、後は用意するっきゃないね」

「楽しそう」

「絶対楽しいから。片山っちは、弟くんたちにあげるの?」

「そうだね」

「じゃあ、いっぱい作らなきゃ。今日は、何を作るか決めておこうと思います!」

 そうして、流されるままにチョコ作りの日程等が話し合われ、その日は解散することになった。

 もちろんチョコ作り当日が楽しかったことは、言うまでもない。

 そして、バレンタイン当日――

「どうしよう……すごく緊張してきた」

 わたしにとっては、チョコを渡すということだけでもすごく緊張するのに、なんと今日は一大決心をしてきたのだった。

 そう、わたしはこのチョコを渡して、吉田くんに告白をする。

 最初は渡すだけでいいって思っていたけど、かおりちゃんに本当にそれでいいのかと言われたからだ。

 ずっと、見ているだけの存在だった吉田くん。彼女ができたと勘違いした時は、すごく悲しかった。辛かった。

 これから先も、今みたいな関係を続けることはできるかもしれない。だけどそれは、わたしの心からの望みじゃない。

 勇気を出そう。決めたんだ。叶えたいなら、行動しなきゃいけないって、学んだんだ。

 だから今日は、チョコレートに力を借りる。

 今日という日は、そんな魔法の力が働く日だから。

 かおりちゃんも、木村くんに思いを伝えると決めたようだ。

 お互いに頑張ろうと、励ましあった。

 そんな、昼休みのことだった。

 わたしは、かおりちゃんと二人で、クラスの女子たちに友チョコを配っていた。

 そこに、木村くんがやってきたのだ。

「女子って好きだよな。そういうイベント」

「何? あんたの分はないわよ」

 しれっと言い放つかおりちゃん。

 対する木村くんも、ちょっとむっとした顔になっている。

「は? 別に、お前からのなんて期待してねえっていうか、いらねーし。山本からのチョコなんて、怖くて食えねえよ」

「何ですって?」

「何だよ。怒ったのか?」

「ふん。あんた、ひがんでるだけでしょ。自分がチョコ貰えないからってさ。あ、はい、吉田。義理チョコあげる」

 そこへ通りかかった吉田くん。かおりちゃんは、すかさず吉田くんに義理チョコを渡した。

 それを見ていた木村くんが、面白くなさそうに言葉を吐いた。

「それ、本当に義理か? 弥生やよいにだけ渡すなんて。本当はそれ、本命なんじゃねえの? あ、わかった。山本、お前弥生のこと好きなんだろ」

「は?」

 からかい口調の木村くんを、ぎろりと睨みつけるかおりちゃん。

 その迫力に、みんなが固まった。

「あたしが、吉田を好き? 何言ってんの? 馬鹿じゃないの? 幼なじみのくせに、全然わかってないんだ」

「は、はあ? 何だよ。マジになんなって。冗談じゃねーか」

 木村くんの言葉に、かおりちゃんの眉がぴくりと反応する。俯き、わなわなと肩を震わせていた。

「冗談? あんたは、いつだってそう。適当なことばっかり言って、誤魔化して。冗談でもね、言っていいことと悪いことがあるんだから。あたしは……あたしは……っ! もう! なっちゃんのバカ!」

「なっ……その呼び方すんなって言ってんだろ! っておい! どこ行くんだよ!」

 叫んだかおりちゃんは、その場を飛び出した。教室から廊下へ出て、そのまま走り去ってしまう。

「かおりちゃん!」

 どうしよう。どうしたらいいの? とにかく、追いかけなきゃ。

 わたしは、無我夢中で教室を飛び出した。どんどんと遠くなる背中を、必死で追いかける。

 やがて追いついた先は、階段の踊り場。人気のない、校舎の端っこだった。

「かおりちゃん……」

「ごめん、苺樺。つい、気持ちが爆発しそうになって……あたしなら、大丈夫だよ」

 こちらに背を向けたままのかおりちゃん。声が上擦っていた。

 そんなの、ちっとも大丈夫じゃない。

 わたしは数歩離れたまま、その背中に声をかけた。

「冗談でも、勘違いされたら嫌だよね。好きなひとから、違うひとが好きなんだろうなんて言われたら、辛いよね」

「わかってたんだ、最初から。あたしなんか、ただの幼なじみとしてしか見てもらえないんだって。女子扱いなんてされないって。良かったよ、チョコ渡す前にわかって。もう少しで、もっと惨めな思いをするところだった」

「いいの? このままで。諦めちゃうの?」

「そんなこと言ったって、しょうがないじゃん! ……近すぎるんだよ。知りすぎてるんだよ。ずっと近くにいて、一緒にいるのが当たり前で……怖いの。今の関係が全部、崩れるのが。そう思ったら、やっぱりこのままの方が良い」

「かおりちゃん……」

 かおりちゃんの肩は、震えていた。わたしは、何も言えなかった。

「なっちゃん……四年生に上がった途端、これからは名字で呼べなんて言ってさ。急に距離ができたみたいで、嫌だった。あの時の想いをまたするのは、嫌だよ。これ以上、ただの幼なじみでもいられなくなったら、あたし……」

「かおり!」

 かおりちゃんの肩が、跳ね上がる。聞こえてきた声は、木村くんのものだった。

「見つけた……」

「木村くん……」

「佐藤、ごめん。ちょっと、かおりと二人で話したい」

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