もしも吉田くんに嫌われたとして、好きになってもらえなかったとして、それでわたしの人生って終わりなの? 今までのこと、全部意味がなかったことになるの?

 違う。そうじゃない。そうじゃないよ。

 たとえ誤魔化して、偽って、嘘を吐いて。そんなわたしを好きになってもらったとしても、そこはゴールじゃない。付き合えたら終わりじゃない。

 もっといろんなことを経験して、成長して、お互いに素敵な大人になっていく。そんな未来を一緒に歩みたいからこそ、そばにいたいと思う。だから、隣にいるのが彼であったらと願うんだ。

 本当のわたしを好きになってもらわない限り、そんな未来は訪れない。

 どうして、みんなが堂々としていて格好いいのか、今やっとわかった気がする。

 みんな、ちゃんと自分を受け止めているんだ。どんな自分も大好きで、認めているんだ。その上で、今を一生懸命に生きているんだ。自分らしく、輝こうとしているんだ。できないことがあって、苦手なこともあるけど、だからこそ得意なことで、助けてあげられる。助けてもらう。全部できなくていい。だって、わたしたちは一人じゃない。できることが増えるのは良いことだけど、できないことにばっかり目を向けていると、しんどくなる。自分ができることを磨けば良い。できることを数えた方が、ずっと楽しい。

 わたしがわたしをいじめているって、そういうことだったんだ。そりゃそうだよね。だってわたしも、かおりちゃんや吉田くんや木村くん。みんなが誰かにいじめられていたら、絶対に嫌だ。怒る。

 だから、吉田くんもかおりちゃんも、怒ってくれたんだ。

 わたしは、大切にされている。このわたしを、好きでいてくれるひとがいる。

 世界中のひとに愛されなくてもいい。わたしが大好きなひとに、こうして大切にしてもらえる。それだけで、こんなにも嬉しくて幸せだ。

「かおりちゃん、ありがとう。大好きだよ。わたし、かおりちゃんと友達になれて、本当に幸せだよ」

「苺樺……あたしもだよ。あたしも苺樺のこと、大好き。友達になれて、本当に良かった」

 それからわたしが落ち着くまで、かおりちゃんはずっとそばにいてくれた。

 そして、吉田くんに謝るための勇気をもらった。

「あたしがチャンスを作ってあげる。でもあたしにできるのは、そこまでだからね。後は、苺樺次第だよ」

「うん、わかった。ありがとう」

 二人で計画を立てて、早速明日、実行することになった。

 もう逃げないよ。たとえ嫌われるようなことになったとしても、このままでいる方がずっと嫌だから。だから、今度こそ勇気を出す。

 わたしはそう決めて、決意を新たにした。


◆◆◆


 翌日、当番の日。かおりちゃんの計らいで二人きりになった吉田くんと、当番の仕事をこなす。

 中途半端なことは、したくない。わたしは一段落してから、吉田くんに声をかけた。

「吉田くん。わたし、伝えたいことがあって。ちょっとだけ、時間もらってもいいかな?」

「……いいよ。おれも、言いたいことがあったから」

「そうなんだ。ありがとう。えっと、先に大丈夫?」

「うん。佐藤から、どうぞ」

 促され、再びお礼を伝える。先程から、緊張がすごい。ばくばくと、普段意識しない鼓動が大きく主張していた。

 深呼吸をする。心臓に手を当てて、覚悟を決めた。

「あの……わたし……本当にごめんなさい。クリスマスの日、吉田くんに言ってもらったこと、今ならわかる。怒ってくれて、ありがとう」

 頭を下げて謝る。そのままでいると、ふっと笑みが降ってきた。

 おそるおそる、目線だけを上げる。

 そこには口元を手で隠した、優しげな目元の少年がいた。

「佐藤らしいな……」

「……怒って、ないの?」

「ないよ。顔を上げて」

 言われるままに従う。すると、今度は吉田くんが頭を下げた。

「おれの方こそ、ごめん。言い過ぎた。許してほしい」

「そんな……顔上げて。わたし、許すも何も、怒ってないよ」

 あわあわと慌てながら伝える。

 ゆっくりと顔を上げた吉田くんは、少し罰の悪そうな顔をしていた。

「おれは、佐藤の意思を否定した。自分が嫌だと思ったからっていう、身勝手な理由で。だから、謝りたいと思ってた。許してくれてありがとう」

 吉田くんも、同じように思っていたんだ。なんだかそれが嬉しくて、少し胸が苦しくなった。

「本当は、もっと早く謝ろうと思ってたんだけど、なんだか怖くて。佐藤の勇気に便乗するなんて、おれって格好悪いな」

 苦笑を浮かべる吉田くん。わたしは、ぶんぶんと首を横に振った。

「そんなことないよ。わたしもその気持ち、すごくわかるよ。大切なことを教えてくれて、本当にありがとう」

「どういたしまして。おれの気持ち、伝わって良かった」

 二人、どちらともなく微笑み合う。良かった。仲直りできた。

 少し時間は掛かっちゃったけど、かおりちゃんのおかげで、わたしは勇気を出すことができた。

「じゃあ、そろそろ片付けて教室戻ろうか」

「うん」

 みんなで教室へ向かう。この時のわたしは、更なる試練が訪れようとしているなんて、夢にも思っていなかった。


◆◆◆


「苺樺。ビッグイベントよ」

「び、びっぐ、いべんと?」

「そう! もうすぐやってくる一大行事! バレンタインよ!」

 二月に入って、すぐの放課後。わたしは、かおりちゃんの家に来ていた。

 片山さんと二人、かおりちゃんに作戦会議をすると誘われたからだ。

「作戦会議って、バレンタインのことだったの?」

「オフコース! 片山っち、十ポイントあげる」

「ありがとう」

 いつもよりハイテンションなかおりちゃんに圧倒されるわたしと、いつも通りクールな片山さん。

 呑まれて平常よりも無口なわたしに、かおりちゃんは「苺樺!」と前のめりで迫ってきた。

「渡さないの? チョコ」

「え……誰――」

「誰に、なんて言わせない。もちろん、義理も友チョコも今は置いといて」

「えっと……」

 ここには片山さんもいるのに……そう思い、ちらりと視線を背の高い彼女に向ける。

 すると、目が合ったクラスメイトは、さらりと「ああ」と言った。

「吉田くんにあげるの?」

「えっ……」

 驚いてかおりちゃんを見やれば、ふるふると首を横に振る。

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