すると吉田くんは、まるで当たり前のこと言うかのように言い放った。
「送って行くよ。怪我してるし、結構暗くなっちゃったから」
「え……」
「もしかして、おれに家を知られるの、嫌だった?」
「違うよ。そんなことないよ」
「じゃあ問題ないな。ほら、行こう」
急かすようでいて、歩幅はわたしに合わせてくれる。
心がくすぐったくなって、こんなに幸せなクリスマスイブは生まれて初めてだった。
「雪だ」
「寒いと思った」
ちらちらと降り出した雪。
吉田くんと二人で、帰り道だけでも雪の降るクリスマスイブを過ごせるなんて、本当に贅沢。
「寒くない?」
「大丈夫だよ」
「って、手袋してないじゃん。何で?」
「慌てて来たから、忘れちゃって」
「佐藤って、実はドジだよな。ほら、左手はこれつけて」
「え? いいよ。もう少しで家だから」
「いいから。ほら、早く。おれが寒い」
戸惑いながら、言われた通りにする。それにしても、左手だけなんて、どういうことなんだろう?
「つけた? じゃあ右手は貸して」
「えっ」
思わず叫びそうになった声は、なんとか飲み込んだ。
ぎゅっと握られた右手は、吉田くんのコートのポケットの中。
心臓が、破裂してしまうかと思った。
「これで、どっちの手も温かいだろ?」
温かいどころか、暑くなってしまいそうだ。
寒さなんて、もうわからなくなってしまった。
それから話した内容は、ほとんど覚えていない。
ただ手の温もりと、優しい笑顔がいつまでも残っていた。
◆◆◆
パーティーから一夜明けて、わたしは自室で黙々と宿題に取り組んでいた。
だけど、一向に進まない。
その理由は、考えるまでもなかった。昨日の夜の出来事が、頭から離れないからだ。
それにしても、本当に昨日はいろいろなことがあった。
結果的に楽しい一日だったと思えているのは、かおりちゃんがいてくれたからだろう。
そこまで思い至り、はっとした。しまった。わたし、かおりちゃんに報告していない!
わたしは、急いでかおりちゃんに電話をかける。スリーコール後、大好きな彼女の声がした。
「もしもし」
「もしもし、かおりちゃん。苺樺だよ。今、大丈夫?」
「平気。部屋で、宿題やってただけだから良いよ。どうかした?」
「ありがとう。あのね、わたし、言わないといけないことがあって」
「ん? どうしたの?」
「吉田くんのことなんだけど……」
わたしは、昨日の帰り道の会話をかおりちゃんに伝えた。
松井さんとのことは勘違いで、吉田くんは告白を断っていたという話だ。
「そうだったの? 苺樺、良かったね」
「うん。昨日は、早とちりで心配かけて、ごめんね」
「いいのいいの。そんなこともあるよ。そうやって空回りしちゃうくらい、苺樺が吉田のこと好きってことでしょ」
空回り……本当だ。わたし、空回りしてる。
勝手に勘違いして、泣いて心配させて。
お母さんだってそうだ。
帰ってきたら、ちゃんと大丈夫だったことを報告しなきゃ。
一応、心配させてるだろうからと、昨日の夜にお父さんのケータイを借りて、メッセージは入れたけれど。
やっぱり、顔を見て言わないとだよね。
「本当に、迷惑かけちゃってごめんね。昨日は、来てくれて嬉しかった。かおりちゃんが話を聞いてくれたから、落ち着いてパーティーも参加できたよ。本当にありがとう」
「いいのいいの、気にしないで。あたしらの仲でしょ。そうだ。ちなみに吉田とは、その後は何か話したりした?」
「うーんと……」
「その声の感じ、何かあったな? ほれ、お姉さんに話してみなさい」
「絶対、誰にも言わないでね」
「大丈夫。あたしらだけの秘密にする」
「えっとね……」
わたしは、話した。雪がちらつく中、暗いからと家まで送ってもらったこと。手袋を忘れたわたしのために、片方貸してくれたこと。右手を握って、ポケットに入れてくれたこと。今宿題ができないでいる原因のそれらを、電話越しに興奮しているかおりちゃんに伝えた。
「何それ、ヤバ! 漫画みたい! 吉田やるー! もうそれ、恋人みたいじゃん!」
「やっぱり、そう思うよね」
「まあ、吉田って善意を勘違いされる時もあるから、一概には言えないけど。でも、誰にでもはしないと思うよ。吉田は、そういうやつじゃない。それは断言する」
少なくともクラスメイト以上ではあるというかおりちゃんの言葉に、随分と距離が縮まったものだと思った。
春なんて、名前を覚えていてもらえているかすら怪しかったものだ。それを思うと、嬉しくなる。
「とにかく、良かったね、苺樺。素敵なクリスマスイブになって」
「うん。だけどね、そのことばっかり思い出しちゃって、全然宿題が進まないの。一人じゃ、いつまで経っても終わらないよ」
「じゃあ、一緒にやる? 一時からで良ければ、苺樺の家行くよ」
「本当? あ、でもお母さん夜勤明けだからな……かおりちゃんの家じゃ、だめ?」
「いいよ。じゃあ、一時にあたしの家で待ってるね」
「わかった、ありがとう。じゃあ、また後でね」
かおりちゃんとの通話を終えて、ふうと息を吐く。
今は十一時だから、もう少ししたらお母さんが帰ってくる時間だ。
今日のお昼は、パスタにすると決めている。わたしにも作れるし、お母さんが好きだからだ。
帰ってきたら、ちょっと早めのご飯にして、話をして、かおりちゃん家に行く準備をしよう。
夜は、我が家のクリスマスパーティー。
暗くなるまでには帰ってきて、ご飯の準備を手伝おう。
そう決めたわたしは、宿題をリュックに詰める。文房具も忘れずに入れて、キッチンへと向かった。
それからは、予定通りお母さんと話をしながら、パスタを食べた。結局、悩んでいたことは、勘違いだったこと。昨日のパーティーには、楽しく参加できたこと。プレゼント交換でもらった黒猫を披露したりもした。
「そう。良かったわね、苺樺」
「うん。あ、今日この後、かおりちゃんの家に行ってくるね。一緒に宿題するの」
「それなら、これを持っていって。いつもお世話になっているから」
そう言ってお母さんが取り出したのは、おしゃれな箱に入ったクッキーだった。
「わかった。かおりちゃんのお母さんに渡すね」
「お願いね」
そうしてわたしは、クッキーを持ってかおりちゃんの家を訪れた。
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