するとそこには、木村くんの姿があった。

「お、佐藤じゃん。昨日ぶり」

「木村くんも来てたんだね」

 木村くんは、手に提げていた袋をこちらに見えるよう持ち上げる。どうやら中身は、りんごのようだ。

「母ちゃんに、これ持っていけって言われてさ。もう帰るんだけどな。お前ら何、今から遊ぶの?」

「ううん。一緒に宿題するの」

「うへー、マジか」

「そうそう。あんたと一緒にしないでよね」

「へーへー、そうですか。ん? 待てよ。その宿題、オレもやる」

「は? あんた、何言ってんの?」

「いやあ、オレさ、ちょうど持ってるんだよな」

 そう言って木村くんがリュックから取り出したのは、宿題のプリントだった。

「どうしてタイミング良く持ってるのよ」

「弥生に写させてもらおうと思って、持ってたんだよな。なあなあ、ついでに弥生も呼んでいいか? 遊ぶ約束してたんだよ。一緒に勉強会やろうぜ」

「何が勉強会よ。あんたは写すだけでしょ。絶対見せてやんないけど」

「良いのか? お前の苦手な算数、弥生に教えてもらえるチャンスだぞ」

「何であんたが偉そうなのよ。でも、確かに算数でわからないところがあるんだよね……」

 険しい顔で悩むかおりちゃん。木村くんの口車に乗るのが癪であるらしい。

「わかった。呼んでもいいけど、あんたも一緒にやるのよ。あたしたちだけ一生懸命やって、あんただけ楽するなんて、おかしいでしょ。吉田にも言っとくから。絶対、写させたらダメだって」

「は? 何言ってんだよ」

 不満顔の木村くんをよそに、かおりちゃんは吉田くんに連絡を取り始めた。電話を掛けている。

「もしもし、吉田? 今、電話大丈夫? 今からさ、苺樺と木村と宿題やろうかって話になって。吉田も来ない? 木村と遊ぶ約束してたんでしょ? うんうん。え、そうなの? わかった。じゃあ、また後でね」

 通話を終えて、かおりちゃんは木村くんの方へと向き直った。

「木村、言ってることが違うじゃない。何が遊ぶ約束よ。二人で宿題やろうって話になってたんじゃない。吉田、戸惑ってたわよ」

「いいじゃん。結局遊ぶし」

「あんたね……まあいいわ。吉田、今から来るって。準備しよう」

 リビングのテーブルを囲むように、それぞれ座る。かおりちゃんが、お茶を淹れてくれた。真ん中に、持ってきたクッキーが置かれる。

「お菓子なんて、わざわざいいのに。ありがとね、苺樺」

「いつもお世話になってるからって、お母さんが」

「そうなんだ。美味しそう。嬉しい。お母さんにも、伝えておくね。さてと、じゃあ先に宿題始めちゃおうか」

 二人で広げたのは、国語のプリント。黙々と向き合っていると、木村くんが手元を覗き込んできた。

「あんたは、よっぽどあたしに怒られたいようね」

「いやいや、違うって。誤解だよ、誤解」

「何が誤解よ。バカじゃないの……って、何よそれ。真っ白じゃない。最初の問題も解けないの? すごく簡単なのに」

「なっ……見てなかっただけだっつーの。これくらい、オレだってできる。わざと手を抜いてたんだよ」

「あっそ」

 木村くんが、プリントに向かい始める。そして十分ほどが経った頃、インターホンが鳴った。

「お、弥生だぞ、きっと」

 我先に玄関へと向かう木村くん。かおりちゃんが、呆れながら後を追う。遠く、玄関から吉田くんの声がした。

「おれが、名津に宿題を見せる? ないな」

 リビングに全員が集まった途端、木村くんが吉田くんに宿題を見せてと言った。結果は一蹴。木村くんは、驚いていた。

「なんでだよ」

「どうして、おれがそんな意味のないことをしないといけないんだ」

「残念だったね、木村」

「弥生の薄情者! オレの味方じゃねーのかよ! いいのか? オレが先生に怒られても」

「自業自得だろ。それに、勘違いしないで。おれは、名津の味方だよ。名津のためにならないことは、しない」

「オレのため?」

「そう。中学生になった時、小学生の問題もわからないのかって言われたいの?」

「それは……」

「嫌なら、やるしかないよな」

「……くそっ。わかったよ。やるよ。やればいいんだろ?」

 そう言って、再び机に向かいだす木村くん。かおりちゃんが、そっと吉田くんに話しかけた。

「扱いが上手いのね」

「そうかな」

 二人がくすりと笑い合う。なんだかもやっとした。ただ見ているだけでいると、吉田くんと目が合った。

「どうした? どこか、わからないところでもある? そこは終わってるから、アドバイスできると思うけど」

「あ、えっと……じゃあ、これなんだけど……」

「どれどれ? ああ。そこは、答えが本文にあるから。もう一度、読んでみるといいよ」

「そうなんだ、わかった。ありがとう。そうしてみるね」

「弥生ー、これ何だ? 全然わかんねーんだけど」

「……名津、ちゃんと問題文読んでる? 違うこと答えてるよ」

「へ? マジ?」

 そうして、わいわいと時間は過ぎていき、あっというまに夕方になった。

「わたし、そろそろ帰らなきゃ」

「じゃあ、この辺にしておこうか」

「うへー、こんなに勉強やったの初めてだ」

「何言ってんの。途中、遊んでたくせに」

 二人のやりとりを眺めながら、宿題等を片付ける。

 テーブルの上を綺麗にして、わたしたち三人はかおりちゃんの家を後にした。

 しばらくは木村くんがいつものように場を盛り上げていたが、途中で方向が分かれてしまうため、今は吉田くんと二人で歩いていた。

 昨日の出来事が蘇る。途端、緊張した。

「次会う時は、始業式だな。今日みたいなことがなければだけど」

「そうだね」

「いろいろと楽しかったな。運動会とかさ」

「うん。楽しかった」

「佐藤、来年もよろしくな」

「こ、こちらこそ、よろしく」

 次は来年か……そう思うと、ちょっぴり寂しくもあった。

「吉田くんがいてくれたから楽しく過ごせたこと、いっぱいあったよ。だから、本当にありがとう」

「おれがいつ役に立ったかはわからないけど、そうなったなら良かった」

 淡い笑みが、彼の唇に乗る。

 その優しい笑顔に、心が温かくなった。

「わたしね、吉田くんみたいになりたいって思ってるの」

「おれみたいに?」

「吉田くんみたいに、人に優しくできる人になりたい」

「佐藤は、もう十分優しいだろ」

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