みんなとの約束は、二時から。まだお昼前だから、少し時間がある。
「わかった。良いよ」
「じゃあ、すぐにご飯食べて向かうから。苺樺は、ゆっくり食べてて良いからね。家を出る時、また連絡する」
「わかった。じゃあ、また後で」
通話を切り、ぼーっとする。
かおりちゃんが来る。急いで来てくれる。
「それまでに、ご飯、食べておかなきゃ……」
のろのろと立ち上がる。クッションは置いて、子機だけを持ってキッチンへ向かった。
「あら、タイミング良いわね。ちょうど、今できたところよ。リビングで食べる?」
「うん。そうする」
「苺樺。お母さん、今から仕事に行くけど……」
心配そうな、お母さんの顔。そうか。今日は夜勤だって言っていたっけ。
「大丈夫だよ。後で、かおりちゃんが来てくれるって。お父さんも今日は早いんでしょ? 保育園のお迎えも行ってくれる予定だよね?」
「ええ……何かあったら、連絡して良いからね?」
「うん。わかった」
できるだけ心配させたくなくて、笑顔で応じる。上手く笑えたかは、わからないけれど。
そうしてお母さんを見送り、用意してもらったご飯を食べる。
家の中は一人でいると広くて、とても寂しかった。
「吉田くん……運動会の時、一人でご飯食べたのかな……」
考えても詮ないことが浮かぶ。
のろのろとした動きでご飯を食べている最中、電話が鳴った。
「もしもし」
「苺樺、あたし。かおりだよ。今、ご飯?」
「うん。後少しで、終わると思う」
「そっか。あたし、今から向かうけど、ゆっくり食べなね」
「ありがとう」
「じゃあ、また後で」
「うん。後でね……かおりちゃん」
「うん?」
「ありがとう……」
「……。うん」
通話を終え、食事を続けた。
かおりちゃんが来たのは、ちょうど食べ終えた頃だった。
◆◆◆
「そんなことが……苺樺、話してくれてありがとう」
学校で目撃してしまったことを正直に話すと、かおりちゃんは今にも泣きそうな顔でわたしにそう言った。
正直、何もする気になれない。
心が重くて、沈んでいる。
奥に、黒くて大きな重りがあるような、そんな感覚。
ぽっかり穴が開いてしまったとは、こういったことを言うのだろうか。
それでも、こうしてかおりちゃんに話を聞いてもらって、幾分か軽くなった気がする。
わたしは、力ない声でかおりちゃんに言った。
「来てくれて、本当にありがとう。一人だったら、寂しくて泣いていたと思う。聞いてくれて、本当に、本当にありがとう」
「苺樺、泣いていいんだよ。泣きたい時は、泣いてもいいんだよ。我慢しちゃダメだからね」
「うん、ありがとう」
「それにしても、あの子がついに告白か。それについては驚かないけど、まさか吉田が受けるなんて思わなかったな。あたし、吉田は苺樺といい感じだと思ったんだけど」
「そんなことないよ。吉田くんは、誰にでも優しいから。わたしにも、優しくしてくれていただけだよ。やっぱりわたしなんかよりも、綺麗な松井さんの方が良いに決まってるよ」
そう言うと、かおりちゃんの目が鋭くなった。
「苺樺、わたしなんかって言っちゃダメ。苺樺は、とってもいい子なんだから、なんかなんて言葉で、自分を悪く言っちゃダメ。苺樺は、すっごく可愛いよ。あたし、いつも苺樺のこと羨ましいと思ってる。苺樺みたいに、素直で可愛くいられたらいいのにって思ってるんだから」
かおりちゃんが、わたしのことを羨ましいなんて……。
わたしこそ、元気で明るいかおりちゃんのことを、いつも羨ましいと思っているのに。
わたしは、驚きながらも思っていることを目の前の彼女に伝えた。
「ありがとう、苺樺。あたしたち、ないものねだりだね。だけどね、苺樺。あたしはあたし。苺樺は苺樺だよ。苺樺には、苺樺にしかない良いところがいっぱいあるんだから。だから、全部を否定するようなこと言わないで。あたしの大好きな苺樺を悪く言うなら、いくらそれが苺樺でも、あたしは許さないからね。わかった?」
目を吊り上げるかおりちゃん。
わたしのことを真剣に考えてくれる彼女の姿に、感謝の気持ちが溢れた。
胸がいっぱいになって、こくこくと頷く。
その時、音楽が室内に流れた。かおりちゃんのケータイの着信音だ。
画面を確認したかおりちゃんの表情が、綻ぶ。
そして、その画面をわたしに見せてくれた。
「苺樺が、急遽不参加になったことを連絡してたの。そしたら、ほら」
わたしは、目を見開く。そこには、チャット形式で今日の参加メンバーからのメッセージが、ずらりと並んでいた。
みんな、自身やお母さんのケータイを借りて送っているようだ。
どれもが、わたしを心配する内容で、日にちを変えてはどうかという提案まであった。
「片山さん、木村くんも……吉田くんまで……」
「皆、苺樺のことが大好きなんだよ。これでもまだ、自信持てない?」
自信を持つ……前に、吉田くんにも言われたっけ。
吉田くんには、いろんなことを教えてもらったな。
今日までの学校生活を楽しく過ごせたのは、みんながいて、吉田くんに恋をしていたから。
結果は残念だったけれど、だからって吉田くんを嫌いになったわけじゃない。
今までのことが、全部嫌になったわけじゃない。
恋をしたから、毎日楽しかったんだ。
好きにならなければ良かったなんて、そんな悲しいこと言っちゃだめだよね。
そうだよ。わたし、変わるって決めたんだから。
そう思わせてくれたのは、吉田くん。
自分のことばっかりじゃなくて、彼のように優しくて、かおりちゃんのように相手のことを思えるひとになりたい。
それは、吉田くんのためじゃない。自分のため。
自信を持って生きられるようにと考えた、わたしの決意だ。
「かおりちゃん……わたし、やっぱり行く」
「え? でも……」
心配そうなかおりちゃん。だけど、わたしは対照的に笑顔を浮かべた。
「大丈夫。わたし、このまま逃げるのは、嫌だから。だから、向き合いたい。優しい友達に、会いたい」
「苺樺は、やっぱりすごいよ。強いね」
「そんなことないよ。かおりちゃんがいてくれたからだよ」
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