気紛れウィッシュ

 早いもので、十二月。

 あっというまに日は流れ、皆の心は冬休みやクリスマスのことで埋め尽くされていた。

 修学旅行から帰ってきても、何の変哲もない日常が過ぎている。

 変わらぬ教室内。同じ風景。いつもの委員会活動。

 なくさないようにと、ランドセルのカバーの内側。ポケットのファスナーにつけたストラップだけが、もの悲しく揺れている。

 大事にすると誓ったのに、見れば見るほど心を掻き乱された。

 それでも、はずすことは憚られて。できるだけ視界に入れないように……無意識に、そんなことをしていた。

苺樺いちか。終業式の日、クリスマスパーティーしない?」

 放課後。わたしの目の前に現れたのは、かおりちゃん。いつも元気いっぱいで、頼れる友達だ。

「終業式……」

「そ。一旦帰って、集合するの」

 終業式の日は、二十四日。クリスマスイブだ。

 学校は早く終わる。だから、その後に集まろうという話だった。

「片山っちに、木村と吉田も誘ってるよ。苺樺も来るよね?」

「あー……お母さんに、聞いてみる」

「え……あ、うん……わかった。じゃあ苺樺は、返事待ちってことで」

 一瞬戸惑ったかおりちゃんだったが、すぐさまいつもの笑顔を返してくれた。

 そりゃあ、おかしいと思っただろう。いつもなら、二つ返事なのだから。

 だけど今は、少し考えたかった。行かない方が良いのかもしれない。そんな思いさえ過る。

 複雑な心境のまま行って、かおりちゃんに心配をかけるのではないか……そう思うと、余計に二の足を踏んでしまった。

「じゃあ、帰ろうか」

「うん」

 二人で学校を出て、門のところでかおりちゃんと別れる。少し歩くと、後ろから地面を蹴る音が近づいてきた。

「お、佐藤じゃん。一人?」

「木村くん!」

 現れたのは、クラスメイトの木村くん。わたしを見つけて、ブレーキをかけている。

 そうして、並んで歩きだした。

「クリスマス楽しみだな」

「え?」

「パーティーだよ。終業式の後の。あれ? 山本から聞いてねえ?」

「ああ……」

 きょとんとしている木村くん。わたしは苦笑を浮かべながら、答えた。

「さっき、聞いたよ。お母さんに予定を聞いてから、行くか決めるんだ」

「そっか。佐藤も行けたらいいな。お菓子とか買って、皆で遊ぼうぜ。山本も弥生やよいも、佐藤が来たら喜ぶと思うし」

「……うん」

「じゃ、オレ行くわ。また明日なー」

 忙しなく去っていく木村くんに手を振って、またとぼとぼと歩きだす。

「わたしがいたら喜ぶ、か……」

 かおりちゃんは想像つく。だけど、吉田くんも?

 吉田くんは木村くんがいるから参加するのであって、わたしの返答などどちらでも構わないに違いない。気にも留めないかもしれない。

 わかっていたことだが、どうも気分が沈んでいるせいだろう。自分で考えておいて、とても落ち込んでしまった。

「どうしようかな……」

 行くか、行かないか。

 行ったら、もやもやする気がする。行かなくても、もやもやする気がする。

「どっちを選んでも、一緒だろうな……」

 溜息を吐きながら、足を進める。いつのまにか、家に着いていた。

「ただいまー」

「苺樺、おかえりなさい」

 お母さんは庭にいた。イチゴの様子を見ている。

 先月、温度調整のために敷いた敷き藁があるため、外での栽培を続けているイチゴ。水やりの回数は減らしたが、定期的に行っている。何か、他にしないとならないことがあるのだろうか。

「何してるの?」

「ランナーを切ってるのよ」

 地面を這うように伸びる、細い紐のような茎。これがランナーだ。早い時期に出てくるランナーはハサミで元から切るのだと、以前教えてもらっていた。

「わたしもやる」

 ランドセルを玄関口に置き、袖を巻くる。ハサミを受けとり、お母さんに見てもらいながらランナーを切った。

「そうそう。上手いじゃない、苺樺」

 褒められて嬉しくなる。あらかた切り終えて、ハサミをお母さんに渡した。

「お腹すいたでしょ? おやつにしましょう。今日は、クッキーがあるの」

 母の言葉に、嬉しくなって頷く。わたしは家に入り、手を洗ってから宿題を抱えリビングに向かった。

 テレビの前では、弟が映し出された番組をじっと見ている。それを横目に、テーブルへノートとプリントを広げた。

 お母さんが、クッキーの乗ったお皿とジュースを運んできてくれる。

 お礼を言って口にすると、さくっとした感触に甘みが広がって、顔が綻んだ。

 弟には、別の皿が用意される。おやつに気付き、横に座った。

「そういえば苺樺、冬休みはもう約束があるの?」

 弟の対面になる位置に座って、お母さんがおもむろに話し掛けてきた。

「何かあるの?」

 首を傾げながらクッキーを口へ運ぶ。お母さんはいつもの表情でこちらを見た。

「おじいちゃんとおばあちゃんが、遊びにおいでって言ってくれていてね。それにほら、いとこのお姉ちゃん、赤ちゃんが生まれたから。この冬休みは、おじいちゃん家に泊まりに行こうかって、お父さんと話していたのよ。だから、苺樺の予定を聞いておこうと思って」

「そうなんだ。今のところは……ない、かな。その……もしかしたら、終業式の日に遊ぶかもだけど……」

「あら。かもって、どういうこと? 友達の予定が決まっていないの?」

「うーん……そういうわけじゃ、ないんだけど……」

「どうしたの? いつになく、煮え切らないわね。もしかして、喧嘩でもしたの?」

「してないよ。ただ、その……クリスマスパーティーをしようって、言われてて……」

「あら、いいじゃない。かおりちゃんたちとでしょう? ハロウィンの時、楽しかったって言っていたのに。もしかして、苦手な子が来るの?」

「苦手ってわけじゃ、ないんだけど……」

「誰か、行くことを迷うような子がいるのね」

 わたしは、戸惑いがちに頷いた。お母さんが、くすりと笑みを浮かべている。

「そうなのね。わかったわ。お母さんはね、行ってもいいし、行かなくてもいいと思う。苺樺がしたい方を選びなさい。だけどね、どっちを選んでもいいけど、これだけは約束。絶対に、自分で決めること。誰かに流されて、後でやっぱりもう一方を選んでおけばよかったなんて、誰かのせいにしないこと。良い?」

「……わかった」

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