「わかった。寒いんだろ? ほら」

「え?」

 吉田くんが、着ていた上着を脱いで肩に掛けてくれる。

 わたしは慌てて、返そうとした。

「いいから。風邪引くよ」

「それじゃあ、吉田くんが風邪引いちゃうよ」

「おれは、丈夫だから平気。気にするな」

 申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、喜んでしまう自分がいる。

 わたしは、戸惑いがちにお礼を伝えた。

「ありがとう、吉田くん。やっぱり、優しいね」

「やっぱり?」

「えっと……いつも、優しいなって思ってた。委員当番の時とか、さりげなく重い物持ってくれたりするし。ひとのために行動できるって、素敵だなって思う」

 きゅっと、肩に優しく乗る温もりを握り締める。

 吉田くんはいつもの表情で黙っていたけれど、ふいに視線を外した。

「そういうのを言葉にできるところ、良いと思う」

「え?」

「佐藤は、よく見てくれてるよな。ありがとう」

 それは、吉田くんの方だと思った。

 いつも気が付いて、声を掛けてくれる。

 だから「そんなこと――」と言いかけたが、こちらをじっと見つめる穏やかな視線に、言葉を失ってしまった。

 やっぱりわからない。時折、何を考えているのか全然わからなくなる。

 どうして、優しいはずの笑顔なのに、少し寂しそうなんだろう――

「髪下ろしてるの、珍しい。いつものも似合ってるけど、そういうのも可愛い」

「え――」

 さあっと風が吹く。なびく髪を押さえて、戸惑いがちに目の前のひとを見つめた。

 また、いつもの表情。読めない、顔。

 どういうつもりで、可愛いなんて言っているの――?

「そろそろ先生が来る時間だ。戻ろう」

「う、うん……」

 促されるままに旅館内へ戻る。たくさんの聞きたいことは、ついに音になることはなかった。

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